第四十三話 王女の帰還
着地したユゲンの眉間にナイフが突き刺さる。そのユゲンを乗り越えて斬りかかってきたプダズタの頭をフィラのメイスが叩き潰した。
すかさずフィラは新たなナイフを取り出してセルゲスの群れに放たれる。
これがフィラ・ファンブールという冒険者養成学校の中で類い希な才能を持った人物の戦い方だ。
ガイウスみたいな完全な前線が味方にいる場合、活躍の機会は大きく少なくなるが、前線が崩れ、乱戦となった時にフィラは一番力を発揮する。
フィラはすかさず一歩を踏み出しつつ新たなナイフを投げつけた。ナイフは地を這うラクセトに突き刺さり動きを止める。
「フィラさん!」
一瞬の隙をついてリークがナイフが大量に差さったベルトをフィラに向けて投げた。フィラはそれを受け取って素早く付けているベルトを外して受け取ったベルトをつける。
フィラの何が凄いかと言えば空間を把握する時間だ。
本来、見てから判断するまで数瞬を必要とする。だけど、フィラの場合は一瞥すれば行動可能なのだ。例えば、今フィラが向かっているプダズタの群れの個々の位置を把握してナイフを放つ。
最大三本を正確に放つ。簡単に出来るようなことじゃない。
オレは前に駆け出してスターゲイザーを振り抜いた。フィラの横から迫っていたセルゲスの牙を砕き、口からセルゲスの頭を斬る。
「前ばかり見るなよ?」
「レイこそ。魔法が使えないからって無理するんじゃないわよ」
「そっちこそ、魔法が使えるからって無理するなよ」
お互いに前から迫って来ていたプダズタの鎌を受け止めて返した刃でプダズタの頭を斬る。
スターゲイザーから血を払いながらオレは大きく後退した。
「押されているな」
「押されていない方がおかしいから。まともな組織体系を成していなかったのよ。誰もが決死隊だから今は大丈夫だけど、このままだとどうなることかわからないわ」
「せめて、もう少し数があればな」
迫ってきたユゲンにスターゲイザーを突き刺す。だが、その瞬間には地面からラクセトが近づいてきていた。
スターゲイザーを手放して剣を抜いてラクセトを両断する。すかさずスターゲイザーの柄を蹴り上げてその柄を掴み、ユゲンからスターゲイザーを引き抜いた。
スターゲイザーを握り締めながら剣を鞘に戻す。
「その剣は便利ね」
「フィーナからの贈り物だからな。ここは引くか?」
オレは周囲を見渡しながら尋ねた。すでに大量の魔物が死骸が散乱しているため戦闘しにくい状況となっている。だから、フィラも頷いた。
「レイは大丈夫? まだ動ける?」
「フィナとの戦いも残しているから余力はある。というか、スターゲイザーとこの剣が無ければさらに疲労していた」
「レイは技術だけはあるものね」
「だけってなんだよ。まあ、賛成するけどさ。魔法を使わないで戦う以上、技を極めないとダメだろ?」
「まだまだ未熟だけど」
「言わないで」
オレは小さく息を吐きながらフィラと共に後ろに下がった。スターゲイザーを落とさないように握り締めながら攻めてくる魔物達を見る。
「せめて、リーダーさえいれば」
フィラは小さく呟いた。
今、この戦場に不足しているのはリーダーの存在だ。ぶつかった当初は良かったものの、今ではかなり押されている。組織だった動きが出来ていないからでもある。
オレは向かってきたユゲンを切り落としながら戦場を見渡す。そして、走り出した。
「レイ?」
「フィラさん! 前!」
背後からフィラとリークの声が聞こえる。だけど、オレはその言葉を無視していた。
何故なら、最大級の魔物と言われるアカパタの姿があったからだ。黒光りする甲殻に先が尖った角。そして、鋭い鋏。
そんなアカパタが三体、ガイウスを囲んでいた。
オレはすかさずスターゲイザーをガイウスの背後にいるアカパタに投げつけた。そのまま走る勢いを利用して剣を抜き放ちながらガイウスの側面にいるアカパタを切り裂く。
