第三十二話 二人の力を合わせて
フルエルがゆっくりと起き上がる。その顔に浮かんでいるのは笑み?
「まさか、こんな状況になるなんてね。創世の時より生まれし神剣がこの場に三本もある。これは、あの時、神威の時代以来じゃないかな?」
フルエルが呟いた言葉をフィーナと姫路の二人は聞き届けることなく地面を蹴っていた。
その速さはオレが知る限りでは最速ではない。どちらも体は満身創痍。でも、今は一人じゃない。
フルエルは小さく笑みを浮かべながら近くに転がっていた斧を手に取った。多分、壁際にあった甲冑が持っていたもの。
フィーナがオリジンを走らせる。だが、それは簡単に斧によって受け止められていた。
「ちょっとくらいは僕の話を聞いてくれてもいいんじゃないかな? 余裕はそっちの方があるよね?」
オリジンを弾きながら今度は『絶対守護の刃』を受け止める。どうやら斧自体に魔力を込めているのだろう。そういう技術は実際に存在している。
『絶対守護の刃』を受け止められた姫路は後ろに下がった。フルエルはすかさず前に出ようとする。だが、そこにフィーナが持つオレが預けた剣がフルエルに向かって振り抜かれた。
フルエルはすかさず斧で受け止めようとして、その斧の柄が真ん中から切断される。オリジンや『絶対守護の刃』の刃ですら壊すことが出来なかったのに。
「なるほどね。それが蒼剣か。実物を見るのは初めてだけど、まさか、創世の時より生まれし神剣以上の斬れ味を誇るとはね。彼の物かい?」
「今は預けられているだけ。今のレイは戦えない。だから、レイの思いも一緒に戦う!」
「立派だね。少し、羨ましいよ。まあ、そうはいっていられないんだけど」
少しだけ羨ましそうに笑いながらフルエルは振り上げられた『絶対守護の刃』を分かれた斧の片方で受け止める。
「君を攻撃しようとすれば白百合姫路から攻撃され、白百合姫路を攻撃しようとすれば君から攻撃される。しかも、オリジンは斬られれば終わり。対する『絶対守護の刃』は受ければ終わり。どちらも一撃必殺。さすがに、仲間を呼び寄せたい気分だよ」
二人の波状攻撃を上手く弾きながらフルエルは余裕そうに笑みを浮かべている。
問題は、フルエルが分身を作れると言うこと。その分身が一斉に襲いかかってきたり、オレ達を狙ってきたなら二人の気は散り、勝つことが難しくなる。
このスターゲイザーを使って何か援護することが出来ればいいのに。
「それは残念ね。どうせ、慧海達を警戒するために人員を割いているんでしょ?」
姫路の言葉にフルエルがぴくりと動いた。そして、フィーナが一歩踏み出しながらオリジンを振る。それをフルエルがギリギリで、いや、前髪を微かにかすったのか髪の毛が少し凍りついている。
「図星。あんたにとって脅威なのは私でもこいつでもない、慧海やギルバート。二人と真正面から戦えば負けるとわかっているからの人選でしょ?」
「そうだね。二人と戦えば負けるのは当たり前。もちろん、白百合姫路や君と一対一で戦えば勝つことは難しくない。でも、君達は初対面だよね?」
「「そうよ」」
二人の声が重なる。その言葉にフルエルは不思議そうな顔をして首をかしげていた。
「なら、どうしてここまで息の合った攻撃を仕掛けられるのかな? さすがの僕も、防戦一方だよ」
「嘘は言わないように」
フィーナが持つオレの剣が煌めいた。それは斧の柄を簡単に斬り裂き、フルエルの首筋を微かに裂く。
フルエルはすかさず後ろに下がりながら斬られてさらに短くなった柄だけの棒を捨てた。
「本当は余力を残している。でも、本気は出さない。いや、出せない」
フィーナの言葉に姫路も意味がわかっていないのか不思議そうな顔をしていた。もちろん、オレも、いつの間にか隣に移動していたフィラも同じだ。
「もし、ここで本気を出せば、今、あなたがこの王都で最も恐れている力の発動条件を満たすから」
「どうしてそれを」
フルエルの顔に浮かぶ動揺。必死に堪えているけど、先程まで笑みを浮かべていたことを考えると緊張しているようにしか思えない。
「私が何もしていなかったと思う? 今までの、ううん、これからの宿命を打ち消すために必要な力を探さなかったと思う?」
「そうだね。だったら」
フルエルが動く。それは最速。向かう方向はオレに向かって。
