28話 白い犬
ニキは走っていた。
白い犬、白い犬を見つけなくては、とそれだけしか頭にない。
そうであっても、白い犬なんてどこにもいない。
それなのに、ただひたすら奥の方へと走っている。
いや、どこを見ても同じような柱ばかりで、自分が本当に奥へ向かっているのかすら分からない。
前方に誰かがいる。
あれは・・・
「お父さん!」
とニキは叫んだ。
そしてすぐに、それはキースとカイであることに気付く。
その瞬間、自分の中で何かがはじけたような気がして、急に足が重たくなる。
それでも体はそのまま前へ行こうとするので、足がもつれて倒れていくのだけれど、それをまるでスローモーションのように感じる。
キースが倒れようとするニキを受け止めた。
「どうしたんだ?」
キースが驚いてニキに言った。
ニキは顔を上げ、キースを見ると、急に体から力が抜け、そこに座り込む。
後ろから追いかけてきたランが言った。
「ニキ! 大丈夫!?」
ニキは肩で息をしながら、うつむいているだけで、それには答えない。
カイが、そんなニキの額に手を当てようとする。
「大丈夫です」
ニキはそう言って、カイの手を振り払った。
「ラン、何があったんだ?」
キースが聞くと、ランは息を荒くしながら答える。
「私も知りたいわよ。 ニキが急に走り出したの。 白い犬って言って」
ニキはそれを聞くと、自分は何をしているのだろうと思った。
顔を上げ三人を見ると、急に恥ずかしくなり、何と言っていいのか分からず目頭が熱くなる。
その時、ニキに出来たのは、涙目でも笑って見せることだけだった。
「戻りましょう」
ランはそう言って、ニキの腕を取り立つのを助ける。
戻りながら、ニキは、またずっと黙っている。
他の三人も黙って、一緒に歩いていた。
彼らは、ニキが「お父さん」と呼んだのを聞いている。
それぞれに、その意味について考えるのだけれど、ニキに何を聞いても答えが無いのを知っている。
「すみません」
ニキは、歩くのを止めて言った。
そして、心配する三人に、自分は大丈夫だという風に笑顔を見せる。
その時、キースは、「ニキは、いつもこうしていたんだ」と思った。
「とにかく、戻ろう」
キースは、それだけ言って歩き出す。
管制センターでは、ジェイクが心配しながら皆を待っていた。
「ニキ、どうしたんだ?」
その問いに、ニキは笑って答える。
「御免なさい、急に飛び出したりして。 白い犬を捕まえようとして・・・」
「ああ、あの白いのか。 それで、見つけたのかね?」
「いいえ、どこにもいませんでした」
ニキは、いつもの様子に戻っていた。
キースは、あえてそのことには触れず、ジェイクに聞く。
「何か分かったことは?」
「いくらかの情報は収集できたから、これを見てくれ」
ジェイクは、前より詳しい3D映像を出して説明する。
「君たちが見た森の空間は、このように周りの柱によって支えられてるんだ。
この建築方式は古代からあるけれど、これだけのものを支える技術は大変なものだと思うよ。
とにかく、まるで海の中にある温室だね。
天井は、透明度の高い物質で作られている。
この物質は、今まで見たことはないし、百年前にここへ供給した物にも無かった。
この下の階はまだ良く分からないけど、全体像からして何かの工場だろうから、もしかしたら、そこで作られたのかもしれないね。
それだったら、大変なことだよ。
それに滑走路は、恒星からの光を受けてソーラー発電もしている。
この施設は、すでに数十年分のエネルギーを蓄電しいるようだし、発電のシステムもある。
浮上しなくても十分に維持できるから、余裕で隠れ続けることが出来るんだ。
森には鳥と虫が放たれているけれど、哺乳類動物はいないし、爬虫類もいない。 ミミズのような環形動物はいるけどね。
とにかく、犬がいるという記録はない」
「医療データとかもなかったのですか?」
カイが聞く。
「見つからなかったわ」
それにはランが答えた。
キースは、しばらく考えると口を開いた。
「出来れば、この施設が作られた目的を知りたいのだけれど、それは簡単に分かるとも思えない。
今のところ、植物資源を保存する目的、と言うのが一番の有力説かな。
まだニキのヴォイスコマンドの問題も解決されていないし、時間は少し残っているから、時間が許す限り調べてみよう。
それでも何も分からなかったら、今日は、これで引き上げた方がいいと思う。
何か他に意見は?」
「あの・・・」
その時、ニキが恐る恐る言った。
「もしかしたら、ここを離れるのは、まだ早いかもしれません」
全員がニキを見る。
「どう言う意味だい?」
ジェイクが聞くと、ニキは答える。
「この場所は、私が子供の頃、母から聞いた話にそっくりなのです。
水で覆われた惑星、水の下の森、そして、白い犬。
もし、さっき見たのが白い犬であれば・・・」
ランが言う。
「ニキは、あれはやっぱり犬だと思うのね」
「そうです。
白い犬を捜して下さい。
もし白い犬がいるのであれば、私たちを森の中心へと連れて行ってくれるはずです」
「森の中心!?」
全員はあっけに取られた。
「ニキ、森の中心は、ここからかなり遠くて、乗り物もないし、とても今日中には行けないよ」
ジェイクが言った。
キースも警告する。
「しかも、僕たちはこの施設に関して知らないことが多すぎる。
これ以上進むとしても、安全だと言う保証はない」
そこでランが聞いた。
「ニキ、何故、森の中心に行きたいの?」
「何故って、私がそこへ行くために、このチームが組まれたのだとしたら・・・
もし、それが当たっているのなら・・・犬の名前は、マフィー」
その時、彼らの後ろで犬が吠えた。
全員、声のする方を振り向く。
そこには、白い犬がいた。