第四十九話 除け組
スターゲイザーを横に振る。そして、手のひらで一回転させながら盾に振り下ろした。
体中に走る痛みはほとんどはない。スターゲイザーを手放せば気だるい感じは残るが支障が出るほどではない。
「どうや? 魔力が浸透せえへんって話やったけど、頸の方は浸透するやろ?」
里宮朱雀が小さな胸を誇らしげに主張している。身長がそれほど高くないからいいんだけど。
「戦闘は出来るようになったかな。やっぱり、実戦にならないと勝手はわからないけど」
「まあ、無理せえへんことやな。あんたはもう一人だけのものじゃないんやから」
「わかっているよ。でも、クリスは大丈夫かな」
オレは目の前にある天幕を見た。その中にはクリスやフィーナ達女性陣がいる。ガイウスやリーク、慧海は別の天幕の中だ。
周囲を見渡してもあるのは天幕だけ。あまりに用意周到すぎる。
どうしてこうなったかを話すには少し時間を遡らなければならない。ただ、簡単に一言で表すなら、すでに自称国王軍が要塞都市を囲んでいた、というべきだろう。
オレが自力で立ち上がってクリスから託された軍をフィーナが率いて要塞都市に戻ると、そこには自称国王軍の姿があった。
いつの間にか近衛騎士団とレクス王子の姿まで。自称国王軍と言っても正確には第一王子軍と名乗っていたけど。
国王陛下と要塞都市に残っていたほんの少数の兵は立てこもり、クリスは慧海に連れられて脱出した。そういうことになったのだ。
もちろん、脱出したというのは演出かつ事実だけど。
そして、自称国王軍が張り巡らせた天幕を使って現在は休息中。そして、交渉中らしい。
オレはただ休んでいただけだからよくわからない。
「こういう時に除け者は辛いな」
「それには賛成や。うちも昔はそういう経験があるからな。まあ、今はゆっくり傷の治療や。まだ、治りきってないやろ」
「まあ、痛みだけはあるかな」
「当たり前や。頸を使った治療法、まあ、頸法って言うんやけど、それは体内の力を活性化させる働きがあるから生命力がある存在なら幾らでも可能やねん。もちろん、体の造りが異なる生物に対してもな」
朱雀はそういう風に説明するけど、はっきり言うなら最初が意味わかっていない。そもそも、頸って結局何なの? という感じだ。
頸は神経みたいなもんって治療の前に説明されたけど、やっぱり意味がわからない。
「本来やったら魔術やら魔法やら使った方が早いんやけど、うちは魔力に関することは全然やからな。まあ、丈夫な身体はあるけど」
そう言いながら朱雀が身構えて拳を放った。だけど、拳が動いたようには見えない。放ったと分かったのは拳を放ったから出た風を感じたからだ。
つまりは、生身の動体視力だと視認すら出来ない速度で拳を動かしたということか。
「慧海が言ってたけど、レイは剣の扱いに関しては高いレベルに達してるらしいな」
「そうかな? 魔力が使えないから剣技だけは磨いていたけど。あっ、ガイウス!」
スターゲイザーを鞘に収め、綺麗な白銀の鎧を着たガイウスにオレは声をかけた。ガイウスはオレに気づいてこっちに向かってくる。
「傷はいいのか?」
「心配してくれるんだ」
「お前でも仲間だった。死なれたら後味が悪いからな。しかし、今の俺に話しかけるとは勇気があるな」
そう言いながらガイウスが後ろを振り返った。そこには武装した兵士の姿がある。
監視されているのだ。少しとはいえクリスと共にオレ達はいたのだから何らかの悪影響を受けている可能性があると考えられているのだろう。
「あんまり貴族とかは気にしないから」
「怖じ気づに前国王陛下からのクエストを受けた奴だからな」
確かにそうだった。クリスの付き添いであるクエストだったけど、そこでオレはフィーナと出会うことが出来た。
そう考えるとオレってすごいよな。
「ふーん。ガイウスって貴族やってんな。確かに、上質な剣とか鎧を使っていたけど」
「この鎧も国王陛下から授かったものだ。我が家の家宝になるだろう」
「家宝って、ただの鎧やん」
白銀の鎧っていう綺麗な鎧だけど、本当に白銀が使われているわけじゃない。まあ、今の自称国王なら金で出来た鎧をつけていそうだけど。
「国王陛下から頂いたものだ。大事にするのは当たり前だと父上から聞いている。それと」
ガイウスは口だけを動かした。
口の動きを見てもオレは意味がわからない。だが、オレはガイウスの目を見ていた。
オレは軽く肩をすくめる。
「さあ、わからないな」
「そうか。女性陣に注意をしていてくれ。あまりに男ばかりで狙われていると」
