前編
脳内からGOが出たので。
本来短編だったものを、長くなりすぎた為、分割しています。
後編と合わせてお楽しみ下さい。
それでは。
わたくしには兄がおります。
戸籍上には存在しない筈の、半分だけ血の繋がった兄が。
幼い頃、母親を失くしたわたくしと兄は、一時期伯爵家である、実の父の家で共に暮らしておりました。
しかし、家庭の事情などという物で、わたくしは遠縁の田舎の男爵家に、養子として貰われて行きました。
一方の兄は、他に直系男子がいなかった為、家としても、本人としても不本意ながら跡目を継ぐため、本家に残される事になったのだと後に聞きました。
それから幾年。
15歳になった私は、義理とはいえ優しく、時に厳しく養育して下さった両親と近くに住む親族の勧めで、王都にある巨大学舎、バウムガルテン中央学院に入学する事になりました。
親しい友人が出来、日々をそれなりに過ごしていたある日、偶然にも兄と再会したのです。
本来ならば許される筈の無い、「兄」と「妹」の関係。
しかし、心優しい兄は、学院にいる間だけという条件で、その呼び方を許してくれたのです。
人に聞かれれば、「兄の様な人」「妹みたいなやつ」
そう答える約束で。
誰にも内緒の兄妹ごっこ。
それでもわたくしは十分幸せでした。
兄は、学院総代の親友で、自身も何か役員を務めているらしい事を知りました。
ならば私は、胸を張って兄の隣に立つ為に、と勉学に、運動にと精一杯努力をしました。
その成果が実り、学院に来て1年経つ頃には、同じ役員の補佐として兄達の手伝いをする事を許されることになったのです。
これは、この学院の女子生徒にとっては、大変名誉ある事でした。
それからの学院の生活は、忙しくも充実したものでした。
外側からはうまく隠され気付かなかった、実はとても仲が悪い諸先輩方の仲立ちをし、そのせいで誤解した兄をなんとかなだめたりすることなど、日常茶飯事でした。
大変でしたけれど、今となっては、わたくしには誰よりも大切な兄と、頼れる親友達がいたから頑張れたのだとも思います。
2年目が始まってしばらく経った晩秋の事でした。
この年度の終わりには、わたくしの前から兄が居なくなってしまうと思うと、どうしても落ち込んでしまう自分を止められませんでした。
そんな時に慰めてくれたのが、いつも一緒にいる親友の一人、ヒルデガルトでした。
その時、不意に気付いたのです。
後から思いだしても、あれはまさに天啓の様でした。
親友ヒルデは、とある事情から大の男嫌いでしたが、唯一兄とは忌憚なく意見を交わす位には親しかったのです。
兄とヒルデが結ばれれば、私は兄に嫁いだヒルデに会いに行く事もあるでしょう。
そこに何ら不自然な点は見当たりません。
そう、
わたくしはヒルデに会うという名目で、堂々と兄に会いに行けるのだと。
わたくしは考えたのです。
今日はバウムガルテン中央学院第334期生卒業式。
卒業証書とカレッジリングを受け取り、式典はつつがなく終了いたしました。
これから兄と毎日顔を合わせる事も出来なくなるのだと思うと、わたくし、思わず涙ぐんでしまいました。
そして卒業プロムが始まりました。
皆それぞれ、気合を入れて着飾っていらっしゃいます。
それはそうでしょう。
この学園には、かねてからまことしやかに流れている1つの噂があるのですから。
このプロムでダンスを申し込まれ、指輪の交換をしたペアは永遠に結ばれる、そんな噂が。
残念ながら、わたくしは事前にパートナーが出来ませんでしたので、壁の花となっておりました。
お誘いを受けた事は受けたのですけれど、よく知らない方も多く、兄に相談した所、気が付けば、どなたもご用事がおありになったり、他の方と踊る約束があったりなどして、結局今日までお相手を見つける事ができませんでした。
退屈しのぎに会場を見回すと、思いを寄せる殿方と無事に踊っている、友人達の姿を見つける事が出来ました。
グリーンのドレスを着た親友ミヒャエラは、紫紺の軍服コートに銀の装飾のヘルムート様と。
発言内容が少々過激で、こちらをひやひやさせて下さる事がままありますが、決して間違った事は仰らない、恐らく誰よりもこの国の行く先を憂いていらっしゃる方。
この方のそばでお仕えするのは大変でしたが、同時にやりがいもありました。
兄や総代ともう少し仲良くして下されば、こちらの苦労も少しは減ったのかもしれませんが、それはそれでヘルムート様らしくないのかもしれませんね。
ピンクの子供っぽい、もとい可愛らしいドレスで踊っているのはリーゼロッテ。
相手は、ああやはりアルフォンス様でしたか。
……どうやって潜り込んだのでしょうか。
去年の夏、バカンス先に選んだのはリーゼの家が所有する広大な別荘で、その近くの街に遊びに行った折、暴走馬車に撥ねられそうになったリーゼが彼に助けられる一幕があったのです。
