番外編 3の2 森の屋敷での雑談
広大な森に囲まれたディフォーレスト子爵の屋敷。
その名前、ディフォーレストには、森を守る人と言う意味がある。
子爵の治めている土地は、森だけではなく農場や工場もあり、産出的で、人々の暮らしも豊かだ。
隣接する伯爵家の土地も、伯爵に代わって世話をしてきた。
しかも伯爵が自分の土地を訪問することはなく、領民は、子爵を自分たちの君主のように仰ぎ、慕っている。
その日、柔らかな風が、屋敷の庭の木々の間をすり抜けるように吹いていた。
そして、東の間の窓から入った風は、白く透けるカーテンをゆっくりと揺らす。
ハリスはその風を感じながらソファに座り、片手に顎を乗せ、カイとプリンセス・アリアの番組を見ていた。
その会話は、風と共にこの部屋に流れる。
突然、その静けさを破るように、弟のバーディが入って来た。
「あ~っ、インタビューは今日だったんだ!
うわっ、カイは珍しくあわててるね~」
ハリスが振り向く。
「バーディ、今、着いたのか。
この番組は面白いよ。
カイには気の毒だけれど、驚かすのが狙いだったからね」
「なんだか、かわいそうな気もするね」
「珍しいことを言うね。
彼がこんな目にあっているのは、君のせいなのに。
君の方が、プリンセス・アリアと仲がいいんだから、初めの予定通り彼女と結婚する?」
「ハリス、冗談がきついよ。
結婚なんて御免だね。
それに、プリンセス・アリアは、初めからカイの方が好きだったんだ。
可愛いお姫様だったのに、たくましくなったもんだね。
ここまで有名になるなんて驚きだけれど、どっちにしても、僕たちの関係は、友情以外の何ものでもない」
「まあ、そうだね。
プリンセス・アリアは、カイとの婚約が嬉しくあらせられるのにね。
気が強くて大胆なのに、恥ずかしがりやで、これじゃあカイに気付いてもらえないな」
「あいつ、自分の研究に没頭しているからな。
最近は忙しいらしくて僕にもつれないよ」
「また利用されるって警戒しているからじゃないのか?
この前の映画は、カイの出番が多くて『バーディにしてやられた』って怒ってたしね」
「あれは、たまたま事故が起きたからで、その緊迫した映像が全体を盛り上げているんだ。
必然的にカイにの出番が多くなっただけで不可抗力さ。
もちろん、カイのカメラ写りがいいのは知ってたから、チャンス到来とは思ったけどね。
まあ、今回は親父たちの要請だし、カイも断れないだろう。
僕としては、また一緒に仕事が出来るなんて楽しみだ」
「ああ、そう考えると、僕たちも利用されることになるね。
最も、これまでにない映像が撮れそうだろうから、この見返りは嬉しいけれど。
CGなしで、大きな規模のものを撮れるんだからね」
「報告書を読んだよ。
氷の惑星からの救出作戦だって?
しかも、普通の救助じゃないから救助隊は出せない。
だから、エンターティメント風にしてカモフラージュするんだって?」
「シナリオをどうするかだね。 先ず話を聞いてみないと。」
「親父は? もう来ているんだろ?」
「ああ、子爵と話をしておられる」
「帝国側と連邦側の駆け引きもあるんだろ? 向こう側の惑星だし」
「今や帝国と連邦との関係は安定していて、国境も無いような状態だから、関係を悪化させる訳にはいかないんだ」
「そうだね、政治家たちの駆け引きだなんて、めんどくさそうだ。
良かったよ、僕は、次男の次男で。
それに、ハリス、君には息子が二人いるから、お役御免の僕は自由の身だ」
「父上も自分がそうだったから、君の気持ちが分かるんだろう。
良かったな、独身貴族を十分に謳歌してくれ」
「そうさせてもらうよ。
とは言っても、最近、周りに結婚話が多くなったから、独身メンバーを増やしたいね。
キースも怪しいし」
「ふふっ、そうだね」
「そのキースが気に入っているニキって娘、振って湧いたように現れたね。
この話は、何年も前からあったんだろ?」
「情報が閉ざされていたから、足踏み状態が長く続いていただけだ。
子爵も、クライトン会社がニキの情報をキャッチするまで重要視しておられなかったみたいだし」
「なんだ? そのクライトン会社って」
「ソーシャル・アナライスの小さな会社だ。
