第二十五話 最強と最高
統率個体の腕を掴む慧海が怪訝そうな顔になる。まるで、統率個体の少年が信じられないとでも言うかのように。
対する少年は慧海に腕を受け止められたにも関わらず平然と笑みを浮かべていた。そして、慧海が舌打ちをする。
「なるほどな。そういうわけか」
慧海は小さく溜め息をついて腕を離した。
「分身か」
「正解」
統率個体の少年が拍手する。それに慧海は軽く肩をすくめて返した。
どうして分身なのかわかったかは分からないけど、この距離でそんなに隙の多い姿をしていいのだろうか。
「戦うつもりはないよ。ただ、『星語りの騎士』を連れて行きたいだけだから」
「やっぱりレイが『星語りの騎士』だったのか。というか、何でレイが?」
「そればかりは神のみぞ知る、とでも言うしかないね。じゃ、本体からの要望を言うよ」
その瞬間、統率個体の少年がさらに笑みを深くした。
「王宮で国王を捕まえている」
「どういうことですか?」
その言葉と共にクリスが統率個体の少年に杖を突きつけていた。対する統率個体の少年は笑みを浮かべたままだ。
相手の行動が分からない。一体、どうしてこんなことを。
階段の方を見るとギルバートがいつでも飛び出せるように待機している。こちらは万全みたいだ。
「今の僕に戦う意志はない、と言ったら君は信じてくれるかな?」
「別に戦っても正面からなら勝てるし」
「なるほど。流石は最強の英雄だ」
「力があっても守れなかったら意味がないけどな」
力があっても守れなかったら意味がない。それは、オレとは違う、力があるのに守れないということ。
力がないから守れないんじゃない。力があっても守れないものもあるということ。
「だから、オレは英雄になろうとした。で、要求は何だ? オレ達を殺す気なら一斉に攻めてくるだろ」
「そうだよ。僕からの要求は少しだけ。国王と王妃一同は生きている。もちろん、残った王子王女もね」
その言葉にクリスは杖を落とした。
「嘘」
「嘘なものか。彼らは約束さえ守ってくれれば殺さないと約束しよう」
「守る」
決めるの早!
慧海の言葉に驚いたのはオレだけでなく、統率個体の少年もだった。ただし、統率個体の少年は理由がわかっているらしく笑みをすぐに浮かべる。
いくら何でも即断即決なような気がするけど、慧海は慧海なりに考えているのだろう。
「まあ、君ならどんな悪条件でも覆すからね。じゃ、僕からの要求は一つだけ。最高の英雄と彼に王女とその仲間の女の子の四人で王宮にまで来て欲しい。もちろん、誰も魔物は傷つけないことは確約するし、約束さえ守ってくれればここはもう攻めないとも約束しよう」
オレとクリスとフィラの三人に誰か分からないけど最高の英雄か。慧海が最強だとしたら最高はどんな人だろうか。
慧海はその条件に不満があるのか少し眉をひそめている。
「流石にそれは難しいな。もし、お前がレイを殺すつもりなら、姫路やクリスでは守れない」
「それは王宮での内容次第だね」
内容次第ではオレは殺されるのか。ある意味嫌だな。
「ここから王宮までギルバートで三秒。王宮内に突入するとしてもさらに二秒かかるから、レイを100回は殺せるな」
「僕には20回が限度だよ」
いつの間にか死ぬことが前提になっていないかな? 意味が分からないんですけど。
慧海が軽く笑みを浮かべてオレを見てくる。
「まあ、レイには最終手段があるし、大丈夫だろう」
「交渉成立だね。僕は王家には手を出さないし、ここにも手を出さない。それで大丈夫かな?」
「ああ。ただし、オレは一歩もここから外には出ない」
いつの間にか当事者置いてけぼりなんですけど。オレ達が王宮に向かうんだよな? というか、陛下が生きているなら行くけどね。
クリスは少し放心状態。どうやら安心しているらしい。
「それでは、レイ・ラクナール。君を待っているよ」
そして、統率個体の少年は消えた。それと同時に慧海が小さく溜め息をつく。
「レイ!」
そして、クリスが抱きついてきた。
「良かった。良かった。良かった! お父様とお母様が生きています。お兄様やお姉様もみんな、みんな、生きています!」
「だね。慧海、オレの最終手段って?」
「オリジンを使った所有者召喚。神剣を使った典型的な手段だから読まれるけど、出来るだろ?」
「出来ないよ!!」
そんな手段、聞いたことがない。対する慧海は顔が引きつっているような感じがする。
もしかして、予想外だった?
