第四十二話 戦いの始まり
視点が変わる間はかなり時間が経過していると考えてください。
駆ける。
その速度は最速。要塞の門から抜け出した瞬間、フィーナは一人で、全速力で駆けていた。
何故なら、フィーナの視界には魔物の一団から抜け出してこちらに全速力で駆けてくる魔物の姿を見たからだ。
スターゲイザーの『星語り』は極めて強力な威力だった。だから、二発目を撃たさないようにしないために違いない。だが、それは間違っているとフィーナは思っている。
二発目なんて撃てる魔力をレイは持っていない。だから、心配なんていらないからだ。まあ、あんなものを受け止められるわけがないから選択としては悪くはない。だが、二回目の詠唱に入っても発動するより中断される方が早いだろう。
約八分か九分の間、その場から動かずにずっと詠唱を行う。それは簡単なようで難しい。おそらく、少しでも動けば詠唱はやり直しになる。
それならやり方はいくらでもある。もちろん、フィーナにも。
オリジンを握り締め、前に踏み出す。すでに向かって来ているフェンリルとの距離はほとんど無かった。
鞘から抜き放ったオリジンがフェンリルが振るった腕とぶつかり合う。そして、フィーナは大きく弾かれた。空中で体勢を戻しながらもフェンリルはフィーナに向かって前脚を振り上げている。
地面にフィーナの足がついた瞬間、フィーナは前に向かって駆け出していた。フェンリルの振るった前脚をギリギリて回避してフェンリルの下を駆け抜ける。そして、オリジンを振りながら一気に抜けた。
だが、オリジンは後ろ脚の爪とぶつかり合ってフィーナが弾かれる。
「やっぱり、生半可な攻撃じゃ通らない。包み、そして、凍らせよ!」
地面に着地しながらフィーナはフェンリルに向かって魔術を放った。だが、フェンリルは獣の持つ俊敏さを思う存分使い、フェンリルがいた場所に凝縮する氷を避ける。
フィーナは小さく舌打ちをしてオリジンを握り締めた。
「スピードがあるなら!」
そのままオリジンを地面に突き刺して振り上げる。すると、地面に魔術陣が広がりフェンリルに向けて氷の柱が地面を砕きながら進み始める。
フェンリルはその場に四肢を固定すると言葉にならない音をその口から発した。それと同時に魔術陣が砕け、氷が消え去る。
だが、フィーナの本命はそこではなかった。フェンリルが吼えた瞬間にフィーナは飛び上がり、いくつもの魔術を展開していた。それら全てが氷の槍。その数は数百にも及ぶ。
「アイスクラスター!!」
渾身の力を込めて氷の槍をフェンリルに向かって放つ。フェンリルはすかさず吼えようとして、落下してくるフィーナを見た。オリジンを振り上げ、氷の槍と共に落下している。
フェンリルの行動は素早かった。
すぐさま行動を止めてその場で丸くなる。それと同時に蒼い膜がフェンリルを覆い尽くした。
フィーナは舌打ちしながらその蒼い膜にオリジンを叩きつける。だが、オリジンは蒼い膜に阻まれ、フィーナは蒼い膜に着地した。
降り注ぐ氷の槍が蒼い膜に弾かれる。
フィーナは自らが放った氷の槍に気をつけながら大きく後ろに下がった。
フェンリルが持つ絶対防御の一つ。あの状態になればフィーナもフェンリルもお互いに何も出来ない。氷属性の能力である封印を最大限にまで使った絶対防御だからだ。
後ろに下がりながらフィーナはオリジンを握り締める。すると、フェンリルは起き上がり、絶対防御を消し去ってフィーナに向かって襲いかかった。フィーナも後ろに下がっていた足を前に向けて踏み出す。
オリジンとフェンリルの爪がぶつかり合う。だが、いや、やはりと言うべきか。必ずと言っていいほど弾かれるのはフィーナだった。
すかさず空中で姿勢を戻して着地する。
「思い出すな」
そこでオリジンを構え直しながらフィーナは笑みを浮かべた。思い浮かぶのはフィーナが過去にフェンリルと戦った時のこと。
「あの時も同じだった。フェンリルとまともに戦えるのは私一人。最後はお前を倒すためだけに総力戦を行った。あの時の最初と同じ。でも、あの時と一緒にしないで」
フィーナの両手両足に魔術陣が現れる。そして、フィーナは静かにオリジンを下ろした瞬間、フェンリルがフィーナに向かって吼えながら飛びかかった。
