第二十六話 作戦会議
「ややこしい事態になったわね」
呆れたような表情のフィラがオレに話しかけてくる。対するオレはガラスが砕けた窓から王宮を見つめていた。
王都の中でも最も頂点にある場所。そこに王宮がある。
教会内では慧海達がどこから取り出したか分からないものをあーだこーだと議論していた。ちなみに、全く理解出来ない話だったので話を聞かないという方向でオレ達はここにいる。
「フィラは別について来なくても」
「あのね、レイが弱いから私も行くの。それに、二人が心配だから」
「ありがとう。それにしても、たった四人か。大丈夫かな」
オレを入れて四人というのもポイントだ。オレの戦闘能力は皆無。魔物相手には戦えるかもしれないけど、相手があの統率固体の少年とするなら足手まといというレベルじゃない。それに、あの少年はオレの力を知っている節がある。
あの時の、エンシェントドラゴンのような事は出来ない。
問題なのは、何が起きるかわからないと言うところくらいかな。
「せめて、何が起きるかわかればいいんだけどね」
「やっぱり、フィラも?」
「まあね。私はナイフとメイスだけど、どうしても集団戦だと足手まといになりがちだし」
「仕方ないよ。冒険者は集団戦をするような面々じゃないんだから。ガイウスみたいなタイプだと可能だけどね」
「スピードが売りだったのにフィーナに負けるし」
魔法と魔術を比べる方が間違っているよね?
「フィラは王宮の間取りを覚えている?」
「覚えていると思う? 私達が王宮に入ったのは卒業する時くらいでしょ?」
冒険者養成学校は国の管轄している学校だったりもする。だから、卒業式は王宮に言って陛下と閣僚が立ち会って行うのだ。
その時にはクリスもいたのを覚えている。
「あの王宮、非常時にはいくつかの門が開かなくなるはずだよ。だから、王宮に入ってからが勝負かな」
「迂回しながら捕まっている人達を捜すということね。確かに、それが一番正しいのかも。相手が相手だから門をぶち破っている可能性は」
「無いどころかかなり高いんだけど」
可能性的に言うなら九割を超える。でも、そんなことをしたら王宮自体が壊れそうだから無いとは思いたい。
「でも、国王陛下を捕まえている人達って誰なのかしら」
「どういうこと?」
フィラの言葉に眉をひそめた。フィラは軽く肩をすくめている。
「たった一人で王宮を占領しているわけじゃないでしょ。魔物が常駐していたら発狂する人がいそうだし。確実に人が捕まえていると思っているんだけど」
「なるほど。確かに一理あるね。でも、誰がそんなことをしているのだろう。貴族じゃないと思うし」
「まあ、突入すればわかることじゃない? 一番の問題が残っているし」
確かに。
一番の問題である統率個体の少年。あれをどうにかしないとオレ達は生きて帰ることが出来ない。
でも、何か目的があるはず。その目的が何かわかればいいのにな。
「難しいわね」
「難しいね」
「そうですね」
オレ達三人は同時に溜め息をついた。
せめて、オレに力さえあれば良かったのに。魔法じゃなくて魔術を使える力があれば。そうしたなら、オレはみんなを守って戦えるのに。
この世界なら最強になれるし。今は無理だけど。
ああ、向かって来る敵をばったばったと薙ぎ倒せるような最強の力が欲しいな。
「今は今の自分で何が出来るか考えないと」
「そうね。私が使える技の中であいつに通じそうなものがあるかわからないけど、私はどうにかして戦わない」
「私も今ある魔法の中でも禁呪クラスのものを使うしかありませんね」
そう考えるとオレに何が出来るだろうか。オリジンは持っていてもオリジン以外には何もない。
慧海はフィーナを頼りにしていたみたいだけど、これだけはオレがやらないといけない。あんなフィーナに頼るわけにはいかない。例え、最弱の人間だとしても。
もう、弱いだけは嫌だから。
「あの、お二方、私を無視していませんよね」
そこでようやくオレ達は振り返った。そこは涙目のクリス。
まあ、わざとそういうことにしたから。
「禁呪クラスってことはメテオライトとかリヴァヴィウサーとか?」
「いえ、アニヒレーションやメテオストライク、イグニスファタスにミューズレアルです」
「これまた大規模禁呪ばっかりね。というか、イグニスファタスとミューズレアルって召喚系の魔法じゃない」
「えへへ。実は少しだけ契約して力をお借りしています」
厳密にはメテオストライクも召喚系の魔法なんだけどね。巨大な岩を召喚して叩きつける魔法。対するアニヒレーションは使えば王宮は消える。
敵を中心としたトライアングルの各頂点から火が吹き出し燃えた岩が山ほど降り注ぐ魔法だ。もちろん、敵味方関係なく受ける魔法。
数値的に言えば150番クラスだったと思う。
