第三話 人類最弱男
レイが最弱に対して刀を持つ少女はかなり強い設定です。最弱と最強の対比を書きたかったのと、その最弱視点からの物語を書きたかったからです。そげぶの人のような強力な能力なんてない文字通り最弱ですよ。
その言葉にオレは答えることを忘れていた。少女の声は何故か心地よささえ感じていた。刀さえ当てられていなければもっと良かっただろう。
半年間連れ添っていた愛剣は使いものにならない。
「君は?」
思わずそう言ってしまい刀が首筋を微かに斬るのがわかった。本当に微かなのでチクッとしたぐらいで気にはならないが。
すると、少女が微かに眉をひそめた。
もしかして、何か作用させるつもりだったのかな?
「聞いているのは私。あなたは何者?」
「オレはレイ・ラクナール。冒険者だ。クエストのためにこの山の調査に来た」
「そう」
少女が刀を引く。そして、刀を鞘に収めた。
「なら、今すぐ去りなさい。これ以上ここにいるなら」
「残念だが、ここから帰らせねえよ」
急に響き渡った男の声にオレは振り返った。そこには首筋に剣を当てられたクリスの姿。その後ろには顔に大きな傷痕を持つ男がいる。
クリスが油断している最中に近づかれたか。
「ようやく見つけたぜ。親分達を殺したガキが。こいつは王家の者だから使い道はあるが、お前らはない。だから、この場で死んでもらうぜ」
周囲を見渡せばいつの間にか囲まれている。ただし、ほとんどがオレとあまり変わらない年のようだ。これなら少しは勝ち目がある。
オレは使いものにならない剣を構えた。
「オレはクリスを助ける。だから、君は逃げろ」
「はあ。あなた、自分の力がわかっていないの?」
「わかっているさ」
オレは地面を蹴る。全速力で蹴ってクリスを助ける。
「バカが。やれ」
その声が聞こえた瞬間、オレの体は地面に叩きつけられていた。肺の中にある空気が全て吐き出される。
地面に叩きつけられたオレの背中に誰かが乗ったのか痛いほどの重みも感じる。
「なんだこいつ? 今ので反応出来ないのかよ」
多分、背中に乗っているのは戦闘をほとんど体験したことのない人だろう。クリスならどうにかするかもしれないけど、オレは絶対に無理。
相手が身体強化魔法が使える時点で勝ち目はない。
「弱いってレベルじゃないだろ。冒険者のくせに」
確かに冒険者の中じゃ冗談抜きで最下位だけどな。だけど、これでも冒険者なんだから意地ぐらいは、
「起きるな」
頭が勢いよく踏まれる。頑丈さが取り柄のオレじゃなかったら確実に死んでいたような力。
「へぇ、これでも死なないのかよ。だったら」
剣を抜く音。多分、このまま剣を振り下ろされて終わるんだろうな。
「はぁ。あなた、本当に弱いのね」
その瞬間、背中に乗っていた重さが消えた。オレはすぐに起き上がり周囲を見渡すと、氷の花園の中に氷漬けにされた人がいる。
まるで、来る途中で見たのと同じ姿。
「今の速度は止まって見えるほどよ。まあ、あなたなら納得だけど」
そう言いながら少女が刀を構える。
「手伝ってあげる。あなたに聞きたいことがあるから」
「身体強化系を普通に使える人がいるなら大いに助かる。今は」
オレは地面を蹴った。向かうのはクリスがいる方向。
「クリスを助ける!」
「わかったわ」
その声が聞こえた瞬間、少女の姿はクリスを捕まえている男の横にいた。男の顔が驚愕に染まるのと同時にこめかみに柄がめり込み男が吹き飛ぶ。
吹き飛ぶと同時にクリスの体は少女の腕の中だった。
「大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「よくもゴルメさんを!」
近くにいた周囲で一番若い、12歳くらいだろうか、少年が剣を振り上げる。オレはすぐさま間に入り込んで剣を受け止めたつもりだった。
断ち切られた剣が手から叩き落とされる。そして、翻された剣先が鎧だけを半ばまで斬っていた。
これが身体強化をしたのとしていないのとの差か。
「レイ!」
クリスが杖を構えた瞬間、圧縮された空気の塊が少年を吹き飛ばしていた。
オレは一歩後ろに下がる。
「無事ですか?」
「だ、大丈夫だよ。クリスこそ無事?」
「私は大丈夫です。レイは最弱なのですから無理はしないでください」
心配してくれるのはありがたいのだけど、最弱と言われる度に胸に何かが突き刺さるのは気のせいだろうか。いや、気のせいであって欲しい。
