ずいぶんきれいな朝のこと
6時に目が覚める
春、ほのあたたかい朝、暁を覚えずとはよくいったもので
夏、明るい朝のなかを少しするとラジオ体操へ向かう子供の声がする
秋、肌寒い朝に一枚カーディガンを羽織って見上げる空は高くて美しい
冬、まだ薄暗い夜に似た朝、昇り始める日に心を洗われる
毎日、朝がやってくるたびに、そうやって目を覚ます。
佐藤 識の朝は、カーテンを開き、朝日で家の中を満たしていくことから始まる。
このときのポイントは、寝ている母を上手く避けるように光を入れることと、囀る小鳥、空を行く雲と鳥、空と、そこに鎮座する太陽に朝の挨拶をすることだ。
それが終わると、身支度をする。
それから、服を着替えないまま泥のように眠る母を起こさないように台所に立つ。
朝食とお弁当を母ともう少ししたらバイトから帰ってくるだろう兄の三人分きっかり作る。
洗濯物を干す。
置手紙を書く。
学校へ行く。
それが、佐藤 識の朝であった。
「お」
皇帝私室のバルコニーから見える景色を見て、識はこう思った。
あの、小さな三人の家で、カーテンを開けて見えるものといえば、毎日変わらないアスファルトと電柱とご近所さんだった。
カサランサスで初めて迎えた朝のなか、鳥を見つけて識はこう思った。
異世界でも、朝から鳥は囀るし、太陽は昇るし、雄大に鳥は風に乗るの。
「・・・かっくいい」
そう呟いたのは、力いっぱいの背伸びを解いたちょうどそのときである。
その日は、随分きれいな朝だった。
これは、朝の儀式である。
朝の儀式なのだ。
あしたはいつまでもこない
まいにちまいにち、きょうがくる
きょうはくる
そう言って、母が朝から力いっぱい背伸びをするようになったのは識の父親が死んだ翌日からのことだった。
彼女が、佐藤 識のたくましい母親が、
「身体中の昨日を解放する儀式なのよ」
そう言って、赤い目で微笑みながら、力いっぱい背伸びをしたのは、彼女の夫がいなくなってしまった長い長い夜を越えた翌日の、やっぱり訪れた今日の、その朝の光のなかだった。
その日は、随分きれいな朝だった。
たとえばだれかがこの世界からいなくなっても、
ニュースから天気予報がなくならないように