「これはあくまで最終手段です。勝てないと判断した時は容赦なく放ちますので。それまではメイベルクラフトやディザスターレイにアブソリュートファルスを使っています」
「クリスが王宮を消し去ろうということだけはわかった」
確かに禁呪クラスだよね。140番台は。実際の禁呪は160以降から。というか、三つだけ。
スターゲイザーにメテオダストとサンダーストーム。
スターゲイザーは未だに見た者がいない名ばかりの禁呪だけど、メテオダストは200年ほど前に国一つを消し去って、サンダーストームは500年前に異常気象を起こして死者数千万人という大被害を出した。
さすがにそれは使わないとは思うけど、クリスなら出来そうなんだよね。
「禁呪クラスに頼らないといけない敵というのも初めてですし」
「問題として、禁呪クラスからは詠唱が長いからね」
「短かったらエンシェントドラゴンとの戦いで、クリスは絶対に使っていたわよ」
大体詠唱時間だけで一分くらいになるんだったと思う。その対価に見合った威力はあるし、その詠唱をする必要もわかる。
問題として、どうやって守りきるかだな。
「話は終わったか?」
慧海の声にオレ達は振り向いていた。そこには軽く笑みを浮かべた慧海が立っている。その隣には白百合姫路の姿。
「お前らはお前らなりに考えているみたいだな」
「当たり前です。あなた達と違って私達はこの国の住人で私は王女です。あなた達に全てを頼るのは間違っています」
「それでいい。誰もが考えて行動する。それこそが一番の理想の姿だ。さてと、こちらの考えは纏まった。はっきり言うならお手上げだ」
「本当に纏まったの?」
投げ出したの間違いじゃないかな?
「おいおい。まあ、意味はわからなくはないけどな。お前らを援護することは出来ない。ただ、作戦はある」
「作戦? 何があるの?」
オレがそう尋ねると慧海は何かを差し出してきた。それは謎のアイテム。
それを受け取ってオレは眉をひそめる。
サイズ的には手で握れるもの。ただし、何か穴が開いているし小さいし何に使うのか全く分からない。
「最終手段中の最終手段。持ち方はこうな」
慧海はそう言いながらそれを握り締めた。穴が開いている先をオレに向けている。
「両手でこう持ってこのトリガーを引くだけ。そうすることで特殊な弾を放つことが出来る。こういうことは想像したくないけど、姫路もクリスティナもフィラもやられた時、相手に向けて引き金を引け」
「これをこう?」
受け取って引き金を引く。でも、何も起こらない。慧海は少し笑って何かを差しだしてくる。
何か丸い円筒状の何か。円筒というより円柱?
「やると思っていたから弾丸を取っていた。まあ、正直言って技術が最先端過ぎてわかりにくいけど、本当に最終手段」
「わかった」
慧海がオレの手から謎のアイテムを取ってをそれを分解して中にその何かを込める。何が何だかわからないけど、これを使うのは最後の最後か。
「あのさ、そろそろ私の紹介に移るらないの?」
「そうだった。すまんすまん。姫路の名前は知っているから省くとして、姫路は基本的に前に立つから」
「前ですか? 後ろじゃなくて」
クリスの言葉にはオレも賛成だ。杖を使う人は基本的には後ろだ。もちろん、後ろだから近接が弱いというわけじゃないけど、杖というのは魔法を放つ触媒。その触媒を使うなら詠唱もじっくり可能な後ろがいい。
クリスほどになると前に立ちながら詠唱しつつ戦うと言う常人離れしたことは可能だけど。
「私の黎帝の基本的な戦い方はこれだから」
そう言いながら白百合姫路がその手にある黎帝を横に振った。それと同時に杖の先から光の刃が現れる。
「『絶対守護の刃』。人を殺さない、傷つけることのない、ただ、気絶させるだけの刃。私の、最高の英雄の理由」
「まあ、その強さはけた違いだからな。その強さはオレが保証するけど、行くんだよな」
慧海が少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。
慧海もわかっているのだろう。どれだけ無謀なのかを。そして、どれだけ自分が無茶を言ってしまったのかを。
それにオレは笑顔で返した。
「帰ってくるさ。オレ達は負けるわけにはいかないんだから」
「そうだったな。まあ、心配はしていないさ。レイ。お前とは帰って来てからじっくり話したいものだし。ギルバートと三人で」
「ああ。じゃ、準備を始めようか。オレ達の戦いに行くためにさ」
そう言ってオレはみんなを見渡した。みんなは笑みを浮かべてうなすいている。
待っていて、フィーナ。絶対に帰ってくるから。
ちなみに、慧海がレイに渡したのは拳銃のようなものです。正確には拳銃ではありませんが、それは後に語られます。