第二十八話 瓜二つの少女
「フィナ、じゃないよね」
フィナは死んだ。オレが殺した。だから、あんな場所にいるわけがない。
そう、この手で。
メイド服を着たフィナによく似た少女、短い少し茶色い髪に幼い顔立ちをした少女はオレ達の姿を見つけるとゆっくり近づいて来ました。
「えっと、ようこそ。えっと、中でフルエルさんが待っています」
「その前に」
姫路が少女に黎帝を向ける。『絶対守護の刃』が少女の髪の毛を微かに揺らした。
警戒するのは間違っていないけど、こういう気分になるのはどうしてだろうか。どうしても姫路に殴りかかりたくなってしまうこの気分は。
「あなたは誰?」
「私ですか? えっと、フルエルさんに拾われた人間の子供です」
「じゃ、フルエルは誰?」
「フルエルさんはフルエルさんです。エンシェントドラゴンって言ってました」
その言葉にオレ達は警戒する。だが、姫路は『絶対守護の刃』が出た黎帝を下ろす。
そして、小さく溜め息をついた。
「大丈夫。この子は非戦闘員。どうやら、ただの案内役みたい」
「隠している可能性はないのかしら?」
いつでもナイフを投げつけられるように握り締めているフィラが姫路に尋ねた。クリスなんてすでにいくつもの魔法を待機させている。
オレはオリジンの柄から手を放す。
「君にとってフルエルというのは親?」
「親、と言えばいいかわかりませんが、大事な人だとは言えます。捨てられた私を拾ってくださったのがフルエルさんですから」
「そっか。みんな、行こう。まずはそのフルエルって奴に会ってからだ」
オレの言葉にみんなが頷いた。
この子は恐らく被害者。だから、何も悪くはない。悪くはない。フィナに似ているからじゃないよ。
でも、何かが引っかかる。本当に、何かが。
「私の後について来てください」
そう言って少女は歩き出した。オレ達もその背中を追いかけて歩き始める。
「おかしいですね」
クリスの声。ただし、その声はオレに聞こえるか聞こえないかくらいの絶妙な音だった。
耳がいい人なら聞こえるかもしれないが。
オレは左の親指を一回折って、そして、その後に人差し指、中指を触って拳を親指を立てたまま握り締めた。
「彼女がフルエルに拾われたということです。フルエルは魔物の統率個体。それなのに」
「フルエルさんはいい人ですよ」
その声にオレとクリスは背筋を凍らせた。
クリスの声はこういう状況では近くにいないと聞こえない。でも、少女は普通に聞こえていたみたいだ。
耳が言い、というレベルじゃないような。確かに、音のしない空間なら可能かもしれないけど。
「まあ、フルエルさんは私を助けてくれたのは気紛れと言っていましたけど。その気紛れでも私は助けてもらいましたから感謝しています」
「気紛れ、ですか。エンシェントドラゴンなのに」
「フルエルさんは気高きエンシェントドラゴンです。他の小さな存在とは比べものになりません。もちろん、あなた方の神の寵愛を受けたエンシェントドラゴンとは比べものになりませんが」
メリルのことかな?
「なるほど。わかりました。そして、あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」
「フィナです」
オレの歩みが止まった。正確にはオレとクリスとフィラの歩みが。
クリスもフィラもフィナについての話を知っている。だからこそ、足を止めたのだ。
フィナが不思議そうな顔でオレ達見ている。
「どうかしましたか?」
「知り合いに、同じ名前の人がいて」
フィナなオレが殺した。この手で殺したんだ。
「そうですか。一度は同じ名前の人に会いたいものです。さて、急ぎましょう。フルエルさんは時間には大雑把ですけど私が気に食わないので」
どうして、どうして名前だけじゃなくてそんなところまで一緒なんだよ。
「レイ、大丈夫」
多分、今のオレは泣きそうな顔になっているはずだ。そして、誰もがそれをわかっているはずだ。
気をしっかり持たないと。ここは敵地なんだから。
オレは歩き出した。フィナの後を追いかけて。
「慧海、一体、レイに何を渡したのかな?」
教会の壊れた椅子に座っている慧海にギルバートは話しかけた。
慧海はその手に柄だけになった剣を握っている。剣と言えるかは分からないが。
「だから、拳銃」
「エンシェントドラゴンにそんなものは効かない。僕が聞きたいのはどんな弾丸を渡したか、だよ」
「ギルバートは案外、レイに入れ込んでいるんだな」
「当たり前というべきかな。彼は恐らく、この世界で一番弱い、守らないといけない存在なんだ。慧海、君が見た過去が正しいなら、彼は最も、この世界で理不尽を受ける人間のはずだよ。僕達が守らないといけない存在だ」
