第三十一話 高跳び
時は少し遡る。
「あなた達は?」
フィーナは急に弓を構えた少年少女達に尋ねた。少年は弓を構え、弦を引いている。対する二人の少女はフィーナ達に向かって頭を下げた。
「ごめんな~。合図があったら全力で射撃する予定やねん~」
「射撃? この距離をか?」
ガイウスが不思議そうに王都を見た。そして、何かに気づいたようにフィーナを見る。
対するフィーナは軽く肩をすくめて頷いた。
「人にもよる。私は無理だけど」
「なるほど。魔術とは奥が深いのだな」
「あんたら、魔術について知ってるみたいやな。もしかして、ギルバート達と出会った集団?」
「そうなるな。俺はさほどだが、フィーナは魔術については詳しいだろう」
その言葉にフィーナは呆れたように溜め息をついた。そして、足に力を入れ、地面を蹴る。
コートが空に舞い、フィーナは握り締めた鞘に入った剣を振り抜いていた。だが、それは簡単に受け止められる。
いつの間にかナックルを身につけた少女によって。しかも、服装や髪型から身長まで完全に変わっていた。
先程までは普通の少女、全てが普通な少女だったが、少し小さめで髪の毛を左右に団子て括っている。
「やっぱりね。やっぱり隠していたのね」
「なんや。わかってたんか。綺羅、隠蔽魔術解いてな」
「は~い」
気の抜けた声と共に残る二人の姿が変わる。
少年は変わらない。いや、普通の少年が金髪になっただけだろう。対する少女は団子髪の少女と瓜二つの顔つきになった。ただし、髪の毛はポニーテールだ。
三人に共通しているのは服装。三人共、まるで、騎士のような鎧をつけている。
「フィーナって言ってたな。うちは里宮朱雀。こっちは姉の里宮綺羅。それで、里宮テオロ」
「まだ入籍してないで~?」
「いいねん。どうせ一年もすれば入籍する。まあ、今はちょっと邪魔しやんで欲しいねんな」
「どういうこと?」
フィーナが剣の柄に手を乗せながら尋ねる。すると、朱雀は降参という風に両手を上げた。
「うちらは攻撃するつもりはないし、ピンポイントで相手の統率個体を倒すにはテオロの射撃しかないんや」
「射撃? 爆撃じゃなくて?」
「そんなことをしたら王都にいる慧海やギルバート達に当たる。行ってんねんやろ? ギルバート達は」
その言葉を聞いたフィーナは小さく息を吐いて柄から手を放した。
「どうやら、ギルバート達の仲間みたいね」
「そうや。ちょっと前に慧海から連絡があってな。『今から王女を含めた数人が王宮に向かった。信号弾は渡したから合図と共に射て』ときたんや。そやから、うちらは構えているだけ」
「本当なら~、私の魔術で破壊した方が早いんやけどな~」
「やから、それしたら王都が消えるって」
二人に軽く溜め息をつきながらフィーナは王都の方を見た。
蠢く魔物の群れ。平時の実力があればあの中を突破することは不可能じゃない。例え、今持っている剣がフィーナ本来の武器で無くても。
だから、フィーナは拳を握り締める。
王女を含めた数人ということはレイも王宮にいるはずだ。だから、フィーナは今すぐにでも駆け抜けたかった。
「見つけた」
テオロと紹介された少年が小さく声を上げる。
「確かに、あのエンシェントドラゴンの姿がいるよ」
その言葉にフィーナは見開いていた。ここから王都までの距離は遠すぎる。フィーナですら要塞都市から王都の真ん中くらいまでしか人の顔を判別出来ないだろう。もちろん、魔術を使って。
だが、テオロはそんな距離など関係ないとでも言うかのように言っていた。
「女の子と話している? 隣には、狼、かな。大きいけど」
「毛の色は?」
フィーナはとっさに尋ねていた。その表情にテオロは気づかない。
「白っぽいけど蒼い? 何だろう。見たことがないや」
「大きい狼で白っぽい蒼。嫌な予感がする」
「なんかあるんか?」
朱雀の言葉にフィーナは頷いた。
「もしかしたらだけど、統率個体はあのエンシェントドラゴンじゃないかもしれない」
「どういうことなん?」
理解出来ないという風に首を傾げる朱雀。それに対してフィーナは少しだけ考え込むように口を開く。
「私のいた世界にあった伝承なんだけど、世界を覆い尽くす絶氷の冬が来た時、蒼白の狼が姿を現す。全てを喰らい、全てを壊し、全てを無に帰す究極の幻獣。その名は」
「フェンリル~」
真剣なフィーナの声を遮るように呑気な声が響いた。それにフィーナは苦笑してしまう。
「そう。思い過ごしだといいけど、フェンリルは強かったから」
「えっ? 戦ったことがあるん?」
「エンシェントドラゴンより強いのか?」
朱雀の驚いたような声とガイウスの興味を抱いたような声。それにフィーナは頷いた。その頷きは、どちらの質問にも答える頷きでもあった。
「多分、エンシェントドラゴンよりも強い、じゃないかな。私の力を最大限まで使っても太刀打ち出来なかったし」
「フィーナが負けるのか。強いという限度を超えているな」
「あんたが弱いだけとちゃうん?」