「そもそも女性陣と戦って相手になる人がいる?」
「おらんな。まあ、慧海やギルバートが来たら話は変わるけど」
直接的な強さがどんなものかは聞いていないけど、朱雀って要塞都市から王都までフィーナを投げ飛ばした人だから、砲弾ならぬ砲人として要塞都市に投げ飛ばされそうな気がする。
そもそも、慧海やギルバートの仲間達ってかなり強いし。
「注意するに越したことはないだろう。今は国王陛下が要塞都市に立てこもっている集団と交渉している最中だ。今はもう少し休め」
その言葉を最後にガイウスは踵を返した。オレは軽く頷いてスターゲイザーを鞘から抜き放つ。そして、刃を作り出した。
「なあ、途中でなんであいつが味噌汁は好きか? って聞いたん?」
「えっ? 味噌汁は好きかって言ってたの?」
見ている場所が違う上に読唇術は出来ないからわからなかった。地味に文脈繋がっているよね。意味は繋がっていないけど。
朱雀は不思議そうに首を傾げていると、天幕の中からクリスが外に出て来た。それと同時に朱雀が若干ながら腰を落とす。オレはスターゲイザーから刃を無くして鞘に収めた。
まあ、朱雀が腰を落としたのもわからなくはないけど。
「レイ、もう大丈夫なのですか?」
「かなり動けるようになったし大丈夫かな」
「いえ、精神的な面での話です。私が戻って来た時はかなり放心状態だったので」
確かに記憶がかなり飛び飛びだよな。フィーナが常にそばにいたということだけは確実だけど。
「大丈夫。オレはちゃんともらったから」
「もらった?」
「うん。二人の思いを」
「そうですか。なら、もう心配はいりませんね。それでは、行きましょうか」
「ちょっと待った。いきなりすぎて理解出来ていないんだけど」
とりあえず、記憶を整理してみよう。
まずはフィナがスターゲイザーに封印を施して消える。泣きそうになるけど我慢。そこから若干の放心状態を十数回繰り返していたらクリスが戻ってくる。
そして、レクス王子と会うためにクリスがフィーナと慧海を連れて出掛ける。オレは朱雀の治療を受ける。
朱雀の治療を受けている最中にクリス達が戻ってきて何かの会議のために天幕に籠もる。慧海はどこかに消える。そして、最初に戻る。
うん。オレは正しい。
「どこに?」
「レクスおに、国王陛下の所にです。会議内容の結果を伝えるために」
「あのさ、オレにまだ事情が説明されていないんだけど」
「それはついでなので大丈夫ですよ。最大の目的は私の伴侶にレイがなったことです。それを報告に」
明らかに最後の方がついでだよな? というか、クリスは頬を染めて両手を当てているし。
うん。何というか演技じゃないかなとか思ってしまう。
「最後の事に関しては覚悟を決めているけど、出来れば会議内容を教えてくれないか?」
「レイは私との婚約は嫌なのですか!?」
「そういう意味じゃないから! そうじゃなくて、オレと朱雀は除け者にされていたから話が聞きたくて」
すると、クリスがクスッと笑った。
「冗談です。会議内容は先陣を誰が行くのか。要塞への先陣は危険性が極めて高いところです。一番槍が取れるとは限りません。そこで、私達は会議をしていました。まあ、雑談がほとんどでしたけど」
「つまりは、先陣はオレ達が」
「はい。お父様の所には私達が先に向かいます。どこぞの馬の骨かわからないような存在にお父様と会話させるわけにはいきません」
「いや、まあ、それはいいんだけど。どうしてオレとの婚約の話を?」
オレはそう尋ねた。尋ねて後悔した。
何故かクリスが怒っているのだから。
「あの糞、ではなかった。レクス国王陛下が勝手に私とどこかの貴族の嫡男と婚約させると言い出しましたから。ですから、真のスターゲイザー契約者を連れて行けば分かってくださるはずです。国王陛下なら」
うん。完全に隠しきれていないよね。まあ、怒るのも無理はないかな。勝手に国王陛下になっている奴が婚約を決めるなんて。
でも、オレが言っても大丈夫かな? 相手は貴族なんだから心配だけど。
「レイ、大丈夫です。もしもの時はフィーナが暴れる手筈なので」
「用意周到だね。まあ、そういうことならオレも行くよ。覚悟は決めているから」
「よろしくお願いします。あなた」
うん。何でだろうね。クリスと向いている正面はクリスの笑顔で幸せになれるのに、それ以外の方向、というか、特にクリスの背後にある天幕から凄まじく痛い視線を感じるのはどうしてかな?
行っても帰っても死地に赴くような気がする。オレ、生きてここから出られるかな?