ギルバートの言葉に慧海は笑って返した。まるで、その考えが浅はかだとでも言うかのように。
ギルバートは腰に差しているラファルトフェザーの柄を握り締める。
「あいつはそんな弱い人間じゃない。なあ、ギルバート。もし、お前に力が全くないとするなら、どうする?」
「力をつけるよ。そうしたように」
「愚問だったか。でもな、いくら力をつけてもどうしようもない開きがあるなら?」
「なるほど」
たったそれだけの言葉でギルバートは理解したようだった。
慧海は軽く笑みを浮かべながら天井を見上げる。
「あいつはどんな差があっても諦めない。あの時の姫路や雪羽みたいにな。だから、賭けてみたいだ。星が語る未来を覆す存在に成り得るかどうかを。新たな未来を求めて戦えるかどうかを」
そっと腕に抱えた剣を握り締める。それはフィーナがレイのために打った唯一無二の片手剣。
彼女が本来持つオリジンの力をフル活用した究極クラスの武器。
「ここにいたのか」
その言葉にフィーナが振り返るとフィーナの頭から厚手のコートがかかった。それを受け取ってフィーナはコートを着る。
「優しいんだね」
「また倒れられたならあいつが悲しむだろう。あいつは俺のライバルだ」
そっぽを向くガイウスにフィーナはクスッと笑った。
「最初はレイの敵だと思っていたけど」
「あいつはそうでも言わなければ止まらないからな。それに、憎まれ役は慣れている。優秀な下級貴族はそれだけで標的だ」
「貴族、か。貴族って何だろうね」
フィーナが王都を見ながら呟いた。それにガイウスは答えない。
貴族であるガイウスだからこそ、貴族の動きは簡単に調べることが出来た。
大半が逃げ出したという事実を。
「高貴な者、だと思いたいが、民を守り、王を補佐する存在が正しいな」
「この国に貴族はいないよ」
ガイウスは素直に頷く。
今の貴族のほとんどは血筋に頼ったただのバカだらけだと感じているからだ。だから、ガイウスは己を鍛え直すために冒険者養成学校に入った。
「高貴な血筋なんて何の役にも立たない。今は、助けに行きたいのに」
フィーナが拳を握り締める。
今すぐにでもフィーナは王都に向かいたいはずだとガイウスは分かっていた。分かっていたからこそガイウスは全力で止めるつもりでここにいる。
フィーナはそれが分かっているから行かない。行くわけにはいかない。
「今は信じるしかないだろう。だが、レイなら大丈夫だ」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「あいつは最弱だ。それは自他共に認める事実。あいつはそれをわかって作戦を立てる。お前はまだ戦ったこっがないから分からないだろうが、レイが攻勢になれば、場所によっては勝てないぞ」
「どういうこと?」
フィーナの疑問にガイウスは答えない。ただ、意味深い笑みを浮かべているだけだ。
「ここなら大丈夫かな」
そんな二人の耳の中に聞こえてきた声に二人は振り返った。そこには童顔の少年と二人の少女が軽装甲のライトアーマーを身につけていたからだ。
少年の手には弓が、少女は一人はナックルを、一人は杖を握り締めている。
「大丈夫みたいやな。合図はあるんかな?」
ナックルを身につけた少女が弓を構えた少年に話しかける。少年は静かに弦を引いた。それと同時に形成される魔力の矢。
「あるよ~。ちゃんと信号弾を渡したんやから~」
「なら、大丈夫だね」
杖を握り締める少女の声に少年は笑みを浮かべた。
「チャージはどれだけ溜まるかな」
目の前にある大きく荘厳な門。そこにオレ達はやって来ていた。そして、それを見て思わず唾を飲み込んでしまう。
フィナはゆっくり振り返り、そして、扉を三回叩いた。
「フルエルさん、皆さんを連れて来ました」
「そうか。入って貰っていいかな?」
扉が開き、オレ達は歩き出す。フィナは扉の前で壁際に寄っていた。そして、何故かオレを見ている。
どうしてこんなにも、フィナはフィナに瓜二つなのだろうか。
フィナは笑っている。笑ってオレを見ている。そして、オレも笑みを返した。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくる」
フィナの言葉に返したのはオレだけ。それでも、フィナは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「よく来たね。ここに」
気合いを入れ直して前を向く。そこにいるのはフルエルの姿。
オレはそっとオリジンの柄に手を近づけた。