第二十四話 地下教会
教会にある祭壇の裏手。そこにある窪みをいくつか押した時、そこには階段が出来上がっていた。地下教会というほど厳重な警戒っぷりだ。
でも、慧海はどうやって見つけたのだろうか。
「避難している人はみんな地下教会にいる。王都で最後まで残っていた近衛騎士団員もな。みんな王宮に特攻したがっていたから力強くで従わせたけど」
「いえ、その判断は間違ってはいません。我が国の騎士団員を助けていただきありがとうございます」
「礼を言うならオレじゃなくて騎士団員に言ってくれ。騎士団と一部の貴族だな。大半の貴族は我先に逃げたけど、クリウス公爵だっけ。そう名乗る奴が助けてくれて、今は地下教会で療養している」
「クリウス公爵がいるのですか? 療養ということは」
「持病。まあ、薬はあるから大丈夫」
クリスと慧海の二人が先頭を歩きながら話をしている。オレはそんな様子を後ろから見ていた。
どうしてか分からない。どうしてか分からないけど気に食わない。
「もう少しマシな顔をしたら?」
隣を歩くフィラが呆れたように溜め息をついた。
「今にも人を殺しそうな顔をしているわよ」
「えっ?」
僕は思わず自分の顔に手を当てた。もちろん、そんなものは分からない。
「はぁ、嫉妬するのはわかるけど、もう少し冷静になりなさいよ」
「嫉妬なんてしていな」
「してる。レイは思い出しているんでしょ。フィナのことを」
その言葉にオレは頷いた。頷いて自分の拳を握り締める。
最初から分かっていたことだ。クリスが王女だからいつかは離れ離れになってしまうって。いつかはオレとの関係を消してしまうって、分かっていたはずなのに。
でも、やっぱりオレは、フィナのことを思い出してしまう。
「どうして、弱いのかな? オレは」
「レイにはレイの強さがあるわよ。それに、私達も頼りなさい。レイ一人だけだと本当に危ないんだから」
「それは承知しているから」
それはさっきのことでよく分かっている。どうやら死に急ぐかのような行動を取ってしまっているらしい。
オレは軽く苦笑をしながら前を見た。
地下に降りる階段はすでに見当たらず、変わりに明るい光が見えてきている。そして、階段を降りた先には、
広大な空間が広がっていた。
地面の中だけをくり抜いたような広大な空間。時折、というか案外多くの柱がある。
そんな広大な空間の中にたくさんの人がいた。その中には真っ黒な鎧を着た近衛騎士団の姿すらある。
だが、この場にいる誰もが綺麗な服装でいるわけが無かった。誰もがボロボロで、そして、壁や柱にもたれかかっていた。
まるで、あの奴隷市場の姿のように。
「うくっ」
胃の中にあったものを吐き出しそうになる。ダメだ。ここにいたらダメだ。思い出してしまう。
オレはすぐさま踵を返し、階段を駆け上がる。名前を呼ばれたような気がしたけど気にしない。気にはしていられない。
階段を駆け上がり教会の祭壇裏から飛び出す。そして、背中を壁に預けてその場に座り込んだ。
「あの場所も、こんな感じだったな」
なけなしのお金を集めて向かった奴隷市場。そこもそんな場所だった。そこはオレの後悔の始まり。無力な自分を実感させられた場所。
理不尽だ。あまりにも理不尽だ。どうしてオレには力が無いのだろうか。
「急に走り出したから何事かと思っ、レイ?」
顔を上げる。そこには階段を上ってきたフィラの姿があった。フィラは呆れたように溜め息をついてオレの横に座る。
「別に、オレに付き添わなくても」
「そういうわけにはいかないから。だって、泣いているじゃない」
「泣いてなんかない」
「はぁ。私はあなたの事情は知っているし感情も分かっている。確かにあの地下空間はどう考えても奴隷市場だった」
あの場所にオレはいられない。多分、発狂するだろう。
ただでさえクリスが離れて行くのに。
「オレは、何でこんなに力がないんだろうな」
「レイ」
哀れむようなフィラの目。本当に、どうして力が無いのだろうか。どうして魔法が使えないのだろうか。どうして、力が無いのだろうか。
