38話 コクーン
樹洞の中はひんやりしていた。
細長い通路は、ゆっくりとした下り坂になっている。
通路は、緩やかに弧を描いて降りているようで、しばらくすると、自分がとちらの方へ向かっていくのか分からなくなる。
自分たちの足音だけが響いている。
その人工的なつくりは、今まで森の中にいたのが信じられないくらいだ。
それでも閉塞感はない。
しばらくすると、風のうなるような音が聞こえてきた。
通路の片側は、透明な壁に変わっていく。
その向こうには広い空間が広がっていて、彼らの歩いている通路はその空間を回るように降りているらしい。
そこから底の方を見る。
下には、乳白色の巨大な丸いものがあった。
「まるでコクーンみたいね」
ランが言った。
「あそこまで歩いて降りるとすれば、一時間は掛かりますね」
カイもそれを見ながら言う。
すると、突然、壁の一部が開いた。
ドアになっていたらしい。
マフィーはそこへ入っていく。
皆も、その後をつける。
その先には幾つかのドアがあり、マフィーをそのドアの前に座った。
「またエレベーターか」
とキースは言うと、床を調べる。
かすかに、マフィーの足跡が残っている。
それは、森の中で土に汚れた今の足跡とは違う。
「マフィーは、ここから出てきたようだな」
ドアには何のスイッチもない。
「これも、ニキの声で開くのかな」
それに対して、ゾーイが答えた。
「声だけでは不十分です。 パスワードが必要です」
「私は、そんなパスワードは知りません」
全員は、そう言うニキを見た後でドアを見るが、それは開かない。
「そうらしいね」
キースはため息をつく。
「ゾーイ、パスワードが何なのか分からないのか?」
キースは、だめもとで聞いてみる。
ゾーイはそれに答えようとして、動きを止めた。
ランがゾーイを調べる。
「壊れたんじゃないわ。 ものすごい量の情報が入ってきてる。
情報処理が終わるまで、返事は出来ないみたいね」
ゾーイは、申し訳ない、とでも言うように皆を見る。
「仕方が無い。
ここまで来たんだから、そんなに難しいとも思えないけど」
すると、マフィーが吠えた。
ニキが思いついたように言う。
「あ、もしかして、パスワードって、マフィーのご主人様の名前?」
「フィリア?」
カイとランが同時に言った。
ニキは驚く。
「どうして、フィリアって・・・?」
そのとたんに、エレベーターのドアが開いた。
マフィーは、そこへ入って振り返り、皆を見ると吠えた。
「マフィーは、この施設を良く知っているようだね。
まるで、ここに住んでいるみたいだ」
キースは、そう言いながらエレベーターの中に入ると、マフィーの頭を撫でる。
エレベーターは全員を乗せると降下する。
ランは、マフィーを見ながら言った。
「確かにマフィーの愛くるしさは救いね。
実際、こんな所まで来て不安にな」
「皆さん、まだ何か隠していることはあるんじゃないですか?」
ランをさえぎって、ニキが言った。
キースが慌てて答える。
「隠してることはないよ。 僕は、もう全部話したんだし。
もし、まだ何かあるなら、僕の方が知りたい」
「あら、そうかしら? ニキのことが気になっていたのを隠していたくせに」
そのランの言葉にニキは驚き、キースは絶句する。
ランはそれを無視して話を続けた。
「私だって、マフィーの持ち主がフィリアだとは知らなかったのよ。
元々、フィリアが犬を飼っていたのも知らなかったんだし。
フィリアの名前は、ちょっと調べれば分かることよ。
他に知っていることと言えば、あまりにも突拍子もないことだったし・・・
私、ヴェラムの持ち主を調べたって言ったでしょう?
調べたって分かるはずは無いのよ。
ヴェラムどころか、このウォータープラネットは、モーリスとオリビアの一人娘フィリア・キャンベル所有のままよ」
その時、エレベーターは減速し、止まるとドアが開いた。
全員は、外へ出る。
そこは、左右に通路が延びていて、その他はなにもない。
マフィーは、一方の方へ行こうとするが、全員はそこから動かない。
ランはそのまま続ける。
「おまけに、財団すべての相続権は彼女にある」
「二百年もか?」
キースが聞く。
「正確には、百六十年。
ちょうど、ビアトリス大学が創立されたころ。
そして、ヴェラムの十年ごとの管理整備が始まったころね」
「いや、本人の死後も遺産相続をしないこともあるから、ありえないことではないと思うけど。」
「じゃあ、これは知ってる? フィリアの死亡証明書は存在しないって」
「死亡届けは無かったってことか?」
「さあ、とにかく、それを証明する記録がないの」
「当時は、宇宙植民地時代の末期だったし、記録が紛失したのかもしれない。
あれから、政治体系も変わっているし、その際に失われたとも考えられる」
「もし、フィリアが死んでいないとしたら・・・?」
カイが言った。
「どういうことだ?」
キースは、カイを見ると聞いた。
「僕も疑問に思っていたのです。
もしフィリアが、マフィーと同じように冷凍保存されているとしたら・・・」
「生きた人間を冷凍保存することは、禁じられているはずだ」
キースが言った。