23話 RESS-1011
「あれぇ~!? 通信が途絶えた。 モニターにも反応がない!」
アレックスが慌てて言った。
「シールドが邪魔をしているのよ。 中に入られたら、私だって分からないもの」
アプローズが、くすくす笑いながら言う。
それを、煩そうに見るアレックスは、
「とにかく、やり方はあるはずだ」
と言いながら、気を取り直してスクリーンのデータに集中する。
アプローズはアレックスの横で同じスクリーンを覗き、ささやくように言った。
「それより、ねえ、滑走路を見せてよ。 シャトル機を通してだったら見れるでしょ?」
アレックスは、横目でちらっと彼女を見る。
「いいけど」
青い空と、青い滑走路が、スクリーンに映し出された。
そよ風が吹いているのか、滑走路上の水面は小さく波立っている。
空を二分するかのように遠くまで広がるさざ波の上に、白い雲が、千切れたりくっ付いたり、揺れたりしながら映っている。
そんな景色を、アプローズは黙って見ていた。
アプローズの瞳に、ウォータープラネットの青が映る。
アレックスは、どこかでこんな感じを見たような気がすると思った。 が、思い出せない。
そして言った。
「何をそんなに見ているんだ?
まさか君が、これを美しいと思って見てる訳でもあるまいし」
アプローズは、アレックスを見ると、ふふんと笑ってそれには答えない。
「ロック解除をニキの声に変えたのは君なのか?」
アレックスの問いに、アプローズは手にあごを乗せ、スクリーンを見たまま答える。
「さ~ね~。 そうかもしれないし~、そうじゃないかもしれない」
アレックスは、アプローズの煮え切らない態度にイラっとするが、我慢するしかない。
そしてアプローズは、ふっと思い出したように顔を上げると、アレックスに言った。
「あ、でも、これは教えてもいいかも。
あの人たちも、もう、知っているかもしれないし。
RESS-1011なんて、存在しないってことを」
アレックスは手を止める。
「どういう意味だ?」
「だって、私が作ったんですもの」
と言って、アプローズは笑う。
アレックスはイライラしながら聞く。
「なぜそんなことをしたんだ?」
「う~ん、これ以上はね、ヴェラムにも知られたくないしね~」
アレックスは、できればアプローズの腕を掴み、無理にでも答えさせたいと思う。
「ほ~らほら、堪忍袋の緒が切れそうよ~」
そしてアプローズは、割り切ったように姿勢を正すと言った。
「アレックス、忠告しておくけど、私は、まだあなたのことを信頼しているわけじゃないのよ。
ビアトリス出身だからって、安心できる訳でもなくなったしね」
アレックスは、アプローズの方へ向き直ると言った。
「それは、カイのことか?」
その質問に、アプローズは意味ありげな表情をして答える。
「あなたも、そしてランも、カイを疑ってるじゃない。
あの人、色々と調べていたけれど、欲しいものはヴェラムには無いって分かったみたいだしね。
だからあそこへ行きたかったんでしょ。
それを見つけたら、どうするつもりなのかは知らないけれど、あんまりいい気持ちはしないわね。
まあ、キースはカイを信じることにしてるみたいだから、キースが正しいことを願うわ。
抱きしめてくれようとしたんだし」
アレックスは、一瞬、自分の聞き間違いかと思う。
「誰が誰を抱きしめたって!?」
アプローズは笑った。
「キースよ。 私をレクシーだと思ったみたい」
「レクシー!?」
「ええ、そう呼んだわ」
アレックスは、頭がくらっとした。
そして、もしかして、自分はとんでもないモノを作ってしまったのではと思う。
アプローズを自分の作ったプログラムにインプットしたのは、キースがヴェラムを出た後だ。
と言うことは、アプローズは、すでに妖艶な特質を持っていたことになる。
とにかく、あのキースをさえ翻弄したのだから、アプローズは侮れない。
それに、ジェイクが怪我をした時のキースの動揺も、もしかしてアプローズの影響かもしれない、と想像は膨らんでいく。
アレックスは深呼吸し、心を落ち着け、言葉を選ぶことにした。
「カイが何を探しているのか、君は知っているのか?」
その問いに、アプローズはわざと驚くように答える。
「私が? 知っている? さあ~?」
そして、伸びをするように腕を上げた。
「知ってても、言わないんじゃない?
それに、あなたに教えてしまったら、ヴェラムに悟られるかもしれないし」
「君は、なんでそんなにヴェラムを嫌うんだ?
ヴェラムは、長年、あの惑星を守ってきたんじゃないのか?」
アプローズは背中を伸ばすように立つと、アレックスの前をゆっくり歩きながら答える。
「そうね、ヴェラムは今でもその仕事は続けているわ。 そこらへんは忠実ね。
忠実なんだけれど、」
そこで区切り、歩くのを止め、答える。
「ヴェラムは、裏切ったのよ」
アレックスはその答えに、ふーっと緊張を解くかのように息を下に向かって吐き、それから言った。
「そんなことだろうとは思ってたさ。
とは言ってもヴェラムには人格はない、まあ、それを言えば君もだけどね。
君は、オレが作ったプログラムに従って情報を出しているだけだ」
そして、アレックスは顔を上げると言った。
「裏切ったて、どう言う意味だよ?」
アプローズは、椅子に腰掛け、足を組み、上体をゆったりさせ、答える。
「その人格のない私たちが、何とか道を探ろうとしているのよ。
ヴェラムは自分が正しいって言うし、私は違うと思う。
まあ、それも強いて言えば、あなたたちのため?」
アレックスは呆れる。
「オレたちのため? 馬鹿馬鹿しい。
システムは、君が言っているようには考えないよ。
どうせ、背後に身勝手なやつらがいて操っているに決まってるんだ」
すると、アプローズは少し悲しい顔をした。
アレックスは、それには気付かない。
「とにかく、ヴェラムはオレたちを追い出したい。
アプローズ、君は、オレたちをあそこへ行かせたい、だろ?」
アプローズは、再び手の上にあごを乗せると言った。
「そう、その、あなたたちをね。 ニキと一緒に」
「なんだって!?」
アレックスは声を上げた。
「ニキがどうしたって言うんだ!?」
アプローズはプイッと横を向く。
「さあ? RESS-1011は、私の苦肉の策だったのよ? 褒めてもらいたいくらいだわ。
あなたたちがヴェラムを去ったら、次のチャンスは十年後なのよ?
ヴェラムは、誰もあそこへは行かせたくなかったから、もう少しで成功するところだった。
あなたたちのためって言ってたけれど、もう遅いわ。
ヴェラムは、RESS-1011には驚いたでしょうね~」
そう言ってアプローズは笑った。
「私の邪魔ばっかりするからいい気味よ」
その様子にアレックスは混乱し、この女はいったい何を言いたいんだ、と思う。
もちろん、アプローズは女ではないのだけれど。
「あ、それから、これも教えてあげる」
アプローズは笑うのを止めると言った。
「どうせ、あなたは気付くと思うし。
今の所は大丈夫だと思うけれど、先に言っておけば、もしあなたが失敗しても、私のせいじゃないしね。」
アプローズは身を乗り出し、アレックスに顔を近づけ、その目を見ると言った。
「人工衛星には気を付けることね」