44話 嵐
木々たちが騒いでいる。
風が吹き、鳥たちの姿はなく、あの大きな木も消えてしまった。
木の葉は擦れ合い、枝はざわざわと揺れ、木々は交互にうねりながら身をよじっている。
森を駆け抜ける風も鋭い音を立て、叫んでいるかのようだ。
それはまるで、冬の嵐の到来を告げるかのようで、何かが起こりそうな予感をさせる。
「森全体が、水の下に潜る準備をしているんだ」
キースが言った。
「空気が冷たくなってますね。
外の空気を入れているのかもしれません」
カイも言う。
彼らが森に着いたとたんに、今まで乗っていたエレベーターはその入り口を閉じ、消えてしまった。
すると突然、自然界に投げ出されたような不安感を覚える。
それまでの人工的な作りは、たとえ冷たい壁でも、保護されているような感じがあった。
ところが、この森も人工なのに、嵐のように吹き荒れ、まるで彼らを突き放したかのように思える。
それでも、この森を抜けるしかない。
前方に、二台の乗り物がある。
一台は二人乗り用ジープ、もう一台はバイクだ。
「マグネティックフィールドを利用した古い型のホバーバイクとジープだな」
キースは二台を確かめ、バイク用のヘルメットを取ると言った。
「ジェイク! これらに乗っていいのか?」
キースがジェイクを呼ぶと、ジェイクは全員に聞こえるように答える。
「ああ、それらは近くの倉庫から持ってきたんだ。
元々は人間用だが、ロボットが森の管理に使っているものらしい。
彼らは潜水の準備に忙しそうにしている。
だから、他の乗り物はすべて出払っているんだけど、その二台は修理中で残っていたんだ」
「故障しているの!?」
ランが聞く。
「細かな修理はまだ残っているみたいだけど、走るのに問題はない。
スピードもかなり出るから、早くこっちへ戻って来れるはずだ。
とにかく急いでくれ!」
「分かった!」
キースはそう答え、カイを振り向くと言った。
「カイ、このジープを運転できるよな」
カイは、ため息をつく。
「またですか」
と言ってジープに近付き、それを調べると言った。
「できますよ。
この前のよりは、ましですね」
キースは、ニヤッと笑うと、冗談交じりに言う。
「君はロードバイクにしか乗らないから、ジープの方がいいだろう?」
カイは座席に座り、シートベルトを着け、計器類を確かめながら言った。
「本当は、車なんて運転したくないんですけれどね」
「心配するな。 これが最後だと思うよ」
「だといいですがね。
ハリスとバーディーがいる限り分かりませんよ。
この前も、そう言われていたのに、とんでもない目に遭わされ、ひどいジープを運転させられましたからね」
ランは、その会話を聞きながら「ん?」と思う。
「マフィーは、ジープの荷台にあるトランクの中に入れよう」
キースはそう言ってマフィーを抱き上げると、荷台の箱の中に入れる。
マフィーは「クーン」と泣いてキースを見るが、蓋はすぐに閉められた。
下手に声を掛けると、犬はかえって心配するので何も言わない。
「ランは、カイと乗ってくれ。
ニキは僕とバイクに乗る。
一人乗り用だから、軽い方がいい」
とキースが言うと、ランは、
「悪かったわね、重くて。 二児も生めば体系は変わるわよ」
と言って、ジープに乗りながら、ニキを振り返る。
「ニキ、キースとの相乗りを楽しんでね」
ニキは、それを聞いてはっとする。
そうだ、ホバーバイクに相乗りするんだ!
そして、キースと!?
ニキは、バイクは自転車しか乗ったことがない。
しかも子供用のだ。
ホバーバイクになんて乗ったことはないし、ましてや相乗りなんてしたこともない。
後ろに乗るのは、運転するより怖いと誰かが言っていた。
おまけに、ここは道路のない森の中だ。
できれば自分も、狭くてもいいから、マフィーと一緒にトランクの中に入れてもらいたいと思う。
「ニキ! 早くしろ!」
またキースに怒鳴られて、ニキは緊張のあまり、右手と右足が一緒に出てしまった。
渡されたヘルメットを被り、持っていた手袋をはめ、キースの後ろに乗る。
一人乗り用だから座席は窮屈だ。
出来るだけ、キースには触らないように座る。
「しっかり掴まってないと振り落とされるぞ!」
エンジン音と共に、キースが怒鳴る。
二台は、エンジン音を大きく立てると発車した。
風は強くなる一方だ。
空気も、どんどん冷たくなっていく。
道のない森を走る二台は、付かず離れずしながら先を急ぐ。
突然、ジープが減速し始めた。
キースたちは、すぐに視界から消え、ジープは取り残されていく。
「なんだか障害物を探知する計器がおかしいような・・・」
とカイが言った。
「えーっ!? ちょっと見てみる」
とランは言うと、計器を調べる。
「壊れてる。」
そして、ジェイクを呼ぶ。
「ジェイク! 計器が故障しているわ! どうにかならないの!?」
ジェイクはすぐに答えた。
「ラン、無理だ!
こっちも、新たな問題が起きた!
そっちで何とかしてくれ。
とにかく、無事を祈る!」
と言うと、ジェイクの通信は途絶えた。
「切れちゃった」
ランは、カイを見ると言った。
カイは障害物探知機を切り、手動に切り変える。
「よくつかまってて下さい」
そう言うと、ジープは大きく傾いた。
「あ~!」
ランはシートベルトとダッシュボードを掴みながら叫ぶ。
ジープは前方の木をよけると、今度は反対側に傾いて次の木をよける。
そしてスピードを上げた。