第五十三話 思いの力
「可愛い暗殺者さん?」
オレは背後にいるフィナを振り返った。フィナは少し恥ずかしそうに俯いている。もしかして、要塞内の様子に詳しかったのはそういうことなのか。
「レイ! さっさとやっちゃって!」
「話を聞く方が先です。ところで、可愛い暗殺者とはどういうことでしょうか?」
「先とか言っていながら別の話を振っているわよね!?」
確かに別の話を振っているな。まあ、聞きたいからオレはいいけど。
国王陛下は何かを思い出すかのように楽しそうな笑みを浮かべた。
「そうだな。それは大体五年ほど前の話だ」
話が長くなりそうだな。
「可愛がりながら寝た。以上」
「私に「誤解よ!」を殺させていただけませんか?」
クリスの言葉にフィラの声が被さってくれて良かった。絶対に人物名なんて聞かなくて本当に良かった。
ただ、どうしてかはわからないけど国王陛下をロリコンと呼びたくなってくる。
「私はただ単に縛られて国王陛下の隣に転がっていただけなんだから!」
「ただの変態か」
「そうですね。ただの変態ですね」
「それを言われると何も言い返せないが、可愛い暗殺者さんもぐっすり眠っていたぞ」
うわっ、クリスがフィラを見る目がすごい。完全に見下している。
「やはり、誘惑したのですね」
「してないわよ! 暗殺させられて失敗しただけなんだから! 何もされてないわよ!」
「なら、証拠を見せてください」
フィラが首を傾げる。証拠なんてあるのだろうか。そもそも、何を見せたらいいのだろうか。
「処女膜見せてください」
「誰が見せるか!! レイ! この頭がお花畑な王女様をどうにかしてよ!」
「オレに言うな! そもそも、フィラが招いた話だろうが」
「私だって忘れていたわよ! というか、忘れるようにしたわよ! 国王陛下の横で安らかに眠っている暗殺者って構図的におかしい」
「縛られて、が忘れていますよ」
「お花畑は黙ってて!!」
やはり父親のことだからクリスの食いつきがすごい。
オレは小さく息を吐いて国王陛下と向かい合った。そして、鞘からスターゲイザーを抜き放つ。
「国王陛下。投降してください。そうすれば」
「命だけは助ける、か? 負けた者の末路なんてわかりきったことだ。特に、レクスなら簡単に想像がつく。あいつは今、国王を名乗っているそうじゃないか」
要塞都市に向かう前に出会ったレクス王子の所行を思い出す。確かに、それを考えたならどうなるかなんて明白だった。
国王陛下は殺される。そもそも、レクス王子は国王陛下が偽物だと言っているのだ。証拠はないけれど。
負けた者の末路。そんなもの、無惨に殺され、女性は犯されてから殺される。それが世の中の常。
「降参はしない。いや、するべきではない。私は国王だ。国王が王子に降参してどうする? それこそ、上手く利用されて殺されるだろう」
確かにそうだろう。だけど、そうだとしても、オレは、
「戦え! レイ・ラクナール! 『星語りの騎士』ならば、世界を混乱させる存在を倒せ!」
「それがあなたの答えか!?」
スターゲイザーを握り締め、オレは前に駆け出した。国王もスターゲイザーのレプリカである拝礼の杖を握り締めてオレの速度とは比べ物にならない速度で加速する。
だけど、それをオレは見えていた。
動きを予測されて動く拝礼の杖をギリギリで回避して、スターゲイザーを振り抜く。だが、そこに国王の姿は無く大きく後ろに下がられていた。
やはり、このドーピングだけだと魔法には対抗出来ないか。
オレは右手でスターゲイザーを持ち、左手で剣を抜き放つ。本来なら二刀流は愚の骨頂だけど、相手の武器によっては有効だ。
「バカなことをするな!」
国王陛下が加速する。狙いは完全にスターゲイザーだ。だから、オレはスターゲイザーを拝礼の杖に合わせた。
国王陛下が拝礼の杖を振り抜いた。そして、半ばから断ち切られた拝礼の杖が空に舞った。
二刀流の弱点は両手で同時に攻撃することは出来ないこと。そして、大きな武器を持てば筋力をつけても上手く操りにくいことだ。だから、二刀流はナイフかせめて小太刀となる。
さらには、片方の力に限りがあるため武器を弾かれたなら致命的な隙が出来るのだ。だけど、切れ味が極めて高い武器、例えば、スターゲイザーやフィーナが作り出した剣を使って相手の武器に合わせれば、相手は武器を失いこちらは体勢をほとんど崩さない。
