第二十二話 英雄と神剣と
タイトルの英雄と神剣ですが、英雄の理由はかなり時間が経ってからわかります。いつになるかはわかりませんが。
「レイのバカ!」
「ごふっ」
古びて朽ち果てた教会。首都の一角にある国教のラフィア教の古い教会。今は大聖堂があるからそっちが中心だけど、古い教会周辺はお年寄りが集まっていたらしく、みんな教会に逃げて来たそうだ。
ちょうどそこにいたのが善知鳥慧海。襲いかかって来る異形を倒しながら他の仲間と共に教会に引きこもった、という話を聞きながら入り口を守るギルバートさんの横を通って教会に入った瞬間、オレの顔を見たクリスが全速力で駆け抜けて拳を鳩尾に入れてきた。
息が止まり、何とか留めていた意識が途切れそうになる。だけど、それを必死で堪えてオレは前を見た。そこにいるのは涙を浮かべたクリスの姿。
「こんなにぼろぼろになって、死んだらどうするつもりですか!? あなたはフィーナと約束していたのに」
「結果的に生きているからいいんじゃないかなと思うんだけど」
「結果的にはな。はっきり言うなら、あんな状況で一人残るなんて完全に自殺行為だ。オレが行かなかったら確実に死んでいるぞ」
善知鳥慧海が呆れたように言う。その姿を見たクリスは善知鳥慧海に対して姿勢を正す。
「我が国の国民を守っていただき、感謝しています。全ての責任は私達にあり」
「あー、そういう堅苦しい言葉は無しにしてくれないか。こちらも下心が無かったというわけじゃないし」
「どういうことですか?」
クリスの目が微かに細まる。善知鳥慧海を警戒している。でも、善知鳥慧海の構えはオレが見ても隙が大きすぎるのに。
クリスの言葉に善知鳥慧海は軽く肩をすくめた。
「ちょっとした探し物をしていてな。星語りの剣がこの世界にあると聞いて?」
「星語りの剣?」
「そう。星が語ると書いて星語り。言うなら、世界の記憶の言い方の一つだな」
「創世記みたいなもの?」
「正解。星の生まれから現代に続くまでの歴史が描かれた伝説の剣。まあ、お前の持っている刀と同じ神剣だな」
その言葉にオレは眉をひそめる。創生記というくらいだから書物だと思うのだけど、どうやらそれは剣の用だ。クリスを見ても不思議そうに首をかしげているから何かはわからないらしい。
でも、善知鳥慧海は何か楽しそうに笑みを浮かべていた。
「何がおかしいの?」
「別に怒らそうとしたわけじゃないさ。まあ、星語りの剣自体がないとしても、この国の王都、ここにある王族又はそれに準ずる位の人が見れる書物庫に入らせてくれるならいいぜ」
「それなら大丈夫ですが、魔物がそこをあらされていた場合は」
「その時はその時だ。復元にも時間はかかるけど、どうしてもしなくてはいけないことが多数あるからな」
「わかりました。こちらとしましては否定するような内容はありませんのでいいですよ。ただし、一つおたずねしていいですか?」
クリスのその言葉に善知鳥慧海が頷いた瞬間、善知鳥慧海の後ろにフィラが着地した。そして、善知鳥慧海にナイフを突きつける。
まるで、示し合わせていたかのような行動にオレは微かに目を見開くだけで驚いていた。
クリスは杖を善知鳥慧海に向けて尋ねる。
「一つお尋ねします。あなた達は何者ですか? そして、どうして私を狙っているのですか?」
「狙っている?」
周囲を見渡しても誰もいない。避難している人達は奥の方に隠れているらしいから上下左右どこを見渡しても見当たらない。
一体、どこから見ているのだろうか。
すると、善知鳥慧海は楽しそうに笑みを浮かべた。
「どうしてそう思うんだ?」
「勘です。理由としては、私では魔法に関することはごまかせないと言っておきましょうか」
「なるほどね。でも」
腕が跳ね上がる。何もしていないはずなのにオレの手が上げられた。もちろん、両手だ。
フィラも、そして、クリスも。この場にいるオレ達は完全に両手をあげられていた。強制的に。
「それがあなたの武器ですか」
「っつ、なるほどね」
善知鳥慧海が笑みを浮かべると同時に上げられていた腕が下ろせるようになる。手首を見ると、まるで、細い何かに縛られたかのような赤い跡があった。
痛みは無かったから気づかなかった。
「オレを試したというわけか」
「あなたほどの使い手が平然といることに少々疑問を覚えていただけです。それに、ここにはあなたの臭いが残りすぎています」
「臭い?」
オレと善知鳥慧海は同時に臭いを嗅ごうとする。でも、別段変な臭いはしない。
