盤上の王様
初めて、いや、実は初めてではないのかもしれないが、
物心が付いてはじめて、自分に向けられた刺客。
から自分を庇うようにして乳母が目の前で死んでいったのは3才のころ。
騒々しい周囲の中で彼が感じていたものといえば
自分を強く抱きしめるように覆いかぶさったその身体が、次第にゆっくりと、ほんとうにゆっくりと、冷えていくのに比例して、我が身に押しかかる人の重みが。
徐々に尋常ではない重さになっていくのに、地面についていた膝小僧が耐え切れなくて訴えてきた痛みだった。
彼女の名を呼んでも返事はあるはずもなく、ただただ静かな沈黙が寄り添ってきただけなのを覚えている。
驚くべきは彼の背中に回されていた細腕が、ずるりと力なく地面に落ちたのは彼女が息絶えたそれから少し経った後のことで、
それが、女の最期の執念であった。
少年というのも憚られる、小さな男の子が無駄に広々としたベッドにいつもの通り一人で包まったのはその日の太陽が沈んだあとのこと。
星の澄んだ夜空だった。
ただその男の子がより鮮明に覚えているのは、
窓のきらめく星でもなければ
部屋の隅の恐ろしい暗闇でも
閉じられた扉でも
優しい乳母の顔でもなく
その夜の、シーツの冷たさである。
もともと寝覚めが良いとは言えなかったものの、男の子の寝起きがさらにずるずるとなり、その朝のまどろみの中でやってくる温もりに男の子が無意識で縋ってしまうようになったのはその翌日からのことで、
常の彼の子供ならざる賢さに毎日驚き感嘆していた周囲の大人たちはそのことに驚くどころか動揺した。
動揺して、涙ぐんだ。
乳母の友人だった女に至っては彼女の墓前で地団駄を踏んだほどである。
ああ、確かにもっと子供らしくていいんじゃないかとあんたと話したけど
だけど、こんなことを望んだんじゃない、
望んだわけではないのに!
それよりもっと大人たちが動揺したのは、男の子の唯一と言っても過言ではない妙に子供らしいその癖がぱたりと治ってしまった日のことだった。
男の子のその妙な癖がぴたりと止んだのは、彼の父親が彼に小さな、けれど確かに鋭い短刀を寄越した翌日のことで、ハワードはあまりになんともいえなくて人知れず一度泣いた。
これが、祖皇帝の再来と謳われる、後のカサランサス皇帝、幼少時の一幕である。
チェスのナイト
木でできた剣
絵本の英雄
おもちゃの兵隊
乳母さんはハワードさんの綺麗な奥さんでした。