最弱なんてとうの昔に受け入れたのだから。
「お願いですから。お願いです」
クリスの可愛いらしい瞳からはいつの間にか涙が落ちていた。オレは一瞬だけ目を伏せて、そして、クリスの頭を撫でた。
「大丈夫だよ。オレは昔から頑丈だから。クリス。今は周囲の敵を」
「それなら心配には及ばないわ」
周囲を見渡して初めて気づく。周囲にいたはずの男達が全員氷漬けにされているのを。
クリスが息を呑んだのがわかった。オレはクリスを背中にやる。
「君は、何者だ?」
「そうね。その前に」
少女が刀を振る。反応することは出来なかった。首筋に刀身が食い込んで血が流れるのがわかる。
「レイ!」
クリスの叫びと共に少女が刀を引いた。
「やはりね」
「どういうつもりですか!?」
クリスがオレの前に杖を構えながら立つ。そんなクリスを少女は冷めた目で見ていた。
首筋に手を当てると傷口はそれほど酷くはないが、血がかなり流れている。そして、傷口の近くが微かにヒリヒリする。もしかして、
「オレを試したのか?」
「ええ、そうよ」
少女が刀を鞘に収めた。
「私の名前はフィーナ・ベルフォルト。あなたに尋ねるわ、世界最弱の人間」
やはり、最弱と言われる度に何かが突き刺さる。確かにオレは最弱だけどさ。
「一般人より弱いあなたはどうして戦うの?」
「レイがどうして一般人より弱いと決めつけるのですか?」
クリスがいつでも魔法を唱えられるようにしながら少女、フィーナに尋ねる。フィーナは微かに笑った。
「あなたには質問していないわ」
その瞬間、クリスの持つ杖が半ばから切断されていた。クリスが一歩後ろに下がる。
もしかしたら、クリスですら刀の軌道が見えてなかったのかもしれない。オレは全く見えなかったけど。
「次に口を開けば氷の彫像にしてあげる。大丈夫よ。痛みは一瞬だから」
クリスの首筋にいつの間にか抜かれていた刀が当てられていた。
オレはその刀を掴む。
「クリスには手を出すな。フィーナと話しているのはオレだろ?」
指はむちゃくちゃ痛い。むちゃくちゃ痛いけど、こうでもしなければ何かした時にクリスが死ぬ。そんなことなんて絶対に嫌だ。
だから、オレは刀を手に取る。
「離して」
「離さない。フィーナがクリスに手を出さないと誓うまで」
「わかった。誓うから、離して」
オレは手を離した。すぐにクリスが治癒魔法をかけてくれる。
握った時は必死だったからわからなかったけど、かなり深くまで裂けていた。後少しで指が落ちていたかもしれない。
「バカ」
クリスが小さく呟く。心配してくれることが今は嬉しい。
「レイ、あなたはこの世界の誰よりも弱いはずよ。なのに、どうして戦おうとするの?」
「どうして? わからない。わからないけど、クリスティナは少しの間でも仲間だから。だからかな。オレの能力はフィーナもわかっていると思う」
フィーナが作り出した氷を触った存在を凍らせる結界魔法。もしかしたら、フィーナは誰とも会いたくなかったのかもしれない。
でも、オレとクリスはフィーナと出会った。
「オレをオレとして見てくれる。クリスはそういう子なんだ。だから、助けたいと思った。例え力が無くても、行動しなければ何も始まらないから」
「そうね。レイの言う通り。だけど、あなたに力はない。体内での魔力循環が出来ないあなたは身体強化が作用しない。そんな、子供にも負けるような力で、人類最弱の力で何が」
「何も出来ないかもしれない。でも、何もしないわけじゃない。何もしなくて後悔するなら何かをしたい。この理不尽な世界に」
オレがそう言うとフィーナはポカンと口を開けた。そして、急に笑い出す。大声で。腹の底から。
「うん、決めた。私はレイについて行く。レイなら私の見つけたいものが見つかるかもしれないしね」
オレもクリスもポカンとした。だって、今までと話し方が違う上に性格が明るくなったからだ。
まるで、仮面を被っていたかのように。
「よろしくね! レイ、クリスティナ」
その顔は幸せそうな満面の笑みだった。
レイ・ラクナールについて
かなり珍しい魔力循環が出来ない病気を持つ。そのため、身体強化などの体内に直接作用する魔法が効かない。つまり、身体強化が使える人(平均で13歳ぐらいから)には絶対に勝てない。
核晶欠損症とは違い、魔力は自分で作ることは可能で普通の動きに支障はない。