第五十話 報告事項
「行くのか?」
周囲には人がいないのに、周囲の視線を痛く感じながらオレ達が歩いていると、オレ達男性陣の天幕がある前に慧海が立っていた。
身につけている武器は何一つなく、上から下まで非武装だとわかる。
「はい。あなたは来ますか?」
「行くしかないだろ。今の国王陛下(笑)がぶちキレてレイを殺す可能性の方がかなり高いからな。そして、クリスがキレて一面焼け野原」
「ありえそうでむしろ怖いけど、(笑)はどうかと思う」
「王国の国王になる方法には拝礼の杖が必要不可欠なんだろ? その拝礼の杖自体が無いのに国王を名乗っているのは(笑)をつけても事実なんだから仕方ないだろ」
「事実だからじゃなくて、一応は相手は次の国王になる可能性が極めて高い人物なんだから」
「二人共、一応は国王代理ですからあながち間違ってはいませんよ」
よくよく考えてみると不敬罪で罰せられてもおかしくない状況だよね。ただ、慧海ならそんなこと関係なく言うとは思うけど。
案の定、というべきか、慧海は自信満々な笑みを浮かべていた。
「まあ、不敬罪に適用されるなら逃げればいいだけだ。その気になったらここの全員と相手にしても勝てるくらいだし」
「それは聞き捨てならねえな、兄ちゃん」
その声と共に近くの天幕が盛り上がったと思った瞬間、明らかに身長がおかしい大男が現れた。オレの倍近くってどう考えてもおかしいけど、こいつは有名だ。
勇猛無双の名を持つ王国一の荒くれ者で一対一なら勝てる相手はいないとされているクレスタだ。
クレスタは慧海を見てからオレを見た。
「おう、レイじゃないか。お前もここにいたのか?」
「お知り合いですか?」
「あんまり知り合いたくない奴だけど。ガイウスの友達なんだ。というか、身長がまた伸びてないか?」
「がははっ。当たり前だ。俺はこの国一の荒くれ者さ。ひ弱だから身長が伸びないんだ」
「その理論はおかしいから」
そうなると慧海の身長は一体どれくらいまでいくのだろうか。
「だが、あんな事をほざく奴だけは放っておけんな。兄ちゃん、覚悟は出来ているのか?」
クレスタは日常ならすごく鬱陶しい奴だけど、喧嘩を売るのが得意というか、多少のいざこざから喧嘩になる。だから、本気で知り合いになりたくなかった。
クレスタを止められるのはガイウスだけだから何故か仲良くなっちゃったけど。細かい事は気にしない奴だからな。
すると、慧海が楽しそうに笑みを浮かべた。
「乗った」
「乗るなよ」
「だって、こいつ強そうなんだぜ。最近は暴れ足りなかったからさ、ちょっとくらいは手合わせさせてくれよ」
「そういう問題じゃないから。せめて、国王陛下に届け出を」
「その必要はないな」
その言葉と共にいつの間にか集まっていた人混みが割れた。そこを通るように近衛騎士団を従えたレクス王子が姿を現した。
おそらく、周囲を見回っていたのだろう。
「私が許可をしよう。クリスティナはそれでいいな?」
「私は介入するつもりはありません。それに、国王陛下に紹介したい事の一つでもありましたから」
「なるほど。まあ、いいだろう。場所は」
「ここでいいさ。喧嘩だからちゃんとした場所じゃなくて、こういう場所だろ」
慧海が笑みを浮かべて腰を落とす。対するクレスタも身構えた。
慧海は完全な非武装。だけど、クレスタは鎧を身につけている。さすがにこれは危険じゃないかとは思うけど。
近衛騎士団が凄く目を光らせているけど大丈夫だろう。この状況で割って入れば非難轟々だろうし。
オレは小さく溜め息をついてスターゲイザーを鞘から抜いた。クリスは楽しそうに笑みを浮かべている。
そして、オレはスターゲイザーを上に投げた。すでにクリスは下がっているからオレも後ろに下がる。スターゲイザーが地面に突き刺さった瞬間、クレスタが動いた。
丸太のような巨大な腕を振り抜く。慧海はそれを簡単に受け流してカウンターの一撃を叩き込もうと前に踏み出した。だが、クレスタは受け流された腕を力任せに振る。
慧海はとっさに腕でガードするが、体が跳ね上がった。そこにクレスタの腕が振り下ろされた。
立ち上る土煙。さすがの慧海もこれでは駄目なのではないかと思ってしまう。クリスも驚いているから同じ意見なのだろ。
クレスタはゆっくり後ろに下がった。レクス王子が笑みを浮かべているのがわかる。勝負あったと思っているのだろう。だけど、あいつがこんな場所でやられる奴じゃないと分かっている。
「余興はこれだけで十分だな」
やはりと言うべきか。土煙が晴れたそこには慧海の姿があった。そして、傷一つない。
「悪くはないな。まさか、力任せにああされるとは思わなかった」
「直撃したはずだが?」
クレスタが顔色を変える。対する慧海は軽く肩をすくめた。
「直撃したさ。だけど、相手が悪かった。朱雀みたいに頸を操作して鋼化なんて真似は出来ないけど、魔力を操作して障壁化を一瞬で出来るからな。まあ、オレくらいだけど」
慧海が浮かべているのは笑み。そして、周囲を黙り込ませるような威圧感。さらにはこれが本気じゃないと解らせるくらいの殺気の変化。
簡単に言うならレベルが違う。いや、存在が違うと言うべきか。神のごとき威光を放っている。
これで本気じゃないとすれば、どれが本気なんだよ。
「一撃で決める」
慧海が拳を握り締め加速した瞬間、クレスタの鎧に慧海の拳が押し当てられていた。
「八叉流破砕『吼砲』」
そして、クレスタの鎧が砕け散った。
「勝負あり、でいいよな?」
「さすがの俺も文句はない」
クレスタは納得したような諦めたような、ともかく力の差がありすぎて相手にするのが馬鹿らしく感じるくらいだった。
レクス王子は固まっている。そんなレクス王子を見てクスッと笑みを浮かべたクリスはオレの手を取ってレクス王子の前までやって来た。
「これが私の仲間の一人です。そして、国王陛下に解答させて頂きたい事があります」
「あ、ああ」
呆けた表情のレクス王子は答える。
「一つは交渉が失敗した時の要塞都市攻略戦の際、先陣を勤めさせて頂きたいと考えています」
「いいだろう。クリスティナに任せる」
「ありがとうございます。そして、婚約の件ですが」
その瞬間、レクス王子に対する殺気が膨れ上がった。
耳を澄ませばたくさん聞こえてくる呪詛の声がある。
「王女殿下の婚約などありえん」
「王女殿下は俺達のアイドルだ」
「クリスティナ王女殿下は太陽だ。そんな光を曇らす存在を許せるものか」
オレ、生きてここから出られるかな?