オレは左手の剣を握り締め、拝礼の杖に向けて振った。反応が遅れた国王陛下は慌てて後ろに下がるが拝礼の杖を根元から斬る。
後は、国王陛下の動きを止めればいい。
だから、オレはスターゲイザーを足目掛けて振った。その瞬間、国王陛下は前に飛び出してきた。その表情は安らぎに満ちた表情であり、
スターゲイザーが国王陛下の体を斬り裂いた。
オレは目を見開き、倒れてくる国王陛下を両手の剣を落として受け止める。
「見事だ。レイ・ラクナール。よもや、あのような手で釣られてしまうとは」
「どうして」
「決まっているであろう。最初から、負けるのはお前一人だと決めていたのだ。我が国の神剣であるスターゲイザーを持つ者にしか負けないとな」
「そうだとしても、生きていればきっといいことだってあるはずなのに。どうして、飛び込んで」
完全に避けられるタイミングだった。それなのに、国王陛下は飛び込んできた。オレの振るスターゲイザーに合わせて。
オレはゆっくり国王陛下を横たえた。傷口からは吹き出しそうなほど大量の血が流れている。
「将来の婿よ」
「はい」
オレは答える。国王陛下からクリスを託されているのだから。
「クリスティナと共にレクスが国を滅ぼすようなことはさせないでくれ。そして、民を守ってくれ。私が成し遂げられなかった未来を、作り出してくれ」
「どうして、オレに」
「戦う運命を選んだのだろ? スターゲイザーを握ることを決めたのだろ? ならば、強くなってみろ。全てを守れるくらいに」
「わかりました」
強くなる。人として、そして、みんなを守れるくらいに強くなってみせる。強くならないといけないんだ。オレ達は、強くならないと。
「クリスティナ」
「はい」
国王陛下に呼ばれたクリスに場所を空けるために一歩斜め後ろに下がった。だが、そんなオレの手をクリスは掴む。そして、オレと横並びになった。
すでに色を失った顔なのに、国王陛下は楽しそうに笑みを浮かべた。
「国を頼んだ。レクスと戦えるのはお前一人だけだ。レクスは強い。後ろ盾もある。だが、お前にはレイ・ラクナールがいる。それを忘れるな」
「大丈夫です。私達が一緒にいる限り、私はお兄様にも神様にも負けません。負けるわけにはいきません」
「そうか。なら、いい。ああ、人生は楽しかった。私は満足だ」
国王陛下がフッと笑みを浮かべる。そして、そのまま動かなくなった。
「レイ、クリスティナ。私は国王陛下が倒されたことを伝えてくるわ。こんな馬鹿げた戦い、終わらせてくるから」
オレ達を気遣ったフィラが声をかけてくるが、オレ達は言葉を返すことが出来なかった。
クリスはギュッとオレの手を握っている。オレは右手で拾い上げたスターゲイザーを握り締めていた。
「これからが、大変になるな」
「そうですね。お兄様が国王として相応しくない行為をするなら、私は王家として剣を取らなければなりません。そうならないように、私を手伝ってもらえますか?」
「慧海達も手伝うからどれだけ戦えるかわからないけど。それにオレはクリスの婚約者なんだ。そういう言い方じゃなくてさ」
「私を、手伝ってください」
「喜んで」
オレはそっとクリスを抱き締めた。そして、クリスの耳元で囁く。
「だから、少しくらい泣いた方がいい」
「ですが」
「王女だからじゃない。父親が死んだ一人の娘として、今は泣いて。オレはここにいるから」
「少しだけ、胸をお借りします」
クリスが額をオレの胸に当てる。そして、声を殺して泣き始めた。
国王陛下はこの手でオレが殺した。そして、国王陛下の思いはオレが受け継いだ。これからが本当の戦いだ。
オレは魔法が使えない弱い存在でいていいわけがない。フィナと国王陛下の二人の思いを背負ったんだ。
強くならないと。
スターゲイザーとの約束を守るために。
強くならないと。
慧海達と共に戦うために。
強くならないと。
今度こそ、失わないために。
強くならないと。
フィーナと共に歩みために。
強くならないと。
腕の中にいるクリスを守るために。
「強くならないとな」
オレは小さく呟いた。
強くなる。必ず。そして、すぐに強くなる。みんなを守るために。そして、自分自身が強くなるために。
次回、第一章最終話です。