お互いに、かすり傷程度で済んだのですが、何とリーゼはそこで、助けて下さった殿方に一目ぼれしたのだと言い出しました。
その殿方は、実は某国の諜報員らしい。それを知ったのは、バカンスから戻って来た学園で、再びお会いした時の事でした。
口を噤む事と、指定した情報を流す事を条件に、私は見逃して頂けましたが、問題はリーゼの方。
相手が悪いと諫めても、どうしても諦めきれないと言うのです。
今日だって、なんとしてでも手に入れてみせると、妖しい惚れ薬まで持ち込んだのですから。
まあ、彼女の家は大公爵家なので、いざとなったら娘に甘い父親がどうにかするのでしょう。
わたくしもお手紙で進言しておきましたし。
…それ位は見逃される範疇だと思いますわ。
最後に見つけたのは、ワインレッドのドレスを着たヒルデガルト。
仲良しの4人の中で一番大人っぽい人です。
彼女は、身分はともかく尊大な軍人の家に生まれたが故、典型的な男尊女卑に常に晒されて来たのだと言います。
それゆえ、彼女は男性に対して一歩どころか2歩3歩と距離を置いて来ていました。
そんな彼女の相手は―――兄、ラインハルト
その時彼女達は踊っておりませんでしたが、どうしたって目立つのでしょう、周りの方達からも遠巻きにされていました。
その二人が、ふと見つめ合った時です。
お互い、通じあった様な、微笑み。
その笑みを見た途端、わたくしはたまらなくなり、とっさに会場を走り去ろうとしました。
その瞬間、腕を掴まれました。硬くて大きな殿方の手で。
とっさに振り払ってしまった私は、
「放っておいて下さい!!」
嫌な気分をそのままぶつける様に、腕をつかんだ相手に当たり散らしてしまいます。
不機嫌さを隠すことなく相手を見ると…。
アレクシス様でした。
総代である彼が、何故ここに…?
確かに私は彼に近づきました。
彼が兄の親友だったからです。
それは、あの作戦を考え着いた時、もう一つの可能性にも気が付いた為。
兄の親友である彼と親しくなれば、彼と共にわたくしも兄に会いに行ける、そんな口実が出来る、と。
しかし、彼はやはり高嶺の花の様なもので、共にいればいる程、光り輝く白鳥の様な凛々しさ、美しさを見せつけてきます。
わたくしは所詮アヒルの子。役員のお仕事で彼のそばにいる度に、隣に立つ事すらおこがましいとすら思ってしまうのでした。
でも、そんな彼が、何故ここに?
「君が泣いているのかと、思ったんだ。そうしたら、放っておけなかった」
そっと、白い手袋をはめた指で目元をぬぐわれます。
わたくしも気付かぬ内に、涙がこぼれていた様です。
「シアに何してる!!」
突然、会場内に兄の怒声が聞こえました。
いつの間にか静まり返った会場の中、兄だけが一人大きな声で喚き散らしているのは、何故だか滑稽にすら見えました。
ああ、ヘルムート様が不愉快そうにこちらを見ていらっしゃる。
「いくら親友のアレクだからって、シアを泣かせる奴に容赦はしないぞ!」
「お兄様!おやめ下さい!」
拳を握り始めた兄を慌てて制止する。
普段は客観的に物事を見て、盤遊戯などでも、知将などとからかわれることの多い兄ですが、友人や身の周りの事となると、何故かすぐに怒りだすのです。それも、猛烈な勢いで。
一度怒り出してしまうと、毎度宥めるのに酷く苦労しました。
もうこうなってしまうと、中々人の言う事を聞いて下さらなくなるのですから。
「止めるなシア!」
「止めて下さい、お兄様!ただアレクシス様は、わたくしを心配して下さっただけですわ」
「お前はアレクの腕を振り払ったじゃないか!こいつに何か嫌な事をされたんだろう!?」
「誤解です、お兄様!」
「こいつを庇うって言うのか!?違うって言うなら理由を言ってみろ!理由を!!」
「そ、それは、わたくし、…アレクシス様だとは思わなくて…」
本当に誤解なのです。
「知らない殿方が、わたくしの手をお取りになったのかと思ったのです」
「誰だそいつは!何処にいる!」
完全に頭に血が上ってしまっている兄に、わたくしはどうしたらいいのか途方に暮れてしまいました。
…こんな後継者で伯爵家は大丈夫なのでしょうか…。
欧州人名事典と、中世の貴族階級の資料には、大変お世話になりました。
「ミヒャエラ(ミカエラ)」「ヒルデガルト」「リーゼロッテ」「ラインハルト」「ゲーフェンバウアー」は私のシュミ(キリッ)
あえて兄を主役っぽい名前にしてみた。
略称は適当です。よくわからん。
シアの本名は「シルヴァニラ」命名は異国の人だった実母が。
当然苗字もありますが、長くなるので以下略。
ラインハルトとは異母兄弟です。
兄も本妻の息子ではありませんね。
こんなところでしょうか。
それでは、
後編もゆっくりたのしんでいってね!