「そうか。婚約を快く」
「国王陛下が決めて下さった婚約を快く破棄させて頂きます」
その瞬間、歓声が上がった。
オレと慧海は完全にこの場の空気について行っていない。慧海はわけがわからないと肩をすくめているし、オレにいたっては世間知らずな感じしかしない。
そして、その歓声は止まった。何故なら、クリスがオレの腕に抱きついてきたからだ。
「私は彼と婚約していますから」
歓声の代わりに怒号が起きた瞬間、慧海がその手に取り出した蒼炎を地面に叩きつけた。
巨大な爆発が周囲に沈黙を届けていく。
神剣ってそういう使い方が出来るんだ。
「ど、どういうことだ」
さすがのレクス王子も動揺は隠せないようだ。というか、動揺を隠せるような人がいるのか怪しいくらいでもある。
「彼が持つ剣に見覚えはありませんか?」
オレはその言葉と共にスターゲイザーから刃を消す。それを見たレクス王子の顔色が変わった。そして、クリスの顔を見る。
「スターゲイザー。我が国が有する神剣です。彼はその主と認められました。国王陛下。我が国の秘宝であるスターゲイザーに選ばれた者が私の婚約者では不服ですか?」
「だが、それが本物かどうかは」
すると、クリスが何かを蹴り上げた。それはクレスタの鎧の破片。オレはすかさずスターゲイザーから刃を作り出して一閃する。
スターゲイザーの刃は音を立てることなく鎧の破片を切り裂き、オレは刃をスターゲイザーから無くした。
「スターゲイザーは持ち主に絶大な力を与えます。国王陛下が我が国の秘宝を疑うというなら、私は彼にスターゲイザーの力を使うように命令しましょう。最も、威力の高さに焼き尽くされたとしても文句は言わないで下さい」
挑発的だが効果的だ。
クリスが示したのはスターゲイザーが秘宝であること。そして、神剣であること。
神剣は持ち主を選ぶ。そして、秘宝は国にとって大事なもの。レクス王子がこれ以上否定すれば秘宝自体を否定することになる。つまりはこれと同じ拝礼の杖を否定することになる。
それでは国王としての威厳は低くなる。それを狙ってクリスは作戦を作っていたのだ。策士というべきか怖い人物というべきか。
もしもの時には慧海がいるから手出しはさせないということだろう。
「そ、そうか。我が国の秘宝を持つ者がクリスティナの婚約者か。それならば、私も許そうではないか」
顔は怒りによって憤怒に染まっているけど。
「クリスティナ。交渉の雲行きは怪しい。準備しておけ」
その言葉を最後にレクス王子は身を翻す。
残ったのは嬉しそうに拳を握り締めるクリスと、腹を抱えて笑い声を上げないように必死に声を噛み締めながら笑っている慧海と、殺気を向けてくる周囲の人達と、それを受けて青ざめているオレだった。
クリスはオレの方を向いてにっこりと笑みを浮かべる。
「後は既成事実だけですね」
その瞬間、背筋が凍った。視界に入る慧海の顔はひきつりながらクレスタと一緒に後ろに下がっている。嫌な予感しかしない。
オレはにっこりと笑みを浮かべるクリスを見て、小さくひきつりながら背後を振り返った。クリスの目はオレを見ていなかった。つまりは、背後にいる誰かを見ていたということ。
振り返った先にいるのは、絶氷の力を右手に持ったフィーナの姿だった。
「クリス、挑戦的だよね?」
「いえいえ。私とレイとの仲は公認ですから。誰にも引き裂かれないですよ」
「別にレイとはまだ婚約中だからって、泣きそうな顔でオレを見ないでくれ、クリスティナ」
正確には泣きそうな顔で睨みつけながらの間違いだけど。慧海は軽く肩をすくめて口を出すつもりはないのか後ろに下がった。
「ここであなたのような人にはお灸を据えるしかないようね」
「それは同意見です。あなたの頭にお灸を据えてあげます」
「万年、頭がお花畑のあなたに言われたくはないわ」
「同意見ですね。世間知らずのあなたに言われたくはないです」
オレは小さく溜め息をついて離れた場所で座り込んだ。一応は慧海の隣。
「もう、勝手にしてくれ」
オレでは二人は止められない。だから、刃を作り出したスターゲイザーを地面に突き刺して小さく溜め息をついた。