第三十七話 氷のオリジン
要塞都市グラザム。
そこはオレ達がほんの数日離れていた場所。だが、そんな数日だけでも要塞都市の様子は一変していた。
人がいないのだ。要塞都市は要塞でありながら都市機能も保有している場所。それなのに、人がいない。もう、要塞だけだ。
そもそも、要塞都市自体は王都を守るための基地みたいなものではあるからよくよく考えると問題はない。だけど、何度か訪れたことがある身としては違和感しか感じない。
「寂しくなったわね」
要塞都市グラザムの中でも最も重要な要塞都市の中にある要塞グラザム。そこは要塞都市の中でも少し小高い丘の上にあり、そこから街並みを見下ろしながらフィラが呟いた。
オレとフィーナも隣の窓から街並みを見下ろしながら頷く。
「お前達がいない間に状況は大きく変わった。逃げるなら今の内だぞ」
ガイウスが机の上で剣を研いでいる。その隣ではリークが盾を調べている。
二人共、オレ達と同じように戦うことを決めていた。もちろん、オレ達が戦うとは関係なくだ。
「逃げるわけないわよ。冒険者の大半は逃げ出したけど、私達だけでも戦わないと。ここには国王陛下がいるんだか」
「陛下が逃げよと仰った。俺は貴族だから絶対に残らないといけない。国王陛下を守るために」
「ガイウスらしいと言えばらしいけど、オレは逃げない。力があるから尚更逃げない」
フィナのことは言っていない。言わなくてもいいだろう。フィナはオレがこの手で終わらせないと。
「貴様らがそう言うならオレは止めん。だが、フィーナはいいのか? お前は俺達とは違うだろ?」
「心配してくれるの?」
「レイのために戦うつもりなら止めておけ。そんなもので生きていられるほど、敵は甘くない」
「だろうね」
フィーナがクスッと笑う。
「でも、私には戦わなければならない相手がいるから。どうしてここにいるかわからないけど、私は、フェンリルと戦わないといけない」
そう言いながらフィーナは自分の胸の前で拳を握り締める。
フェンリルと過去に何があったかはわからない。フィーナのことだから深く聞くのはダメだとはわかっている。だけど、ここで聞かなければ後悔すると思った。
「フィーナ。教えてくれないか? フェンリルと何があったのかを」
「みんなには話しておいた方がいいかな」
そう言いながらフィーナは覚悟を決めたように頷く。
「詳しいことは話せない。私が言ったことに質問はしてほしくはない。フェンリルについては別だけど、それだけはわかっていて欲しい」
その言葉を茶化す人はここにはいない。だから、誰もが頷いていた。
「ありがとう。気づいている人もいると思うけど、私はこの世界の住人じゃない」
まあ、戦闘能力が高すぎるからそういうことはわかっていた。それに、誰もがそれを理解している。
「私は過去から来たの。年代は約1500年前。神剣時代から」
その言葉にはさすがに誰もが驚いていた。
1500年と言えば大陸一つを国家としていた伝説の国が滅んだ年だ。大災厄が世界を覆い尽くしたとも言われている。
人口は激減したし、氷河の時代もやってきたと聞いている。
「当時、大陸国家は戦っていたの。神々と。罰当たりと思うかもしれないけど、当時の国家は多くの神剣使いを持っていた。だから、神々が怒ったの。私はオリジンを手に入れて国家の神剣使いになっていた。そして、神々が私達に対抗するようにある存在を作り上げたの」
「それがフェンリルね」
フィラの言葉にフィーナは頷いた。
「そう。神殺しの神獣であるフェンリル。フェンリルは自身を作り出した神々を噛み殺し、国家に襲いかかった。もちろん、私やリアラ、あっ、親友だけど、私達は戦った。何とか勝てた、そう思っていた」
「なるほど。フェンリルはまだ生きている。何らかの理由でフェンリル自体が生きていたんだな」
ガイウスの言葉にオレは顔がひきつるのがわかった。
神剣使いを抱えた国家とフェンリルは戦って未だに生きている。つまりはフェンリルという強さはありえないレベルに達しているとしか思えないのだ。
そんな不安に気づいたのかフィーナがオレを見ながらニコリと笑った。そして、鞘からオリジンを抜く。
「大丈夫。フェンリルを倒す際に使ったのはこのオリジン。オリジンの持つ最大の技でフェンリルを倒したはずだった」