フィーナはまだ動かない。フェンリルはフィーナに向かって前脚を振り、そして、鮮血が飛び散った。
フェンリルの右後ろ脚から。
すかさずフェンリルは大きく後ろに下がる。だが、下がった前にフィーナの姿があった。
「初雪桜」
小さな呟きと共にフェンリルの右前脚が吹き飛ばす。
「雪月花」
今度は左前脚。ほんの数瞬の出来事。
「桜花雪華!」
そして、フェンリルの体が大きく裂けた。
フィーナはオリジンについた血を払いながら大きく後ろに下がる。目の前にいるフェンリルを斬ったはずなのに、フィーナの目は未だに警戒していた。
すると、フェンリルが動いた。傷口が修復されて、吹き飛んだ両前脚が巻き戻したかのようにフェンリルにくっつく。
フィーナがみんなを振り切って飛び出した理由がこれだった。
フェンリルは倒せない。いくらフェンリルが強いと言ってもフィーナはさらに上を行く実力がある。だが、フェンリルは倒せない。殺すことが出来ない。
どれだけ他人に頼れば楽だろうか。どれだけ簡単だろうか。だけど、フィーナは一人でフェンリルと戦う。
「どうやればお前を倒せるかはわからない。でも、レイがフィナと戦うまでお前には出だしさせない!」
オリジンを握り締め、フィーナはフェンリルに向かって駆ける。だが、駆け出した瞬間にフェンリルの様子がおかしいことに気づいた。
そして、思い出す。だが、その時には遅かった。
フェンリルが口を開いた瞬間、魔力の奔流がフィーナに向かって放たれた。
フィーナはその奔流をギリギリで防御する。体を襲う衝撃が弱まった瞬間、フェンリルが距離を詰めてきた。フィーナはとっさに後ろに下がる。だが、フェンリルはさらに前に踏み出した。
フィーナはとっさにフェンリルが振り上げた前脚を回避しようと動くが、それより早く、フェンリルの前脚がフィーナの左腕を捉えた。
フィーナの体が大きく吹き飛び、鮮血を撒き散らしながら地面を転がる。
油断していた。
フィーナはゆっくり起き上がった。そして、右手だけでオリジンを構える。
フェンリルはフィーナより弱い。だが、倒せないためいつかはその関係は逆転する。だからこそ、フィーナは油断していた。
最初の内なら大丈夫だと。
「私も、甘くなったな。でも、これ以上はさせない」
大きく裂けた左腕を治癒しながらフィーナはゆっくり笑みを浮かべた。
「絶対に、絶対に止めてみせる!」
「フィーナが駆けて行った!?」
オレをお姫様だっこしたままのフィラはガイウスと併走しながら叫び声を上げた。
「どうして止めなかったのよ!?」
「無茶を言うな。一瞬だったんだ。あの加速にはついて行けん」
「声くらい出しなさいよ!」
「出した! だが、聞いて貰えなかった」
「まあまあ。ここは穏便に」
「「ああん?」」
仲裁しようとしたリークを二人は睨みつけた。睨みつけられたリークは萎縮しながら後ろに下がる。
今は進行中。下手なアクションを起こすべきじゃない。現に、フィーナの動きにつられて動きが全体的に速くなっている。
ぶつかり合った時にこちらが疲れていたら意味がないのに。
ちなみに、オレは未だに動けない。
「フィーナが先に向かったってことは多分、フェンリルが動いたんじゃないか? オレを狙って」
「だろうな。そんなことはわかっている。だが、一人じゃないと俺達はあいつに言ったはずだ」
「仕方ないじゃない。フェンリルがこのまま突っ込んで来たら、敵がレイによって数を減らされたとしても、こっちが蹴散らされて終わりよ。だから、私はフィーナを攻めない。でも、一人にはしない」
フィラが拳を握り締めようとする。だけど、オレを抱えているから出来ない。このまま拳を握られたなら大変なことになるだろうな。
フィラは小さく溜め息をついて前を見つめる。
「それに、呑気でいられないみたいよ」
「そのようだな」
その言葉と共にフィラがオレを下ろし、それぞれが自分の武器を構えた。
ようやく見えてきた魔物の姿。進行速度はかなり速く、このままだと数分後にはここに到達するだろう。
オレもスターゲイザーを鞘から抜き放った。
「フィーナ、無事でいて」
足に力を込め、そして、オレは走り出した。