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ウォータープラネット  作者: Naoko
32/56

32話 小鳥

 「三十五メートル先に、ケビンがあります」

ゾーイが言った。

キースはゾーイを振り返る。

「歓迎されているみたいだな」


 そのケビンは新しく、今生えた、とでもいう風に森の中に建っていた。

ドアを開けて中に入る。

そこには毛布が置いてあり、果物や野菜などが入っているバスケットもあった。

新しい木の香りと共に、果物の甘い香りも漂っている。


「ベジテリアンって訳ね」

ランが言った。

「私たちも簡易食を持ってきているし、これで十分でしょう」

ランは果物の一つを取ってかじる。

「あら、美味しい」

と言うと、もう一つを取りニキに渡す。


 キースとカイは、外を調べてみる。

ケビンの回りには、踏み固められた後があった。

「ロボットが緊急に用意したみたいだな。 今の所、僕らはお客様って訳だ」

「それが続くといいですね」

「そうだな・・・

さて、夜は気温が下がるかもしれない。 薪を拾った方がいいな」

「私も行きます」

とニキは言い、キースとカイの後に続いた。



 森の中は静かだった。

今までの、先へ急ぐように歩いていた時とは違い、森の、遅い午後の穏やかさを感じる。

それはまた、長い間、人に訪れてもらえなかった寂しさのようでもある。

今まで誰にも知られることなく、誰にも見てもらえなかったのだ。

ふとカイは、ニキが背中を丸くして、しゃがんでいるのを見つける。

何かを埋めているらしい。


 「何をしているんですか? 迷子になりますよ」

ニキは振り向く。 

「小鳥の死骸を埋めていたんです」

そう答えたニキの手は汚れている。

カイは、小鳥を埋めたことについては何も言わず、近付きながら言った。

「近くに小川があります。 そこで手を洗いましょう」


 カイはニキの前を歩いていく。

その背中を、淡い木漏れ日が差している。

もはや真昼の明るさではない。

光は、まるで自然の太陽が沈んでいくように、片方から、徐々に落ちていくらしい。

そして、光が薄くなればなるほど、森の色は鮮やかさを増していく。

ニキは、カイの後を付いて行きながら黙っていた。 カイも何も言わない。 

それは、ニキにとって自然に思え、心地よかった。


 少し歩くと、水の流れる音が聞こえた。 

ニキは小川で手を洗う。

そして、目に入ってきたキキョウの花をじっと見つめる。

カイは、そんなニキが小鳥のように思えた。 そして声をかける。

「きれいなキキョウですね。 それも薬草ですよ」

ニキは振り向く。 

「じゃあ、この花も薬草ですか?」

ニキは、別の花を指差した。


「スウェルチア・ジャポニカ、センブリとも言います。 スウェルチアマリンと言う苦味成分を含み健胃効果があります」

「これは?」

「カルド・ベネディクト、それも苦味があって、強壮剤、感染症や外傷治癒に使います。

「これは?」

「モナルダ・ディディマ、沈静作用のあるオスウィーゴ茶として飲みますが、芳香が似ているのでベルガモットとも呼ばれています」

そしてニキは立ち上がると、近くの木に近付きその幹に触って言った。

「これは?」

「マグノリア・オボバタ、もう花は終わってますね。 ホオノキとも呼ばれて、葉に殺菌効果があります」

「じゃあ、これは?」

「カエノメレス・なんとか、かりんの木です」

「こっちは?」

「クラタエグス・かんとか」

「なんだか、面倒くさくなっていませんか?」

ニキが言った。


 カイは、苦笑いする。

「そんなことは無いです。 記憶を確かめる良い機会ですから。

ただ、こんな風に、学生たちにもテストされるんですが、しばらく続けると飽きてきてくるらしいんです。

それで、いつ終えられるか、お互いに探り始めるようになります。

ですから、そろそろ潮時かなって・・・」

ニキは笑った。


 「良く植物を知っているんですね。 薬草の方も専門なんですか?」

「いえ、違います。 名前と効能をちょっと知っているだけです。

学生の頃、試験の前の晩に確認をしていたら、面白くなって、そのまま本を一冊覚えてしまったんです。

気がついたら朝になっていて、少し仮眠を取ってから試験を受けに行きました」

「え~っ!? 大変じゃなかったですか?」

「まあ、ちょっと困ったことにはなりましたけどね」

「試験は? 大丈夫だったんですか?」

「ああ、試験は問題ありませんでしたが、帰りのメトロの中で寝てしまい、駅を降り損ねてしまったんです。

大学前のメトロは環状線ですから、時刻表を確かめてアラームを設定し、そのまま寝て一周することにしました。

昼過ぎで、さほど混雑していませんでしたしね。

あの適度の揺れとざわつきが気持ちいいんですよ」

ニキは、また笑う。


 「私も降り損ねたことがありますよ。 あわてて乗り換えましたけどね。

今でもメトロ通勤ですか?」

「いえ、忙しくなったので近くに引っ越しました。 今では自転車に乗っています」

「車には乗らないのですか?」


「あ~、車ですね~。

車は、古いのや壊れかけたのばかりを運転させられて、修理までして、不便だと思ってしまったのかもしれません。

それで新車にしてもらったんですが、今度はレモン車に当たってしまって」

「レモン車?」

「すっぱい車、つまり不良車です。 僕は、車とは相性が悪いのかもしれませんね。

だから自転車です。 健康にもいいですし」


ニキは笑いながら、カイは帝国から来ているけれど、さほど裕福ではない苦学生だったに違いないと思った。

それでまともな車には乗れなかったのだ、と思うと親近感を覚える。


 「とにかく、薪を集めて戻りましょう。 もうすぐ暗くなりますよ」

カイが言うと、ニキは元気に薪を拾い始めた。

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