序話 失意の少女
まずは序話から。ちなみに、主人公は次の話から出ます。
失った。たくさんの大切なものを失った。
私は自分の手から愛刀をその場に落とす。降り注ぐ激しい雨の影響で地面に愛刀が転がった音はしなかった。でも、周囲にいる人は警戒している。
姿から判断して山賊だろう。呑気なものだ。世界は滅ぶか滅ばないかという瀬戸際だと言うのに、彼らは呑気に山賊をしている。
一体、私のしていたことはなんだったのだろう。
私の頬を温かい何かが濡らした。涙だ。いつの間にか私の瞳から涙が流れている。
「おい、誰だ?」
山賊の一人が警戒をしながら私に声をかけてくる。でも、私は答えない。いや、答えられない。
もし、この状況で口を開こうものなら出てくるのは情けないほど泣いた声だろう。そんな状況にするわけにはいかないのだから。
私は愛刀を拾い上げた。土で汚れたそれを横に一降りすれば全ての泥が落ちる。私はそれを鞘に収めた。
「誰だって聞いているんだよ!」
「黙れ、下郎」
私の口から出てきた言葉は恐ろしいくらいまでに冷めた声だった。ほんの前まで死闘を繰り広げていたからか、それとも、
「ここで死にたいバカな人は向かってくればいい。私は、全てを壊すから」
「て、てめえ!」
山賊の一人が走る。その速度はまるで牛の様に遅かった。私は愛刀の柄に手を乗せる。
「私は」
鞘から刀を走らせた瞬間、周囲の天気が変わった。雨から雪へ、そして、雹へ。
向かってきた山賊の血でぬれた愛刀を一降りして血を飛ばす。私の体に雹が当たり、体中に微かな傷を作っていく。
「逃がさない」
この日、季節外れの雹が観測された山中ではこの地域一体の最大の山賊勢力が氷漬けにされて見つかったらしい。