「その臭いではなく、魔力の臭いです。おそらく、先程の魔力を帯びた線、それをこの教会に張り巡らせていますよね?」
周囲を見ても何も分からない。フィラの顔を見ても首を横に振っているからどうやフィラも知らないらしい。
「っく、ふはっはっはっ」
すると、善知鳥慧海が急に笑い出した。オレ達は思わず一歩後ろに下がってしまう。
「面白いな、お嬢さん。オレの仲間にならな」
「何してるのよ、あなたは!」
ドップラー現象を引き起こす声と共に光が目の前を通り過ぎた。ちなみに、音の頂点は、の、だ。ついでに善知鳥慧海の姿も消えている。
オレ達が光が通り過ぎた方向を見ると豪快なドロップキックを決めた長い黒髪の女の子がいた。着ている服装は金の刺繍が入った高そうな白い服で、その手には杖、というには少し違うような気もする杖があった。結局は杖だけど。
杖の先に三つの輪っかがついてあり、その輪っかの中にはそれぞれ、太陽を表すギザギザがついた円盤、月の中でも三日月の形をしたもの、そして、丸いただの円盤のそれぞれがゆっくり回転していた。
「ごめんごめん。私、の慧海が変なことを」
「聞き捨てになりませんね」
そんな女の子に向かって全く同じ顔をして同じ服装をしたショートカットの女の子が槍を向けていた。ただ、槍にしては握っている部分がかなり前ではある。
「慧海さんは、私、のです」
「さすがにこれだけは雪羽には譲れないから。それに、フィアーランスを向けるということは宣戦布告だと思っていいよね?」
「どうぞどうぞ。姫路に私が負けるわけありませんから」
「上等。黎て、いたっ」
一触即発の空気の中、立ち上がった善知鳥慧海が姫路と呼ばれた女の子の頭を叩いた。
「何すんだよ」
「自覚なし? 雪羽、一時休戦にしない」
「賛成です。あなたの意見というのは癪ですが」
善知鳥慧海に武器を向ける双子の女の子。どうやら三角関係みたいだけど、見ている分には楽しいよね。
「慧海。いい加減にしたらどうだ? レイ達が困っているだろ」
呆れたような声と共にギルバートが教会の中に入ってくる。その言葉に思い出したのか善知鳥慧海が頷いた。
そして、オレ達の方を向いてくる。
「そうだった。とりあえず、自己紹介でもするか。オレは善知鳥慧海。このメンバーのリーダーをやっている」
「私は白百合姫路。一応、副リーダーになるのかな?」
「私は白百合雪羽。中距離戦闘メンバーのリーダー」
「オレはレイ・ラクナール。冒険者だ」
「クリスティナ・アピニオンです。一応、王女でもあります。王位継承権からは遠いですけど」
「フィラ・ファンブール。レイと同じ冒険者よ」
それぞれの自己紹介が終わる。すると、善知鳥慧海は笑みを浮かべながら背中の剣を引き抜いた。背中の鞘に収まっていた蒼い剣を。
「こいつはオレの神剣『蒼炎』」
続いて隣の白百合姫路が杖を手で回す。
「これは私の相棒の神剣『黎帝』」
さらには白百合雪羽まで槍を軽く上げた。
「これも神剣。だけど、無名の神剣『フィアーランス』」
「僕とクロハが持つのは神剣『シュナイトフェザー』と神剣『ラファルトフェザー』」
全員の視線がオレの手にあるオリジンに移る。オレは小さく息を吐いた。
「神剣『オリジン』。大切な仲間から借りているものだけど」
「良かった。この世界にも神剣持ちがいたんだな。旅していても神剣なんてなかなか出会わなかったし」
「当たり前です。神剣というのは極めて強力なもの。そんなものをおいそれと世間に出すわけには」
「失言」
善知鳥慧海が笑みを浮かべた瞬間、オレはオリジンを善知鳥慧海に向けていた。
実力の差ははっきりしている。でも、今はこいつを好きになれない。
善知鳥慧海は蒼炎を鞘の中に収めた。
「そう警戒するなって。オレ達はただ神剣を奪いに来たわけじゃないんだ」
「口では何とでも言えるよ」
「それを言われたらお終いなんだけど、まあ、オレ達の目的を言うなら英雄を探しているんだ」
「英雄?」
意味が分からない。どうして、英雄を探しているのだろうか。
「『星語りの騎士』」
その言葉にオレの背中は総毛立った。統率個体であるあの少年から言われた言葉でもある。
どういう意味なのかは分からない。でも、それがオレを指している可能性は無きにしも非ず。
「まあ、伝承の存在だから実在するかは怪しいけどな。魔力波長の変化はないから知らないみたいだけど、オレが探しているのは英雄、そして、神剣だ」