「ふむ。フィーナ。俺はそのオリジンの能力に問題があると思うのだが」
「どういうこと?」
フィーナが首を傾げた瞬間、ガイウスはそばにあった木の棒をオリジンに向けて投げつけた。木の棒はオリジンによって両断されて氷を纏い凍りつく。
「凍りつくというのは物質から温度がマイナスになった時に起きる現象だ。だが、そのオリジンは氷が凍りついている。水分はどこからやってきた?」
確かにそうだ。氷というものは水が凍りついて現れる。木の棒にはそこまで水分はない。
氷を作り出すのは空気中の水分を凝縮させて温度変化を起こすことで作れる。副作用で炎も作れるけど。オリジンがそういう機能を持っているならわかるけど、よくよく見ると、木の棒周囲の床も少し凍りついている。
「俺が思うに、オリジンの能力は氷属性の最大の特徴である封印ではないのかと思っている。氷を作り出しているのは副作用なのだろう。だから、フェンリルを倒すではなく封印した。だから、フェンリルは復活した」
フィーナはポカンとガイウスを見ていた。というか、オレを含めて誰もがガイウスを見ている。
すると、ガイウスは少し困ったような表情になっていた。
「どうかしたのか?」
「いや、ガイウスって賢かったんだ」
「斬るぞ?」
口を滑らせたオレにガイウスが研いだばかりの剣を見せてくる。オレは顔をひきつらせて首を横に振った。
「全く。レイ、貴様が真っ先に気づかなければならないのだぞ」
呆れたような声。だけど、ガイウスの顔は笑っている。
確かにそうだ。そういう事はオレが気づかないとダメだった。フィーナのことをもっと知らないといけなかった。
「だが、これではっきりしたな。フェンリルの倒し方が困難になったということを」
それを言ったらお終いではあるが、そういう問題に直面しなければならない。
オリジンの『星語り』は敵を封印すること。なら、それは使えない。
「手段がないってわけじゃないけど、条件が難しくて」
すると、フィーナが何故かオレを見てきた。正確にはスターゲイザーを。
「それに、レイの目的も邪魔出来ないから。やっぱり、昔みたいに私が一人でどうにかしないと」
「一人か。お前は本当に一人なのか?」
ガイウスの言葉にキョトンとするフィーナ。それに対してオレ達は笑みを浮かべるしかなかった。
フィーナは勘違いをしている。フィーナは一人なんかじゃない。そう、一人じゃない。
「フィーナ。オレだってフィーナと同じ星剣を持つんだ。頼ってくれよ」
「そうね。私なんてフィーナの足下にも及ばないけど、私はレイよりかは使えるわよ」
「僕も強くないけど、守ることは出来るから」
「俺もフィーナほど強くはない。だが、共に戦える」
オレ達がいる。フィーナにはオレ達がいる。だから、一人なんかじゃない。
「オレ達は仲間じゃないか。だから、一人で戦うな。オレ達も戦うから」
「危険なのに? フェンリルが私の知っているフェンリルなら、私でも勝てるかわからない。慧海やギルバートがいれば勝てると思うけど、私だけだと勝てないかもしれない。それでも、戦ってくれるの?」
「当たり前じゃない。むしろ、置いていくくらいなら絶交よ」
フィーナが俯いた。そして、言葉呟く。
その声は隣にいたオレにしか聞こえなかっただろう。その声を聞いたオレは頷いた。
フィーナは一人にしない。オレ達がいる。
「なかなかいい空気を邪魔するのはちょっと忍びないんだが、いいか?」
そんな声が部屋の中に響き渡った。入り口を向けば、そこには壊れたドアと困った表情の慧海の姿がある。
いつの間にドアを壊したのだろうか。
「先に言っておくがノックはしたぞ。返事が無いから最悪の状況を考えて蹴破ってみたら、声をかける状況じゃなかった。盗み聞きするつもりはなかった、とだけ言っておく」
「別に、どうせあなた達にも話すことだったから」
そうは言いながらもフィーナの顔は真っ赤だった。慧海はそれを見ながら少しだけ笑みを浮かべる。
「そっか。さて、本題だ。レイ、フィーナ。国王がお呼びだ。これからのこと。そして、クリスのこと。後は、スターゲイザーのこと。いろいろとあるらしいぜ」
そう言って慧海は笑みを浮かべた。