36話 森の大きな木
ニキは、森の中心にそびえ立つ大きな木を目指して歩いている。
その木は、木々の間から見え隠れしながら近付き、ついにその全景を現した。
それは森のどの木とも違い、木の幹は太く、あちこちに樹洞を作りながら上へと伸びている。
枝を天井に広げ、森の木々を覆う姿は、母鳥が大きな翼を広げ、蜷たちを守っているかのようだ。
キースの横を歩いていたマフィーは、その木に向かって走り出す。
木の周りには鳥たちが飛び、枝の間から現れたり、またそこへ消えたりしている。
ホログラムの木なのに、枝に止まり休んでいる鳥たちもいる。
キースは、その木に近付くと幹に触った。
普通の木のような感触がある。
「ニキがヴェラムで感じた時と同じパルスウェーブが出ています」
カイが、スキャナーを見ながら言った。
「と言うことは、この感触はイルージョンなんだ」
とキースは言って、自分の手のひらを見る。 そして、その手を握り締める。
カイは、はるか上、枝に止まっている鳥たちを見た。
「なぜ、あそこの鳥たちが止まっていられるのかは疑問ですけれどね」
「天井から、止まり木のようなものが吊るされているんじゃないのか。
それがホログラムの枝と重なって見えるのかもしれない」
キースも天井を見上げる。
「なぜそこまでする必要があるんです?
この木は、我々をここに導くためだけのものでしょう?」
そのカイの質問に、キースはおどけたように答える。
「ここは普通じゃないんだ。
ニキのおとぎ話にはぴったりじゃないか」
ニキもその木に近付くと幹に触り、両手で抱き、頬を寄せ、目をつぶる。
木の匂いがする。
それもイルージョンなのだとは分かっている。
それでも、この木が立っている所に自分がいる。
もちろん、ここに花園はなく、女の子もいない。
それは話の世界だけのことなのだ。
ここへ来る本当の理由はまだ分からないけれど、来れただけでも嬉しいと、ニキは感謝する。
そして、後ろから視線を感じた。
キースが真剣な顔をしてこちらを見ている。
「何も変なことはしていないはずだけど・・・」と不安に思う。
ニキは、キースを見ないようにして、ゆっくりと木の裏側へ回った。
その二人を見ていたランは、
「たががはずれちゃったかな~」
と言いながら、ニキの後を追う。
キースは、はーっと深くため息を吐いてうつむいた。
視界にマフィーがいる。
マフィーは、人が入れそうな大きさの洞の前に座ってこっちを見ている。
それは、その中に入れとでも言っているかのようだ。
おそらくマフィーは、ここから出てきたのだろう。
これでは、ますます、おとぎの世界ではないか。
そこはレーザースキャナーでも読み取れない。
中に何があるのか分からない以上、入るわけにはいかない。
ジェイクとも連絡がつかない。
それに今は、ニキのことが心配で仕方がない。
額をぶつけて、かすり傷だけだったのに、もう遠くで見守ることが出来なくなっている。
これからどうしよう。
それに、「お父さん」とも呼ばれた。
しかも、二度目は、寝ぼけていたとしても顔を直接に見てだ。
ショックで理由を聞く気にもなれない。
このまま父親の影に徹して、やり過ごす方が楽ではないか?
いや、集中しなければ、今はそんなことを考えている場合ではない。
と、キースは頭を振る。
「自分でニキに確かめろとは言いましたが、こんなやり方ではありませんよ」
カイが言った。
「心療内科は専門ではありませんが、診ましょうか?」
マフィーを見ていたキースは顔を上げる。
「冗談がきついよ」
キースは気力なく言う。
「とにかく、ジェイクと連絡が付くまで待とう。
歩き続けていたし、少し休んだ方がいい」
「そうですね、向こうの出方を待ってみるのもいいでしょう」
「カイ、たまにはいいことを言うね」
キースは、笑いながら言った。
ニキは、両手を伸ばし、木の幹に付け、上を見ていた。
「上には鳥がいるから気をつけた方がいいわよ」
ランが言った。
「落し物があるかも」
ニキは笑う。
「落とされたことがあるんですか?」
「危うくだったけど。
子供の頃、危ないから道の真ん中を歩かないようにって言われてたのよ。
それで端を歩いていたら、真ん中をバシバシッてね」
「鳥の糞が落ちてきたんですか!?」
「そう、群れを成して飛んでいたらしくて集団で。
あの時は、親の言うことを聞いてて良かったと思ったわ。
まあ、ちょっとズレていれば、道の端でも被害には遭ってたでしょうけれど。」
ニキはまた笑った。
「お父さんのことは、覚えているの?」
ランは、ニキと木を離れながら聞いた。
「いいえ、あまり覚えていないんです。
母が悲しそうにしているのは良く覚えているんですけどね。
母は笑っても、心から笑わなかったんです。
あ、でも、学校の先生をしているので、生徒といる時は良く笑っています。
父のことを思い出さなくてすむからでしょうね」
そしてニキは、片手を胸に当てる。
「ここ。 ここに、何かがあるような気がしてならないんです。
何なのかは分からないんですけれどね。
ヴェラムのチームに選ばれた時、もしかしたら分かるかもって・・・」
「分かるんじゃない?」
ランは、木を振り返ると、横たわっている木の上に座った。
「そうかしら?」
ニキも隣に座りながら聞く。
「だから、あなたはここに来ているんでしょう」
そうして二人は、それ以上何も言わずに、その大きな木を眺める。
ゾーイは、そんな四人を、離れた所からじっと見つめていた。
その目の奥で、何かが動き始めている。