27話 水の下の森
その森は、横一列に並ぶ柱の向こう側にあった。
森からの光は、柱の列を通り、光と影を交互に繰り返しながら、まるでベールのように降りてくる。
キースとカイは、そのベールの光を受け、明るさに目を慣らしながら、最後の柱の間を通り抜けた。
そこに広がるのは、緑豊かな森だ。
それまでの、海の底のように青い光が揺れるだけで、動くものすらなかった死のような世界とは全く違う。
生き生きとし、迫ってくるかのように二人を圧倒する。
昼のように明るい光は上から降り注ぎ、天井がどこにあるのかさえ分からない。
その広い空間と天井は、横に並んだ柱と、両側の奥へと向かう柱だけで支えられているらしい。
それはまるで巨大な温室のようだ。
キースとカイは、その森に引き寄せられるかのように足を踏み入れた。
地面の感触は柔らかい。
上から来る光は、木々の影と共にその柔らかい地面に落ち、光の中で花が咲き、蝶が舞い、鳥が囀っている。
それは多様性のある森らしい。
様々な種類の木や植物が植えられている。
木々は群れを成したり、開けた所にまばらに生えていたりする。
背丈の高い木々が集まった影の多い所、そして、雑木林のように低く明るい所もある。
そうして木の間や枝の隙間から遠くの木々も見え、森はどこまでも続いているように思える。
そよ風が吹くのか、木の葉がさわさわと音を立てている。
小川のせせらぎも聞こえる。
山はないのだけれど、地面には起伏があり、水を循環させるシステムがあるらしい。
それはまるで自然の森のようでありながら、良く管理された効率の良い人工の森だった。
二人は、その森の中で深呼吸する。
空気は甘く、やはり温室のようだと思わせる。 少なくとも自然の厳しさを感じさせる匂いではない。
ふと、カイは、地面を覆うかのように広がって咲いている青紫の花に手を伸ばした。
「ビンカミノール?」
そして辺りを見回す。
「もしかしたら、これは植物資源の森かもしれません」
カイが言うと、キースは振り向いた。
「これ全体が?」
「それは分かりませんが、この植物からはビンカミンと言う脳血管拡張作用のある成分が取れます。
有毒成分も入っていますが、園芸用として知られている植物です」
そしてカイは、背が高く、縦に長細く集まった白い小花にも触れながら言う。
「これはアクタエア・ラセモサで、ブラックコホシュとも呼ばれていました。
エストロゲンと良く似た働きがあり、今でも使う人はいますが、使用には注意が必要です。
今は、成分を取るために改良されていて、自然の物は、かなり昔に絶滅してしまいました。」
「と言うことは、ここには絶滅種も保存されている可能性があるってことか」
「そうですね、この森は良く管理されているようです」
「犬の声どころじゃなくなってきたね」
キースは背を伸ばすと言った。
「これ以上、先に進むわけにもいかないし、とにかく皆の所へ戻ろう」
突然、ミニ・コムからランの声がする。
「キース、聞こえる?」
「ああ、ラン、やっと通じたのか」
「ええ、ここのシステムには、いくつかのゲートがあって、そこをクリアーしなければ先に進めないみたい。
まるでゲームをしているようで参ったわ。
そっちはどう? 何か見つけた?」
「見つけたと言うか・・・この奥には、人工の森があるんだ」
「森ですって?」
「とにかく、今からそっちへ戻る。
それから対策を練ることにしよう」
「分かったわ」
ランは、再び、施設の映像を出してみた。
施設の上段中央部は、大きな空洞になっている。
「ここが、キースの言う人工の森ってわけね。
かなりの部分を占めてるし、その後何かが作られたはずと思ってたけど、空洞のままだったんだわ。
水の下に森があるだなんて、考えもしなかったわね」
「水の下にある森・・・?」
ニキはその空洞を見ながら独り言のように言う。
「ニキ、どうかしたのか?」
ジェイクが、ニキの様子が違うのに気が付いた。
ニキはジェイクを振り向くと答える。
「似ているんです。 私が子供の頃、母が話してくれた話に・・・
その時は、水の下に森があったら素敵だなと思っていたけれど、本当にあったんですね」
ランは思い出したかのように顔を上げ、ニキの方を向くと言った。
「そう言えばアレックスが言ってたけれど、ニキは子供の頃からウォータープラネットの話を聞いていたんですって?」
「ええ、子供の話ですけれど」
と、二キは恥ずかしそうに言う。
「水で覆われた青い星、ウォータープラネットがあって、その水の下には森があるんです。
そして、その森の奥深くに女の子が待っているんです」
「女の子?」
ランが聞き返す。
「ええ、まあ、母は、それを私に見立てて話すんですけれど、とても不思議な世界のお話で、私はまるでそこに迷い込んだような気持ちになって」
その時、ランがニキを遮って叫んだ。
「あれは何!?」
ジェイクとニキはランが指差した方を見るが、そこは柱があるだけだ。
「どうしたんだ?」
「何か白いものが、柱と柱の間を通り過ぎたのよ」
ランは、確かにそこに何かがいたと思いながら目を凝らして見るが、薄暗い柱の間に動くモノは何も無い。
ニキは別の方を向く。
そして、
「あっ!」と声を上げた。
薄明かりの中で、白い何かが、柱の間を見え隠れしながら奥へと消えていく。
「白い犬?」
そう言うと、ニキは、それを追って走り出した。