子爵は、そんな会社をあちこちに散らばせておられるんだけど、その網に引っかかったんだ。
すぐにキャンベル財団のリストの中に忍ばせたらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「その会社は、キャンベル財団のマザーコンピューターにも探りを入れたらしいけれど、それ以上のことは分からなかったんだ。
キースが持ち帰った情報には、暗号を解く鍵があるのだけれど、あまり深く入って悟られたくもないしね。
だから、システムがどのようにニキを選んだかは、はっきりしないままだ。
たまたまカイも係わっていたんだけれど、いや、それも分からないな、子爵のやられることは。
あの方はかなりシャープだし、後継者のイアンも頭がいい。
イアンが政治家で、次男のシスコは軍人、そしてカイは医者。
まあ、貴族の家で、政治家と軍人は普通だけど、医者は珍しいね。
とにかく、子爵は、多種多様な人脈をお持ちだから情報が入る」
「そうだね、だから親父も、探険家になるのを許してもらえたわけだし。
おかげで、こっちも好きなことが出来ている。
貴族の息子で、ろくでもないやつは多いからね」
「だからカイも、連邦国の大学にまで留学させてもらえたんだけれど。
カイは子供のころから、自分の兄たちより僕らの後を付いて来ることが多かったしね」
「そうだけど、本人としては、子爵や兄たちから遠く離れたつもりでいたのに、結婚させられるとはね。
プリンセス・アリアは、普通の浪費家のお姫様じゃないってとこが救いだけど。
カイが留学した後に、看護学校に入学したしね」
「看護学校事件、皆が、プリンセスは狂ったんじゃないかって騒動になったあれか」
「そう、子爵が収めてくれた」
「バーディ、君からプリンセス・アリアがカイを好きなことを知らされていたからね。
今、子爵は、資金面の援助だけだけど、カイとの結婚後、彼女の活動を取り込まれるかもしれないね。
そうすれば、子爵の行動範囲はさらに広がる。
彼女の活動区域は、他の小国にもまたがり、偏狭の地にまで及んでいるからね。
子爵自身も、ここまで広がるとは思っておられなかったんじゃないのかな。
偶然のようだけれど、子爵には、色々なものが集まってくる。
あの方は、そんな吸引力をお持ちだ」
「キースも、子爵に近付いたし」
「ああ、今の所、クライトン会社が間に入っている。
この会社を通して問題に当たらせるらしい」
「キースは、この会社にヘッドハンティングされるのか?」
「いや、キースには今まで通り、自分の会社に残ってもらい、会社同士で事を運ぶみたいだ。
ここであまり派手に動いて、連邦側に悟られても困るからね。
一応、僕たちがカイから聞いた話を発端として、氷の惑星の映画を撮りたいから、その会社が間に入るって筋書きらしい。
連邦政府も、まだ、フィリアのことを知らないんだ。
カイも連邦政府から特別な任務を要請されていたから、複雑な問題があるって言うし。
まあ、これにも、子爵が関わっているかもしれないけれど」
「大変だね、まあ、カイはいいとしても、キースは連邦国側の人間だよ。
自国を裏切ることになるんじゃないの?」
「連邦側は、軍も関係しているんだ。
実際、誰がどこまで介入しているのか、誰を信用して良いのかも分からないらしい。
だからキースも、うかつにこの情報を連邦政府に報告できなかったんだ。
とは言うものの、スポンサーは必要だしね。
キースも馬鹿じゃないから、ちゃんと条件を出して、子爵も納得して合意しているみたいだ。
皇帝陛下や伯爵でさえ、まだこのことは御存知ないらしいよ。
まあ、僕らは救出作戦を立てて、その特殊撮影をし、話題をさらうってことだけだし・・・
僕としても、小難しい問題には関係したくないから、あまり首を突っ込みたくないんだ」
「同感だね。
僕は、いい映像を撮りたいだけだ。
ハリス、子爵はこれを利用して、君にもサーの称号を取らせるつもりじゃないの?」
「そうかもしれないね。
最も、子爵自身は、もっと上を望んでおられると思うけど。
いつまでも、伯爵の下で甘んじているような方でもないだろうし。