半眼で呆れたように言う朱雀。それに対してフィーナは動いた。朱雀もフィーナの動きに対して両手につけたナックルを動かす。
心地よい金属同士がぶつかり合って鳴り響いた音と共に二人は動きを止めていた。
フィーナが持つ鞘に入ったままのレイの剣は朱雀の首筋に当てられ、朱雀が動かしたナックルは宙を薙いでいた。綺羅は感心したように拍手している。
「前言撤回する。怪我人でこの速度やったらうちら並、みたいやな」
「やっぱりわかるんだ」
「うちは頸法が使えるからな。綺羅は魔術の使い手。治癒なら任せとき」
そう言いながらにっこり笑う朱雀。その笑みはまるで無邪気な子供のようだった。それにフィーナもつられるように笑ってしまう。
その笑みは、どこか懐かしい人を思い出させてくれる笑みだったから。
「機会があれば。それにしても、ナックルなんて珍しいわね。どうして?」
「うちは八叉流っていう流派を習ってんねん。朱雀という名も、里宮の家で八叉流を習うための名前でな、本当の名前は綺羅かテオロしか知らんで」
「なるほど。一族の掟、ということか」
「しかし、近接格闘は大切な攻撃スタイルの一つだ。必要だろう」
「ガイウスの言うこともわかるけど」
フィーナは軽く溜め息をついた。実は、フィーナは近接格闘が苦手だったりもする。オリジンが強力すぎてあまり気にもならないが。
ちなみに、何の魔法や魔術を使わない状況ならレイがガイウスよりも強かったりする。
「戦いが始まった。姫路さんが戦ってる」
その言葉にフィーナ達は慌てて王都の方を見た。だが、遠すぎて何も見えない。
「レイ」
フィーナは小さくレイの名前を呟いた。そして、剣を腕の中に抱く。
「心配なん?」
「うん」
「そっか。綺羅、ちょっとこっちに」
朱雀に呼ばれた綺羅がトコトコと朱雀に近づく。すると、朱雀は綺羅の耳元で何かを囁いた。それに綺羅は頷く。
フィーナはわけがわからず首を傾げてしまう。
「うちらがあんたの体を治してあそこに送り届ける。心配やねんやろ?」
「だけど、いくら魔法で治療されたと言っても、今の私は戦えるような状況じゃないし」
「そうやな。やから、時間制限付き。うちの頸法と綺羅の治癒魔術の制限時間は約三時間。その後は一日くらい昏睡する。まあ、向こうには慧海もいるから大丈夫やろ。どうする?」
「行く」
即答するフィーナ。それに朱雀は満足そうに頷いた。
「じゃ、行くで。タイミングはテオロが射撃を行った瞬間、治癒と共に向こうに飛ばす。そこからはあんたの仕事や」
「わかった。ガイウス」
フィーナはコートを拾い上げ、そして、ガイウスに渡した。
「行ってくる」
「勝手にすればいい。王女殿下の帰還の次くらいに祈ってやる」
「ありがとう」
フィーナはにっこり笑い、抱えていた剣を抜き放った。青い輝きが光を反射している。
蒼剣。
レイには託していないフィーナの心の中に秘めた名前。例え、みんなが青い剣だと呼んでも、フィーナは蒼い剣だと言い続けるだろう。
「お願い。私は、私の守りたいもののために戦うんだから」
「来ちゃったって」
オレはスターゲイザーを持つ手に力を込めて立ち上がる。
「フィーナは動けるような」
「大丈夫だよ。私が、私達がレイを守るから」
「そうね」
姫路もゆっくりと立ち上がった。そして、黎帝から『絶対守護の刃』を作り出した。
フィーナは体が未だに回復していない。それは姫路も同じはず。それでも、二人はゆっくりと歩き出す。しっかりとした歩みで。
これが、オレが進み道。
「フィラ、大丈夫?」
「フィーナ? どうして」
フィーナが傷口に手を当てると、フィラの傷口が治癒される。そして、フィラを後ろに置いた。
「ちょっと投げ飛ばされてきたから」
「投げ飛ば………」
フィラが絶句する。ちなみに、オレも絶句する。
「さあ、行くわよ。その杖、創世の神剣なんでしょ?」
「そっちこそ。オリジンなんて名前、聞いた時からわかっていたわ」
「さあ、反撃の時間よ」
神剣について
多分、本編で語ることはないし勘違いしてそれぞれの人物が違う解釈をしているとして書いているので厳密な正確な区分を。ちなみに、本編で語られる内容とこの内容は違っている可能性もありますが、それは正確な神剣について誰も把握していないからです。実際はこれが正しいので。
創世神剣 星剣及びそれに準ずる世界の始まりの際に生まれた神剣。分類的には生命、過去、現在、未来の四つを表す存在。星剣はその中でも極めて強い力を持つ五つの武器の呼称。全部で十本ある。
神生神剣 創世神剣以外の神から生まれた神剣。名も無き神剣から星剣以上の力を持つ神剣まで様々であり、その数ははっきりと数えられたことはない。ただし、神から生まれなくても神によって改造された武器も神剣と呼ばれる。
基本的には神剣で一括りにされていると思います。一応、神剣の中には一本だけ例外がありますが、それを語るのは冗談抜きで10年後くらいになるんじゃないかなっと。