51話 篭絡
凍りつくような灰色の空。
雲が、早い速度で風に流されていく。
白っぽい太陽が、雲に写っている。
その光から熱は感じられない。
凍ってしまった滑走路の上に、鈍い光を落としているだけだ。
震え上がるような風の中で、キースは、その光景を美しいと思った。
そして下を向く。
今、通り抜けたばかりの穴が、小さくなっていく。
それは完全にふさがると、あっという間に白く凍った。
すると突然、滑走路の表面の氷が歪む。
大きな音と共に氷が割れ、海水が渦のように押し寄せる。
滑走路全体が、潜水し始めたのだ。
そのすべては、ほんの数秒のことだったけれど、キースには長い時間のようにも思えた。
ケーブルは巻き上げられ、シャトル機に回収されたキースの体の表面は、真っ白に凍っていた。
ドアが閉められ、暖かい空気が、今までの寒さは嘘だったかのようにキースを包む。
「大丈夫か?」
ジェイクの問いに、キースは、手袋を取った凍った手を摩りながら答える。
「大丈夫だ、ニキは?」
カイは、ニキの傍らにいる。
「まだ意識はありませんが、安定しています。
このまま休ませます。
とにかく、早くヴェラムへ戻りましょう」
カイが答え終えた時、シャトル機は強い衝撃を受けた。
「何があったの!?」
ランが叫ぶ。
ジェイクが言った。
「海水が噴出している!」
皆は外を見る。
別の吹き上がった海水が、瞬時に凍る。
そして砕けた。
シャトル機は、急降下を始める。
「だめだ! 激突する!」
その時、シャトル機は黒い影に覆われた。
そして、ふあっと浮かぶ。
彼らの上には、見たことのない大きな黒い宇宙船がいた。
「タンカー船だ!」
アレックスから通信が入った。
「みんな、迎えに来たぜ!」
シャトル機は、タンカー船に回収され、エンジンを止める。
ドアが開くと、外には、アレックスとその他に数名が立っていた。
皆は再会を喜び合うが、カイだけは表情を変えない。
そして、アレックスの後ろにいる一人が言った。
「カイ様、お迎えに上がりました」
それらの人たちは、一目で帝国側の人間だと分かる。
「成層圏の外で、私どもの船が待っております。
そこへ移っていただきます」
ランとジェイクが驚いているのを見て、その男は言った。
「失礼いたしました。
私は、レオ・ノーフォークと申します」
「アレックス、どう言うことだ?」
キースが聞いた。
「レオの船が給水に来ていたんだな。
ヴェラムの外で待機していたんだけど、タンカー船を操縦するのを手伝ってもらったんだ。
タンカー船以外の船が惑星に近付けば、滑走路は潜水を早めるかもしれない。
とは言え、滑走路はタンカー船を呼んでないから自動操縦は作動しない。
こんな状態では、さすがにオレでも、一人でタンカー船を操縦できないからね」
「怪我人がいるので、今はそちらの船に移れない」
カイは、アレックスを無視するように答えた。
「では、私も一緒にヴェラムへ参ります」
レオは、そう言うと、表情を変えずにシャトル機の外へ出た。
皆は、その様子から、彼らの間に緊張が漂っているのを感じる。
アレックスは、無愛想なカイに言った。
「仕方が無いだろ?
もしかして、と思ってタンカー船で迎えに来たんだ」
ジェイクは、アレックスの肩をポンと叩くと言った。
「何言ってんだ、アレックス、迎えに来てくれて助かったよ」
カイはため息をつくと言った。
「そうですね。
アレックスが来なければ、今頃、シャトル機は、あの冷たい海に落ちていましたからね」
「おっ、嬉しいね~」
とアレックスは言う。
「てことは、ニキを怪我させたのも帳消しだな」
「それはどうかな?」
キースが言った。
「だいたい、なんだ? あの、アプローズってのは!?
もう少しで、あいつにしてやられる所だったんだ!」
「アプローズは、シールドを抑えるために戻ったんだよ!」
アレックスが答える。
「それも怪しいもんだ。
騙されたんじゃないのか?
大体、この救助作戦はなんだ!?
もっと、ましな考えはなかったのか!?
滑走路を爆破するなんて、とんでもないことをしてくれたもんだ!
出口は他にもあったんじゃないのか!?」
「捜す時間がなかったんだよ!」
「だから、思いつきでやることにしたってのか!?」
思いつき、と聞いて、アレックスは止まった。
「そうだ、カイの映画を見ていて、ふっと思ったんだ。
それをアプローズも見ていて・・・あれ?」
そう言ったアレックスは、キースと一緒に、カイを見る。
「まさか、僕のせい、と言うんじゃないでしょうね」
カイが言った。
「まあまあ」
そこでジェイクが言った。
「とにかく、全員、無事に戻って来れたんだから、いいじゃないか」
「そうだね・・・」
キースは考えながら言う。
「レオが現れたタイミングも良すぎる。
とにかくこれで、帝国にも、この惑星のことを知れたことになったって訳だ。」
「帝国ではなく、僕の父ですよ」
カイが言った。
「レオは、うちの家の者です。
父は、おそらく、何かを予測していたと思いますよ」
「あなたが知らせたの?」
ランが聞いた。
「いえ、アレックスが言っていたように、今回の仕事は、退屈なものになるはずでしたしね。
確かに僕は、探し物をしていましたが、ヴェラムに無ければ、それでも良かったのです。
そのことは、父には関係がありませんし、僕はヴェラムへ行くことすら知らせていませんでした。
それに、僕のことは干渉しない約束です。」
「干渉しないのに、プリンセス・アリアと婚約したって言うの?」
ランの言葉に、今度はアレックスとジェイクが驚く。
「それは別の問題で、これには関係ありません。
まあ、確かに、その条件を出しましたがね」
「条件? 結婚にそんな条件を出したの?」
カイは、答えたくないと言う風に目をそらす。
「とにかく、ヴェラムへ戻ろう」
キースが言った。