オレはスターゲイザーを握り締める。だが、構えられるような距離でも速度でもない。このままフルエルの攻撃を受けて終わるだろう。でも、それがどうした。
オレはスターゲイザーを動かす。それでも、非情にもフルエルはオレの腕を掴んでいた。そして、捻り上げられる。
「レイ!」
左隣で響き渡るフィラの声。オレは腕を捻じられ、スターゲイザーをその場に落とす。
「僕がこの剣を掴めばいい」
「させるか!」
無我夢中だった。振り返りながらの左の肘撃ち。体の捻りを加えた一撃はスターゲイザーを手に取ったフルエルの頬を捉えた。
普通なら止まっていただろう。だけど、今は普通じゃない。
「レイから離れろ!!」
オレの動きに合わせるようにフィラが拳を振る。その拳はオレの拳とぶつかり合い、フィラの力も受けたオレの肘はフルエルの頬を殴り飛ばしていた。
「なっ」
フルエルが驚く。殴り飛ばしたと言ってもほんの少しだけ体を逸らさせただけだからそれほどダメージを与えたものじゃない。でも、隙を作るには十分だった。
フィーナが持っていたオレの剣をフルエルに向かって投げつける。フルエルは動くことが出来ず、その剣を自らのお腹に受けた。
手を伸ばす。フィーナに預けたオレの剣に。そして、体をくの字に折り曲げたフルエルに突き刺さる愛剣の柄を掴んだ。そして、フルエルが動くより早く、振り上げた。
飛び散る鮮血。それを真正面から受けながらオレは剣を翻す。そして、もう一回、フルエルの体を斬り裂いた。
確かな手ごたえと共にフルエルが背中から倒れる。体を深く二度も切り裂かれたフルエルはおびただしいまでの血を流し、その命は誰が見ても風前の灯だった。だが、その顔には笑みが浮かんでいる。
「まさか、魔術を知らない、君達のような、魔法の住人に後れをとるなんてね」
「フルエル」
「何も、言わなくていい。レイ。その剣、星剣『スターゲイザー』で、僕を殺してくれないかな? 僕は誇り高きエンシェントドラゴン。最後は、その素晴らしい神剣で、殺して欲しい」
「わかった」
オレはスターゲイザーを掴んだ。すでに力は入っていないのか体はだらっとしている。当り前だ。腹から右肩にかけて大きく斬り裂かれ、返しの刃はその右肩から左わき腹まで盛大に斬り裂いていたのだから。
「警戒しているのかい? 大丈夫だよ。僕の目的は達成できたのだから」
「目的?」
「そう。君をこの地に導けた。そして、時間を稼げた」
「時間? ちょっと待って。お前は、統率固体なのか?」
オレの頭の中を駆け巡った考え。時間を稼げたという言葉に浮かんだ一つの考え。その言葉に、フルエルは力なく笑みを浮かべた。
「君は、運命を知るといい。スターゲイザーを掴んだ以上、君は物語に組み込まれた。さあ、もう話すことはない。ひと思いに、首を一撃で落としてくれないかな? エンシェントドラゴンは、生命力が高いから、なかなか死ねないんだよ」
「わかった」
オレは無造作にスターゲイザーを振り下ろした。スターゲイザーは確かに、一人、いや、一体の命を奪う一撃をフルエルに与えた。
「レイ」
フィーナの言葉にオレは振り返った。フィーナはオレの剣の鞘を差しだしている。オレはそれを受け取りながら器用にオリジンの鞘をフィーナに渡した。
すかさず剣を鞘に収めながらスターゲイザーを地面に突き刺す。
「バカ」
フィーナは恥ずかしそうに、それでも、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そっちこそ。無理するなよ」
「無理するよ。フィラもクリスも無理したんだから」
「本当よ。一番無理したのはレイなんだけど」
フィラが呆れたような目でオレを見てくる。オレはただ恥ずかしげに笑うだけしか出来なかった。
「素晴らしい友情ですね」
その言葉にオレは振り返る。そこにいるのはフィナと、大きな狼。少し蒼みがかった白い毛をした狼に、その背中に背負われたクリスの姿。
先程のフルエルの言葉が思い出される。
「逃げて、なかったのか」
「やっぱり、理解したんだ。さすがだね。さすが、レイ・ラクナール。ううん。『星語りの騎士』と呼んだ方がいいかな?」
その言葉にオレは戦慄を抱かずにはいられなかった。最悪のシナリオが頭の中で組み上がる。
「さすが、私の幼馴染だね」
そう言って、フィナは、オレの幼馴染で、オレが殺したはずの少女は、魔女の様な笑みを浮かべた。
さてさて、そろそろ第一章は佳境です。