力さえあれば、力さえあれば何だって出来るはずなのに。
「何も出来ない。オレには何も、昔のまんまだ。フィーナと約束したのに、オレは死にかけた。何も出来ない。何も、出来ないんだ」
「確かに出来ないわね」
フィラの言葉がオレの胸に突き刺さる。まさか、そこまで言われるとは思わなかった。というか、かなり痛いんだけど。
「魔法を使わないことなら何でも出来るのに魔法になればちんぷんかんぷん。知識はあるけど魔法がないから実技でも出遅れる。社交的で友達も多いようにみえるけどかなりの便利屋。後は」
「すみませんごめんなさい勘弁してください」
フィラの言葉が胸に突き刺さる。はっきり言うならこれ以上耐えることなんて出来ない。どうしてここまでボロボロにされないといけないのだろうか。
せめて、時間を巻き戻せたらな。
「でも、レイにはレイなりにいい所がある。それは仲間として証明するから」
「いい所なんて無いよ。魔法が使えなかったらただの役立たずだ。魔法が使えない人が成れる職業なんて限られているし」
どんな簡単な仕事でも基本的に魔法を使う。使わない仕事は数少なく、例えば魔法薬を使った特殊な検査は出来る。実際に資格があるから求人があれば応募出来る。
だけど、大半はオレみたいな魔法が使えない又は下手な人物は就職がない。
「そうだけど、レイは冒険者になったじゃない」
「それは」
冒険者は命懸け。それなのに魔法が使えないなんて命知らずと最初は言われた。もちろん、誰からもバカにされたけど、フィラだけは違った。
フィラだけはそんな中でオレに話しかけてきた。
「何も出来ないわけじゃない。卒業する頃には誰もがレイの実力を認めていた。悔しいけど、実技以外じゃ私は勝てなかった。でも、冒険者は実技。いくら知識があっても考慮されないから先生も悩んでいたけど」
「先生は無事かな。というか、先生なら無事か」
あの先生のことだ。呑気に笑いながら見習い冒険者を助けつつ逃げ出したに決まっている。
「自信を持ちなさい。レイは何も出来ないわけじゃない。したいことが出来ないことなだけ。大丈夫。レイは絶対に凄くなるから。絶対に強くなるから。だから、自信を持って」
「フィラ」
「というか、ちゃんとしていないあなたなんて私が嫌なのよ。最初見かけた時は壊れそうな人だと思ったし、今も今すぐ壊れそうだし。私はそういうレイはあまり見たくない」
「ははっ。壊れそうか。壊れちゃいけないんだよ。オレは、絶対に強くなるって誓ったから。今度こそ、誰かを助けるって」
「調子戻ったきたみたいね」
フィラが笑う。それに釣られてオレも笑みを浮かべた。
やっぱり、仲間っていいよな。
カタン。
周囲に鳴り響いた音に思わず立ち上がる。フィラはナイフを抜いているけどオレは地下教会に続く階段を指差した。
フィラはそれに頷いて魔法を全開にして駆け下りる。それと同時に周囲に拍手が鳴り響いた。
相手は一人?
「いい話だったよ。『星語りの騎士』」
統率個体!?
オリジンを鞘から引き抜きながら荒くなった息を整える。柄を握り締め、祭壇からそっと出入り口の方を見た。
そこにいるのは魔物の統率個体である少年。
「まさか、君にそんな過去があったなんてね。僕とあろう者が涙を流してしまったよ」
「どうしてお前がここにいる!?」
「ようやく役者が揃ったみたいだから挨拶に来ただけだよ。最強の英雄と最高の英雄にね」
「最強? 最高?」
最強は多分慧海のことだろう。だけど、最高というのは一体誰を指すのだろうか。
「生憎だけど、そういうわけにはいかない」
「そう言うと思ったよ。だからね」
少年が笑みを浮かべた瞬間、視界からその姿が消えた。
振り返ったそこには、腕を振り上げる少年の姿。
「さようなら」
腕が振り下ろ、
「残念」
されようとした腕を階段から飛び出した誰かが掴んでいた。そこにいるのは慧海の姿。
少年が笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、善知鳥慧海」
「ああ、そうだな。レイ、後は任せろ!」