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ウォータープラネット  作者: Naoko
35/56

35話 朝の森

 ブン、ブーンと音がする。

ニキは目を開けた。

あたりは乳白色で明るい。

一瞬、目を細める。

そして再び目を開けた。

小さい何かが、音を立てながら、空中に止まっている。

ニキと目が合う。 

すると、それは、どこかへ飛んでいってしまった。

ニキが聞いていたのは、ハチドリが飛ぶ音だったのだ。


 「朝だ」とニキは思った。

空気は冷たく、辺りには霧が立ち込めている。 

そして自分が、昨夜の焚き火の近くで、毛布に包まって寝ているのに気が付いた。

厚手の毛布の上には朝露が降りたらしく、小さな水滴がきらきらと光っている。

ニキは頭を上げる。

火の気の残る薪から出た煙が昇っている。

いつ眠ったのか覚えていない。

「疲れてたんだ。 夢も見なかったみたい・・・」そう思いながら体を起こし、そのまま、ぼーっと座り込む。


「ニキ、紅茶を入れようか?」

ランが声をかけた。


 焚き火に薪が加えられ、再び、火が燃えている。

薪は湿っているせいか、煙の量が多い。

ニキは、ちろちろと燃える火を見ながら、毛布に包まったままで紅茶を飲む。

吐く息が白い。

そして自分の首に手をやる。


 「首がこってるの?」

ランが聞いた。

「ん~、大丈夫です」

ニキは首を回しながら答えた。


 「よく土の上で眠れるわね。 私は、ケビンの中で休ましてもらったわ。」

「いつ寝たのか覚えてないです」

ニキの答えにランは笑いながら言った。

「あなたたち、ずーっと焚き火を見ていたのよ」

「あなたたち?」

「キースよ。 覚えてないの?」

ニキは思い出そうとするが、覚えていない。

「皆と一緒にいたのだけしか覚えてないです」

ニキはそう答えた。


 そこへ、キースとカイが戻ってきた。

マフィーも一緒に、辺りを調べていたのだ。

「この霧はかなり深い。 晴れてから出かけよう」

キースはそう言うと、ランから紅茶を貰い、焚き火の近くに座る。


 「この森は、雨は降らないらしい」

「でしょうね~。 そんなスプリンクラーシステムはなさそうだったもの」

ランが言った。

「その代わり、霧の湿気で森を潤すらしいね。

蒸気霧のようなものだと思うよ。

だから、空気が冷たい」

「この霧はいつ晴れるの?」


 「あと半時間ほどで晴れ始めますよ」

カイが答えた。

ランはカイを見る。

キースは、ふっと笑うと言った。

「じゃあ、出かける準備を始めた方がいいな」


 カイは、近くの小川から汲んできた水を薪の残り火にかける。

その間、キースは、簡易食をマフィーに食べさせていた。

「そんなもん食べさせていいの?」

ランが覗き込みながら言った。

「ああ、これには良質のプロテインが入っている。

マフィーが何を食べていたのかは知らないけどね。

犬の消化器官は、人間ほど野菜や果物を消化できるように出来ていないんだ。

野菜ばかりじゃ、マフィーも力が出ないだろう?」

「ふーん、優しいのね。」

「ま、食べ慣れてないから、お腹を壊さないといいけれど」


ランは、辺りを見る。

木々の姿が前よりはっきりしてきた。

「カイの言うとおり、晴れ始めたわ。 彼は気象にも詳しいの?」

「その知識はあると思うけど、経験から言っているんじゃないのかな。

よくキャンプしてたらしいし」

キースはそう言って、マフィーに最後のキューブを食べさせると立ち上る。

「出発だ」


 しばらく歩くと、霧は晴れていった。

前方に、傘のように天井を覆っている大きな木が見える。

「あんな大きな木、前からあったっけ?」

ランが言った。

「いや、あれは、ホログラムだ。

あれだけ大きく育つには、千年ぐらいかかるはずだよ。

この森は設置されて二百年も経っていない。

それに、突然現れたってことは、僕たちにそこへ行けってことなんじゃないかな」


 「あれが、ニキの言っていた森の中央の木だとしたら、目的地も近いってわけね。

ところで、ジェイクには連絡がついたの?」

「いや、まだだ。

最後の連絡は、この森に入って少ししてからだったから、もうそろそろ連絡が付いて欲しいんだけどね」

そう言いながらキースは先頭を歩き続ける。


 ニキもその木を見ていた。

それはまだ先で、木々の間からしか見えない。

そして、何も言わず皆の後に付いて行く。


 霧が晴れた朝の森は、空気まで新しくなったようだ。

その湿り気の残る、ひんやりした感じが気持ちを高揚させる。