「それに、オリジンの持ち主は大怪我をしている。だから、借りてきたんだ」
「何でだよ!?」
「オレがキレるところだよな!?」
フィーナなら絶対に戦う。でも、フィーナを戦わせるわけにはいかない。そして、オレは死ぬわけにはいかない。
どうすればいいのだろうか。
「はぁ。姫路に頼るしかないか」
「溜め息をつきたいのはこっちよ、バカ」
呆れたような声、じゃなくて呆れた声と共に白百合姫路が呆れたような表情で階段から上ってくる。隣にいる白百合雪羽は疲れたような表情だし、ギルバートは今にも慧海を殺しそうな視線だ。
この場にいる誰もが慧海の敵に回っている。
「クリスは一流でフィラは二流。でも、レイの実力は皆無だし姫路の実力はこの中では一番下。悪い賭けに出たね」
「そうね。せめて、私か雪羽だったら姫路よりも遥かにいい結果になったのに」
「姫路が行けば全員死にますね」
「しれっとバッドエンドにするな!? というか、私じゃ不満なの?」
「大丈夫だ。問題ない!」
白百合姫路は鬼の形相で慧海に黎帝を叩きつけた。
「私は行きます。お父様達がいるなら、私は助けに行きます」
「だったら、オレも行くよ。クリスに守られるだけかもしれないけど」
「ほら、問題ないだろ?」
「大有りよ、バカ!」
再度、黎帝が慧海に叩きつけられる。どう見ても全力なのに痛くはないのだろうか。
白百合姫路は小さく溜め息をついてオレ達を見てきた。
「みんなの言う通り、私は実力不足。英雄と呼ばれる面々の中で私は最高の英雄と呼ばれているだけ。慧海みたいに最強の英雄とか、ギルバートみたいに最速の英雄だとか、強さなんて無い」
「大丈夫大丈夫。行く面々の中では一番実力が」
「黙ってて!」
また叩きつけた。慧海は本当に頑丈だよな。未だにピンピンしているし。
「それでも、私は行かなければなりません。例え、お父様達がどんな姿で生かされていても、私は行かなければなりません」
「理解しているんだね。僕から言わせてもらえば反対だったけど」
「ありがとうございます、ギルバートさん。私は王族ですから。覚悟はしていました。レイ、あなたは別に」
オレはクリスに向かった片膝をついて頭を下げた。
こうするのが一番分かりやすいから。
「オレはクリスについて行く。依頼だからとか冒険者だからとかじゃなくて、親友として、クリスが心配だから」
「レイ。だったら、頭を上げてください。それは主従の契約ですよ」
「本当を言うならこれからが心配なんだ。クリスは絶対に王族として責務を果たすから。遠い存在になってしまうから。だから」
「大丈夫です」
クリスによって力ずくで頭を上げさせられた。その強さはオレでは抗えない。
クリスは笑みを浮かべたままオレの目を真っ直ぐに見て来る。
「私は王位にはほど遠い存在です。ですから、私はまだ冒険者です。それに、私はレイやフィーナと一緒に生きていきたいと思っています」
「クリス」
「だから、ついて来てください」
「うん」
クリスの言葉にオレは頷く。クリスは王女だから約束は変わるかもしれない。でも、オレはクリスを信じる。
「話は纏まったようだな。作戦会議だ。お前達が生き残れるようにどうにかしないとな」
相手の目的は分からない。何を目的とするのか、何をやろうとしているのか。ただ、一つだけ決めていることはある。
絶対にみんなで帰ってくる。そして、また、みんなで冒険者としてクエストを受けるんだ。
ちなみにフィラは地下教会でバテています。いきなり全力を出したので。