第十九話 準備
若干燃え尽きています。昨日に予約投稿で一気に上げた作品のせいなんですけどね。
清潔な部屋。
どんな医務室でもこういう場所なのだとわかっている。だから、オレにとってはあまり好きではない空間でもある。
清潔なカーテンに仕切られた空間にある清潔なベットの上にはフィーナが眠っていた。静かにフィーナは眠っている。
一時は意識を失い危険な状態だった。医師の話では一生目を覚まさない可能性も低くはないそうだ。そもそも、生きているのが不思議なくらいの怪我。
そんなフィーナの近くには鞘に収められたオリジンがある。オリジンは鞘から抜いた状態で持てばフィーナとオレ以外を凍らせる。一撃で絶命させる。
オレはオリジンに手を伸ばした。
そして、代わりに必死に作ってもらった剣を置く。
「フィーナはゆっくりしていてね。オレは、今から王都に」
「レ、イ」
その声にオレは振り向いた。そこにはうっすらと目を開けたフィーナの姿がある。オレはすかさずフィーナに駆け寄った。
「起きた?」
「良かった。レイが、無事で」
安心したようにフィーナが息を吐く。そして、オレを見てくる。
「戦いに、行くの?」
「うん。オリジンを借りるから」
「だめ。オリジンは」
フィーナが起き上がろうとする。だけど、オレは肩を押さえて起き上がらないようにベットに優しく押さえつけた。
フィーナが驚いてオレを見ている。
「フィーナはゆっくり休んで。フィーナがオリジンを他人に使わすことに抵抗があるのは知っている。でも、今はその力が必要だから」
「レイは弱いから」
「今はフィーナの方が弱いよ」
クリスによって治療されたものの、内臓破裂に全身複雑骨折等々の怪我を負っていた今のフィーナの体力はほとんど底をついているはずだ。
だから、オレはフィーナに笑いかける。
「また、旅をする時に守ってくれればそれでいい。だから、フィーナの大事なオリジンを借りるね」
「うん。わかった。悔しいな。守りたい人がいるから強くなったのに、レイに守られるなんて」
「オレだって守りたい人を守れる強さが欲しいから強くなった。確かに、オレの体には欠陥があるけど、そんなことは関係ない。守りたいという意志と仲間がいれば、何だって出来るから」
「そうだよね。レイ、頑張ってね。私は、ゆっくり休むから」
「ああ」
オレはオリジンを軽く上げて歩き出した。
オリジンはフィーナの思い。この思いを持つということは必ずフィーナに返さないといけない。
オリジンの強さは桁が違う。だから、守らないと。守りきらないと駄目だ。この命に代えても。
医務室から出て小さく息を吐き、気づく。クリスが医務室の近くの壁に背中を預けているのを。
「フィーナはどうでした?」
「目が覚めたよ」
オレはオリジンを腰に差しながら答える。
「だけど、戦える状況じゃない」
「それはわかっています。私が治療しましたから。生きているのが不思議なくらいの大怪我を治せたのは、おそらくそのオリジンの力だと思います。普通なら、出血多量で死んでいますから」
「そうなんだ」
「はい。だから、悔しいんです。力がありながら、私はフィーナを助けることが出来なかった。もし、オリジンをフィーナが持っていなければ、フィーナは死んでいた。そのことを考えるととてつもなく怖いのです。もし、レイが怪我をしたなら」
「治癒出来ない以上、オレは死ぬ」
治癒魔術の効かない体というのは戦場に身を置くにはあまりに酷すぎる。だけど、オレはクリスに向かって笑みを浮かべる。
「クリスでも不安になるんだな」
その言葉にクリスは勢いよく何かを言おうとして、だけど、言葉が出ずに口は開いたままになる。そして、俯いた。
クリスが何を言いたかったのは何となくわかる。おそらく、何を呑気なとでも言おうとしたのだろう。でも、オレのことを考えたら何も言えないのだ。
オレにクリス以上に力はない。そんなことはわかっている。わかっているからクリスは何も言えない。
戦う意志を見せていたとしても。
「どうして、レイはそこまで出せるのですか? 私には、そんなこと」
「いいんじゃないか。それが違いというものだから」
怖いというわけじゃない。でも、みんながいるなら戦える。オレはただ、そう思っているだけだから。
フィーナからオリジンを借りたのはあくまで御守りのため。剣を置いていったのはもしもの時のための武器としてもらうため。
だから、オレは生きて帰らないといけない。
「オレだけじゃないんだ。クリスやフィラもいるんだろ? だったら、オレ達は負けない。フィラの強さは知っている。クリスの強さも知っている。だから、負けるわけがないんだ」
「でも、相手はあの魔物の群れです。いくら私達が強くても、あの数には」
「対応出来ないわけじゃない」
その言葉にオレ達は振り向いた。そこには漆黒のプレートアーマーに身を包んだクロハの姿があった。クロハの腰には純白の刀が差されている。
クロハは窓の外から魔物に埋め尽くされた王都を見る。
「今回の作戦概要は王都にいるある仲間を動ける状態にするだけ。それが出来たなら状況は一変出来る」
「失礼ですが、そのような戦力がいるならば、今頃王都から逃げ出すことは」
「彼は、絶対に人を見捨てない」
クロハの言葉には経験が混じっていた。そして、それは事実なのだと言っている。
「相手が魔物の群れでも、魔獣の群れでも、軍隊でも、守るべき人達を守るためなら地位も名誉も捨てて戦うから。戦略的に言えば見捨てた方がいいとしても、彼は必ず、みんなを連れて生還する。それが彼のすること」
「つまり、王都で戦っている人達の所まで駆けつけて、避難民を守る。そうすれば、魔物を全滅出来る人が動き出す、で、いいよね?」
「そう」
クロハは頷いた。その顔にはクロハが信頼しているという色が強く出ていた。おそらく、ギルバートも信頼しているのだろう。だったら、一度会ってみたいものだ。
でも、その作戦ならかなりの危険性が省ける。最も、その人物がクロハの言うような強さを持っていればだけど。
でも、ギルバートやクロハはオレ達よりもはるかに強いから、強さだけなら十二分に大丈夫に違いない。後はどうやって突破するかどうか。
オレはオリジンを握り締める。フィーナから借りた力。本当なら使えないはずの力。だけど、オレはこれを使わさせてもらう。
そう言えば、要塞都市前での戦いで戦っていた時に聞こえたあの声は何だったんだろうな。
「レイ、どうかしましたか?」
「えっ?」
「とても怖い顔をしていましたので」
オレは自分の頬に手を当てた。全く自覚はない。自覚はないけれど、多分、怖い顔をしていたのだろう。
あの声の事を考えていたら。
「わからない。でも、王都に行けばその理由がわかるかもしれない」
クリスとクロハの二人が不思議そうに首を傾げる。当たり前だ。オレの言ったことは意味がわからないだろうから。でも、オレは言った言葉は訂正しない。
おそらく、それは直感。あそこには何かがあるのだから。
「ともかく、今は王都に入り込むことを考えないと。あそこで戦っている人は何日も戦えないよね?」
「後三日は大丈夫だと思う」
つまり、後三日以内に目と鼻の先にある王都の中に入って助け出さないといけない。正面衝突すればかなりの被害が出るだろうけど。
オレは小さく息を吐いた。吐いて、今でも戦っている場所を見つける。
「必ず、行くから」
その口から漏れた言葉はあっという間に虚空に溶けていった。