それに、これから何かが始まる、と言う期待感もあった。


 それと共に、ニキは、昨夜の感触が忘れられないでいる。

それはまるで、子供の頃に思い巡らした世界に迷い込んだようだった。

焚き火の美しさ、薪の燃える匂い、その音すべてが夢のようにも思える。


 そう言えば、小さい頃、どこかで焚き火を見ながら夜を過ごしたことがあった。

父がそばにいて、母が・・・あれは、家? いやケビンだったかのしれない・・・

自分は母に、もう遅いので、中に入って寝るように言われたんだ。

それなのに、まだ火を見ていたくて泣いて・・・そしたら、父が許してくれて・・・

あんな風に寝たんだ。 毛布に包まって。

お父さんの暖かい手が、私の額に触ったあの感触が、まだここにある、とニキは自分の額に手を当てる。

そして、次の瞬間、思った。


 いや、違う、あれは夕べだ。

誰かが、私の額に触った? それは、手のひらと言うよりは、指でそっと・・・

その時、ぼんやりと誰かを見たような気がする。

キース? そして、私は何かを言った?


 思い出せ、思い出すのよ、とニキは集中する。

そう、マフィーを探そうと走っていた時も、淡い光を背に、人が歩いてくる姿を見て呼んだんだ。

「お父さん!」 そうだ、そう言ったんだ、夕べも「お父さん?」って。


 ニキは、急に、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。 そしてうつむく。

私はキースを「お父さん」って呼んだんだ。 


 なに? 私、子供? もう社会人なのに!?

大体、お父さんのこともよく覚えてないのに、今まであまり考えることもなかったのに。

ジェイクだったらよく分かる。 それを似ても似つかないキースを!?

どうしよう! 何て謝ろう? 

あなたをお父さんと間違えました、なんて言ったら、かえって傷つけてしまいそう。

キースはまだ若いのに。

それに私は、カイが額を触ろうとした時、その手を払いのけている。

カイは私を心配してくれていたのに。

あれも、すぐに悪かったと思ったのに。

キースには触らせて、それで、お父さん?

そう、私は二度も、キースを「お父さん」と呼んでしまったんだ!


 ニキは気が動転して、もう、他のことは考えられない。


 「ニキ! 危ない!」

突然、ランが叫ぶ。

それと同時に、ニキは、倒れ掛かっている大きな木に額をぶつけた。


 ニキは地べたに座り込み、ランに顔を拭いてもらい、額の擦り傷にクリームを塗ってもらう。

手鏡を持っているが、今は、自分の顔を見たくない。

これじゃあ本当に子供だ、とニキは情けなく思う。


 キースはその横に立って、ニキを見下ろしている。

ニキは、ちらっとキースを見た。

キースは怒っている。 かなり、怒っている。


 「何で、しっかり前を見て歩かないんだ!?

森の中は危ないと言ったはずだ!

緊張感がない! なさ過ぎる! 昨日も急に走り出したりしただろ!?」


 その声に、ニキはびくっとする。 そして、思わず出た言葉は、

「ごめんなさい! 二度も、お父さんって呼んでしまって!」

だった。


 ランは、へっ?という顔をし、カイは、笑うのを堪えきれずに先へ歩き出す。

キースは、それ以上怒れない。

「とにかく、僕の横を歩いてくれ。 もうこれ以上、問題は御免だ」

ニキは、自分の言ったことに、さらに落ち込み、ゆっくりと、まるで仕方が無い、とでもいう風に立ち上がる。


 ランは、キースに近付き、こそっと聞いた。

「ねえ、一度目は知ってるけど、二度って?」

キースは不機嫌な顔をしてランを睨む。

ランは、それ以上、何も言わない。


 歩きながら、ニキは気が重くなっていた。

キースに怒られても仕方がないと思う。

今は必要以上に気を使われて、ちょっとしたことでも手を出されて支えられる。

これじゃあ本当に、小さな女の子を気遣う父親のようだ、とため息が出る。

しかも、キースは不機嫌なままだ。

そして、ふと思った。

キースは、なぜ、私の額に触れたんだろう。


 キースも、自分の内にある動揺を無愛想な表情で隠そうとしていた。

ニキは夕べのことを覚えていたんだ、と思うと、やはり気が重い。

あれは、思わずやってしまったことなのだ。

触れるつもりはなかった。

いや、額にちょっと触れるくらい大したことではない、とも思い直す。

子供じゃあるまいし。

それなのに、自分の中に、どうしようもない気持ちがこみ上げてきて、何とかそれを抑えようとする。

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