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廻る愛情

品川 俊介は固い表情をして友人の佐藤 廻を待っていた。


というのも、昨日の友人の呟きの真意を追究するためである。


友人の家の前でさっきからじっと佇んで考えているのだが、友人になんと言って切り出してやるのが一番いいのかわからずに、やっぱりただじっと佇むことしかできなかった。


いっそ知らないふりをしたほうがいいのかもしれない。

昨日のことは聞こえなかったふりをしてやれば


そう考えては、それでもあの呟きが、友人が堪えきれずに、堪らずに、溜め込んできたものが漏れてしまったのではないかと思い至ると、やはり素通りするわけにはいかなくて、そうやってずるずる時代に取り残されたような古びた借家の前で、友人の帰りを待っていた。



ほんとうはそんなに時間は経っていないのだろうけど、なんだか凄く時間が流れていってしまったかのように感じた後、ようやく姿の見えた廻に声をかけようとして俊介はたじろいだ。


というのも、彼の隣に彼の妹が立っていたからである。


佐藤 識は俊介に気づくと愛嬌よくにっこりと笑った。


「俊介さん、こんにちは!」


特に目立つ美人でも華やかな可愛らしさがあるわけではなく、どこにでもいる子供だったけれど、小さい頃から少女は愛想が良くて、どこか人懐こかった。


そんなどうでもいいことを急に俊介は思い出して、上手く笑い返してあげることが出来ずに


「こんにちは、識ちゃん」


ぎこちなく微笑むと、彼女の隣、見慣れた友人の顔を見た。


「・・・廻」


廻はそんな友人の心境を察したのだろう妹にただ何も言わず微笑だけを向けると、佐藤 識もまた言われずとも何かを察したようで心得たように兄へ頷き返し、「じゃあ俊介さん、失礼しますね!」と丁寧に挨拶をして立ち去っていく。


その後姿を俊介は苦虫を潰すような表情で見ていた。


昔から、この兄妹は二人揃って、敏すぎるほどに聡すぎるところがあった。


大人はそれを時々褒めるけど、一緒に大きくなった俊介はそれを常々歯痒く思っていたのだ。



どうしてこの兄妹は子供をするのがこんなに下手なのだろう。



借家の錆びた階段を上っていく小さな背中を見遣っていた彼に、声を掛けたのはやはり賢い廻だった。


「な、かわいいだろ、僕の妹」


わかっているくせに、ふざけた素振りでそういってみせる友人に俊介は腹が立った。

穏やかな表情で笑うこの男の綺麗な顔に、自分の拳を食い込ませてやろうかと一瞬考える程度には。


その言葉、知らなければ、ただの典型的な妹ばかだと取れるのに。

シスコン!といつものように笑って冗談を言えたり出来るのに。


俊介は知っていたから、物悲しくなった。


とても、かなしくなった。



俊介は、


どうしようもなくて目を伏せて、

どうしようもないので自分から話を切り出すことにした。


「・・・昨日」

「ああ」

「好きなんだと言っただろう、識ちゃんのことを」

「言ったね」

「あれは、どういうことなんだ」

「・・・血は、繋がっていないんだ。」



俺は父さんの前妻の連れ子なんだよ



なんでもないことのように、沈んでいく夕陽のほうを見ながら、目を細めて廻は言う。


この友人はいつだって、年不相応に穏やかな笑みを浮かべているのだ。


「・・・はじめて聞いた」

「はじめて言った」

「識ちゃんは」

「知らないよ」

「識ちゃんはそれを、・・・気にしないだろうな」

「しないだろうね。あの子はそういう子じゃない」


知ってるだろう、と笑うのは夕日の名残を浴びて赤く染まった廻。



知っている。もちろんだ。


だからわからない。



識ちゃんはきっと血が繋がっていようとなかろうとそれがなんだと思うだろう。


だったら


「何が問題なんだ。おまえ、どうしたいんだよ」

「・・・識が」


そこで初めて、佐藤 廻は口元の穏やかな微笑を消した。


そうしてゆっくり、一言一言を噛み締めるように




「識が、幸せになること」




そう言うと、なにもなかったように俊介へ静穏に笑ってみせたのだ。


「それを願っている心は本物だよ」



おまえ、それはたぶん恋かもしれないけど、そうじゃないのかもしれないぞ。

もしかしたらそういうのを、愛、とかそういう小難しいものをいうんじゃないのか。



と、俊介は考えたけれど口には出来なかった。

言葉にするのはこの恐ろしく腹の立つ友人に失礼だと思ったからだ。



品川 俊介は覚えている。



こんな、他のどんな人にもどうでもいいようで、けれど当人には信じられないほど重要な日のこと。



それは、沈んでいく夕日が眩しい、見逃していきそうな


どこにでもある日曜日だったんだ


なんでもいいよ

きみに幸あれ!

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