だから、プリンセス・アリアとの結婚も早くから根回ししてたんだ」
「結婚か~。
カイは自分を、ボランティアに明け暮れる皇帝陛下の末娘を押し付けられた、ただの大学の先生、ぐらいにしか思ってないんだろね」
「まあ、これが政略的結婚であることぐらいは知ってるさ。
それでも、まさか自分が、一族のための重要なキーポイントだなんて思ってないだろうね。
子爵は、その時が来るまで、カイに何も知らせるつもりはないらしい。
今は、プリンセスとの結婚式を無事に終わらせるのが先決だからな」
「カイが知ったら怒るだろうね、僕は、その時そこにはいたくないよ」
「カイが知ったとしても、彼のすることは何も変わらないよ。
実際、知りたくないかもしれないし、それこそ、『僕には邪魔だ』って言うかもね」
「ははっ、そうだな。
ところで、僕たちが救出するフィリアって眠りのお嬢様は、助け出された後、誰が保護者になるんだ?」
「それがキースの出した第一条件なんだ。
決定は、彼女を救出した後にするらしいけれど、一応、子爵はキースに一任することにしている」
「ってことは、子爵は、キースの条件を全部のんだのかな」
「キースも資金が欲しいから、そんなに難しい要求は出してないよ。
まあ、今のところはキースの狙い通りになっているけれど。
連邦政府がキースの条件を受け入れるとは思えないしね」
「受け入れないだろうね~。
受け入れたとしても、都合が悪けりゃ、すぐ手のひらを返したりするだろ?
支配者もころころ変わるし。
でも一応って、子爵にも別の考えがあるってことか?」
「さあ、まあ、あられるんだろうね。
もちろん、キースもそれくらい分かっているから、いろんな手は打ってるさ。
それに、ニキの立場がはっきりしてないことが、子爵にとって一番のネックになっている。
そんなに深い意味は無いのかもしれないけれど、もしあったら失敗する恐れがある。
子爵は今のところ、同意した方が得策と思っておられるんじゃないのかな。
それに、マザーコンピューターが選んだのは、ニキだけじゃない」
「どういうこと?」
「キースだよ。
キースをコーディネーターに選んだ理由も不明だ」
「そうだな。」
「とにかく、カイが取り組んでるユリア病の治療方法が確立しない限り、下手には動けないんだ。
秘密の多い事が、かえってキースの立場を良くしてるね」
「キースも大変だね~。
あの子爵を相手にだよ? 大丈夫かね。
ウォータープラネットでは、アプローズとか言うコンピューターにひどい目に遭わされたって言うし」
「ふふっ、良かったんじゃないか? 自分が、そんな相手に対面しているって分かって。
そのくらいで根を上げるとも思えないし、つぶされれば、それだけでしかなかったってことだ。
マザーコンピューターの方が、もっと手ごわいと思うよ。
アプローズぐらいで驚いていても仕方ないんじゃないのかな。
それにキースは、連邦政府には頼れなくても、連邦側の誰かにもコンタクトしているはずだ。
それも子爵と同じで、どこまで頼れるかどうかも分からない」
「キースも大変だね~。
つぶされたら、こっちで拾ってやるか?」
「さあ、たとえそうなっても、キースはこっちに頼るほど落ちぶれるとも思えないけど」
「・・・」
「何?」
「ハリス、君って、結構、いやなやつだね」
ハリスは苦笑いする。
バーディは、カイの番組の方へ目をやる。
「お、話しているうちに、カイとプリンセス・アリアのインタビューが終わりそうだ。
なんだ、カイも嬉しそうじゃないか」
「そうだな、例え政略結婚ではあっても、あの二人は似合ってると思うよ。
バーディ、カイをあんまり冷やかすなよ。
彼は、すぐにへそを曲げるんだから」
「う~ん、それは難しいね~。
冷やかさない方が、かえっておかしくないか?
日常会話みたいなもんだし」
「そうか! カイのあの性格の悪さは、君にいじめられた影響なんだ」
「ハリス、やっぱり、君はいやなやつだ」
二人は笑った。
そこへ執事が入ってきた。
「ハリス様、バーディー様。
ロード・ディフォーレストとサー・ナイジェルがお待ちです」
二人は立ち上がる。
「さて、氷の惑星・救出作戦の始まりだな」
「ああ、面白くなりそうだ」