29話 マフィー
その白い犬は、さほど大きくはなく、毛はふさふさしているが堅そうな直毛で、耳がピンと立っている。
そして、少し離れた所に立って、こちらの様子をじっと見ている。
「ホログラムじゃない、生きている犬だ」
ジェイクが言った。
キースが前に出ると、犬はびくっとして後すざりするが、逃げようとはしない。
キースは片膝をついて身を低くすると、手を垂らし、リラックスして犬を見ないようにする。
しばらくすると、犬はキースの横側へ回り、少しずつ近付き、キースの手の甲の匂いを嗅いでから、ちょっと舐めた。
キースはその手で、犬の顎の下辺りを優しく撫で始め、反対の手をゆっくりと犬の耳の後ろに当て、撫でる。
犬は、気持ち良さそうに首を伸ばし頭を下げ、警戒を解いていった。
「マフィー」
キースがそう呼ぶと、犬は嬉しそうにキースを見上げる。
「お座り」
と言うと、マフィーは座った。
「いい子だ」
キースは、そう言って マフィーを抱き上げ、皆の所へ連れていく。
「十キロぐらいの重さのオス犬だな。 年は二~三歳くらいだと思う。
首輪は付いているし、訓練もされているみたいだ。
足と腹の部分が汚れている。
森から出てきたと思うけど、体はさほど汚れていないから、森に住んでいるとは思えないな」
「じゃあ、どこから来たのかしら?」
ランはそう言って、恐る恐るマフィーを触ろうとする。
マフィーは、警戒して首をすくめた。
「ラン、君が怖がっちゃだめだよ。 それから、頭には触らない方がいい」
「どうして?」
「君だって、知らない人が、急に自分の目の上に手をやったら驚くだろ?」
ランは少し考えると言った。
「そうね。 いやな気がするわね」
「頭は、慣れてから触るんだ」
とキースは言ってマフィーの頭を撫でた。 マフィーは嬉しそうに目を細める。
ジェイクもやってきて、マフィーの背中をガサガサと撫でる。
「キースが犬を扱えて良かったよ」
マフィーは下に降ろされると、それぞれの人間に挨拶をしに行った。
特に、ニキの匂いを熱心に嗅ぐ。
「私、猫を飼っているから、その匂いを嗅いでいるのかしら?」
「かわいこちゃんとでも思ってるんじゃないのか?」
とジェイクは笑いながら言った。
「ジェイク、粋なことを言うじゃない。 でも変だわね。 飼い主はどこ?」
ランが言う。
「これは生身の犬よ? 百年以上も生きているなんて考えられないわ」
そこで、ずっと考えながら黙っていたカイが、独り言のように言った。
「冷凍保存・・・」
「えっ?」
「この犬は、冷凍保存されていたのかもしれません」
そこで、ジェイクの目は急に明るくなった。
「そうか! それだったら納得がいく。
ヴェラムで見た赤いランプは、この犬が、冷凍睡眠から目覚るのと関係があったのかもしれない。
あの後で、キースが感じた犬のホログラムも、この犬だったんじゃないのか?」
そこでキースも、その感触を思い出す。
「そうだ! こんな感じだった」
「と言うことは、ニキが言うように、この犬は道先案内人と言う訳か?」
ジェイクは少し考えると、キースの方を向いて言う。
「君たちは行ってみるかい?」
キースもジェイクに答える。
「どうやら、そうなりそうだ」
そして、マフィーを見る。
「マフィーが現れた以上、このまま、ここを去るわけにはいかなくなってしまったからね。
もし、マフィーが冷凍保存されていたのだとしたら、その理由を知りたい。
少なくとも、今のままでは、マフィーをここから連れ出していいのかどうかも分からない。
マフィーの性格からしても、良く可愛がられていたらしいし、こんな犬がここまで来れたってことは、森はさほど危険じゃないってことだしね。
それに、ニキは行きたいと言うし、カイも行きたいんだろう?」
「もちろん」
カイは答えた。
キースは、今度はランに聞く。
「ラン、君はどうする?」
「行くのは当たり前でしょ?
キース、あなたが言うように、このチームがニキを中心として組まれたのだとしたら、私にもその役割があるはずよ」
それに続いて、ジェイクは言った。
「私は、ここに残るよ。
足を傷めているから遠くへは行けない。 君たちの足手まといにもなりたくないしね。
私は、ここで、もっと情報を得られないか試してみるよ」
ジェイクの言葉に、キースは嬉しそうに答える。
「それは、助かる。
僕らは分からないことだらけだから、少しでも情報が欲しい」
「ゾーイは君たちが連れて行くといい。
まだ、この先はブロックされていて通信が出来ないから、ゾーイの通信能力を増加させよう。
それを媒体にすれば、連絡し易くなるかもしれない」
そうジェイクは言いながら、ゾーイを修正する。
マフィーは、少し離れた所で、もう待てないとでも言うように、吠えたりジャンプしながら皆を誘う。
それを見ながらキースは言った。
「では、これから出発する」