「ガイウス、無事か?」
返す刃で最後のアカパタを切り裂いて後ろに飛んだ。筋肉が悲鳴を上げるが気にすることなくスターゲイザーをアカパタから抜いて剣を鞘に収める。
ガイウスもオレと同じように後ろに下がる。
「助かった」
「ガイウスらしくないな。周りが見えていないんじゃないか?」
「そうかもしれないな。だが、相手の勢いは恐ろしい」
「せめて、時間を稼げる人がいれば」
オレとガイウスはお互いの死角に気を配りながら迫り来る魔物を一体一体切り裂いていく。長期戦では魔法は常に利用されない。だから、現状ではガイウスは魔法を使っていない。
オレはスターゲイザーでセルゲスを切り裂き、後ろに一歩下がった瞬間、
キーン、と甲高い音が鳴り響き、こちら側が一斉に体勢を崩した。その瞬間に襲いかかる魔物の軍勢。
ヘルゲスの魔笛だ。優先的に潰していると思ったのに。
「輝け! スターゲイザー!」
すかさずスターゲイザーの力を強制的に発動する。スターゲイザーから光が放たれ、こちら側に飛びかかった魔物を消し飛ばした。
だが、敵は向かって来ている。オレはその場に片膝をつけながら前を睨みつけた。
とっさにスターゲイザーの力を使ったものの、消耗が激しすぎる。
「こんなことで」
向かってくるラクセト。油でテカテカと黒光りする体を揺らして向かってくる。その後ろにはプダズタの姿がある。
オレはスターゲイザーを握り締めた。
「くたばっていられるか!?」
立ち上がり様にスターゲイザーを一閃。そして、力任せにスターゲイザーを振り下ろした。
ラクセトとプダズタが同時に崩れ落ちる。だが、その屍すら越えて魔物はどんどん向かってくる。
瞬間的なスターゲイザーの発動は短い光を一閃するだけ。直線だから回避は容易だし、体力消費は『星語り』より多い。
オレは後ろに下がりながらスターゲイザーを握り締める。
せめて、部隊を纏める時間さえあれば!
「紅き炎よ、この世に出でよ。滅びの紅よ、現世に舞い降りよ! ボルケーノ!!」
その時、懐かしい声が響き渡った瞬間、世界が一瞬にして赤く染まった。いや、魔物の群れが紅蓮の炎によって焼き尽くされたのだ。
オレは声がした上を振り向いた。そこには、慧海の背中に担がれたクリスが浮かんでいた。
クリスが慧海の背中から飛び降りる。
「オレ達は国王の所に向かう! 負けて帰ってくるなよ!」
「運んでいただきありがとうございました」
笑みを浮かべた慧海にクリスがぺこりと頭を下げる。
オレはクリスに駆け寄った。
「クリス、無事だったんだ」
「はい。どうやら私を傷つけるつもりはなかったみたいです。レイ、いえ、私の夫」
「その話はまだ本決まりじゃないと思うけど」
「お父様からそのような話がある以上、絶対です。前を、任していいですか?」
その言葉だけでクリスが何をしようとしたかわかった。オレはスターゲイザーの先を天に向けて頷く。
「一人じゃどこまでいけるかわからないけど、頑張るよ」
「その話、俺も参加させてもらおうか」
「私もよ」
「ついでに僕も」
クリスの姿を見たから駆け寄ってきたのだろう。ガイウス、フィラ、リークの三人が笑みを浮かべている。
クリスは三人を振り返って、そして、頷いた。
「お願いします。私は部隊を再編します。ですから、それまで必ず、生きていてください」
「わかった」
オレの返事にクリスは頷きを返して走り始めた。オレは小さく息を吐いて背後を振り返る。
炎が消えたそこには大量の魔物が灼熱の大地を踏みしめて向かってきていた。というか、下の魔物を踏み台にして向かって来ている。
「みんな、行くよ」
「王女殿下からあそこまで言われたならやるしかないだろう」
「ちょっとばかし、昔のやり方をするから」
「フィラさん、無理しないでね」
オレは小さく息を吸い、そして、スターゲイザーを構えた。
「かかってこい! 魔物達!」