49話 廃墟
倒れた木々の向こうに、壊れた柱の残骸がある。
そこは森の終わりだ。
すると突然、今まで吹いていた風が止む。
音は消え、嵐も消え、静かになり、真空の、音のない世界に入ったような錯覚に陥る。
それはまるで、何かが風と音を吸い込んでしまったかのようだ。
森の終わりの境界線には、青いシールドが張られていた。
それは、風浪のように波打ち、その前に、美しい金髪の女性が立っている。
四人が近付くと、その女性は口を開いた。
「私はアプローズ。 シールドの一部です」
「ホログラムか?」
キースがそう言うと、アプローズはキースを見た。
そして微笑むだけで答えない。
それは、彼らを歓迎しているようであり、また、憂いているようでもある。
金色の豊かな髪がなびくと火花が散る。
その態度は挑発しているようで、キースを用心させる。
オリビアのホログラムも挑戦的だった。
「このシールドは、森の季節を分けるためのものです」
アプローズが言った。
「森の植物や昆虫、鳥は通り抜けることが出来ますから、あなた方も通れるはずです。
シールドの向こうは、すでに、マイナス・二十度になっています。
さらに温度は下がります。
急いだ方が良いでしょう」
そしてアプローズは、ニキを見る。
「もしあなた方が出られなければ、ここで一生、暮らすことになります」
「何だって!?」
全員は驚く。
「フィリアは、あなた方の願いをかなえたいと思っています。
ですから私たちは、その手伝いをしていますが、限界があります。
出られるかどうかは、あなた方次第でしょう」
「どう言う意味だ?」
キースが聞く。
アプローズは、うす笑いをしながら答えた。
「ここから出るのは、簡単ではありませんよ。
ニキは、大丈夫でしょうか?
具合が悪そうですが、ここに残った方が良くありませんか?
私たちは、ニキだけでも残って欲しいのですけれど」
それを聞いたキースは、『こいつは敵か?』と思った。
もしかしたら、ここのシステムは、まだ諦めてないのかも知れない。
「ジェイクが、あなた方と連絡を取ろうとしています。
ですが、シールドがそれを妨害しています。
ここを抜ければ連絡が取れるはずです。
何度か通すことは出来たのですが、私たちのシステムは、そのように出来ていません」
その時、マフィーが小さくないた。
キースはマフィーを見る。
「犬は凍りませんよ」
アプローズが言った。
「分かってる」
キースは答えると、皆に言った。
「防寒の準備をしよう」
キースは、ニキの防護スーツの襟から帽子フードを出して頭に被せ、温度設定をチェックする。
それをランも手伝う。
ニキの顔は青ざめていた。
はかなげで頼りない。
キースは、背後から、アプローズの視線を感じる。
そして、ここのシステムが、ニキを欲しがっていると思った。
全員は、防寒装備を整え、シールドに向かう。
アプローズが、それを見送りながら言った。
「チャンスは一度だけですよ」
キースは、シールドの中へ一歩を踏み入れる。
ブンと音がした。
一瞬、目を閉じる。
そして冷たい風を感じ、風の音が聞こえる。
目を開けると、そこには、まるで廃墟のような世界が広がっていた。
大きな柱の瓦礫があちこちに倒れ、風のうなる音と共に、何かがはじけるような音もする。
瓦礫は、少しずつ砕けているようだった。
「キース!」
ジェイクが呼んだ。
「ジェイク、いったい何があったんだ?」
キースは呆然としながら言った。
「出口をふさがれたんだ。
それで、もう一つのシャトル機を爆破して滑走路に穴を開けて、その下に瓦礫の山を作った。
今、ホイストケーブルの準備をしているから、ケーブルが届く所まで登ってくれ」
キースは、倒れた柱の先に、瓦礫の山があるのを見る。
上の方が明るい。
天井に穴があいている。
そこから、外の薄い光が下りている。
「分かった」
キースは、そう答えると、ニキを支えながら歩き出した。
ランとカイが後に続く。
マフィーも冷たい風を受けながら、キースの後ろを付いていく。
「ニキが怪我をした」
キースがジェイクに言った。
「ニキが!?」
「軽い脳震盪で、バランスが良くない。
バスケットストレッチャーを降ろせるだろうか?」
「それは出来るけど、急いでくれ。
このホイストケーブルは人用じゃないから、一度に大人二人しか上げられない。
瓦礫の山は、今は安定しているが、いつ崩れるかは分からないんだ。
こちらから、光ビームで登れるルートを導く。
天井の穴も、そう長くは開いていないだろう。
閉じたら脱出できなくなる」
「そうらしいね」
キースの声には力がない。
キースは後悔していた。
自分は、何て事をしてしまったのだろうと思っている。
初めから、システムはニキをおびき寄せていたのに。
それはフィリアを助けるためだったけれど、自分たちは彼女を助けることが出来なかった。
そしてシステムは、その代わりにニキを置いて行けと言っているかのようだ。
自分が、ニキをこんな所へ連れてきてしまった。
そしてニキは怪我をし、意識も朦朧としている。
ニキには、あそこを登れない。
そして、あのホログラム、アプローズは何だ?
あいつは、まるでそれを喜んでいるかのようだ。
もしかして、これも、あいつが仕組んだ事じゃないのか?
キースは、瓦礫の山まで行くと天井を見た。
天井の穴の向こうには、シャトル機が浮かんでいる。
あそこまで、ニキを連れて行かなければならない。
そして、ニキの青ざめた顔を振り返る。
「ニキには、ここを登るのは無理だ」
キースが言った。
「ニキを抱えて登る。
カイ、ランとケーブルを繋いでリードしてくれ」
キースは、自分のベルトからケーブルを引き伸ばしニキのベルトに付ける。
そして自分のジャケットでニキを覆い、ニキのケーブルで自分の背中に固定する。
最後に、キースはカイを見ると言った。
「頼む」
キースの言葉に、カイは笑みで返す。