22話 柱
キースは、滑走路上に開いた入り口の階下へ目をやった。
ドアが見える。
ドアの横にある小さなパネルは、平面で何のスイッチもない。
しかもロックされているらしく、ドアは開かない。
ジェイクは応急処置が終わると、ランと共にロックを解除する方法を探り始めた。
「あの・・・」
後ろで、ゾーイが話しかける。
集中しているジェイクは、そのまま作業を続け、代わりに、ランが手を休めずに聞いた。
「なに? このドアを開けられるって言うの?」
「いえ、私には出来ません。」
「まだ情報処理が安定してないのね?」
「それは終わりました」
「じゃあ何よ」
「このドアのロックは、十四時間前にヴォイスコマンドに変更されました」
ランは、振り返る。
「どう言うこと?」
「ドアロックシステムは、声を要求しています。
ニキの声にだけ、このロックは解除できるようにプログラムされています」
「何ですって!?」
キースは後ろを見ると、この事態に驚いて影のように潜んでいるニキに言った。
「ドアの前に立ってくれないか」
ニキは、自分にロックを解除出来るとは思えず、ドアの前に立つが黙ったままだ。
それでも皆の視線を感じるので、何とかしなければと思う。
「えっと・・・何をどうすればいいのですか?」
その答えは、皆も知りたいところだ。
と、その瞬間、ドアは開いた。
「・・・だそうだ」
キースは思わず、答えにならない答えを言う。
開いたドアの向こうは、丸い筒のような小部屋になっていた。
キースがドアの中をスキャナーで調べる。
「エレベーターだな」
「下へ降りるのか?」
ジェイクが聞いた。
「そうしたい。
今の所、危険はなさそうだし、なぜロック解除がニキの声に変えられたのかも知りたい」
キースはそう答えると、メンバーの全員を見渡す。
「先ず、僕とラン、そしてゾーイだけで下に降りることにしよう。 ラン、それでいいか?」
「いいわよ」
「下へ降りて問題がなかったら、エレベーターを戻すから、三人とも降りてきてくれ」
キースは、ランとゾーイと共に中へ入る。
ドアが閉まると同時に、照明はディムライトへ代わり、階下へ下り始めた。
下へ降りるエレベーターは丸い柱の中にあり、大きな窓が付いている。
外は薄暗くてよく見えない。
今まで明るい外にいた二人の目が慣れるまで、少し時間が掛かりそうだ。
それに、たくさんの柱のようなものが視界を遮っているようでもある。
かなり下の方に、小さな灯りらしきものが点々と見え始める。
ランは、窓の外を見ているキースの背中に向かって言った。
「あなた、ニキをここに連れて来るのにかなり苦労したでしょう?」
キースは振り返る。
「だってあなたは、ニキのヴォイスコマンドのことを、あまり驚いていないみたいだもの。
ニキが来なければ、滑走路のドアは開かなかったかもしれないわね。
こんなことになるなんて言ったら、ニキは来ないかもしれないって思ってたの?」
キースは、窓を背にして寄りかかると言った。
「驚いてない訳じゃないよ。
実際、僕も知らなかったんだし。
ああ、でもそうだね、ニキは少し用心深いところがあるね。
だけど実際はどうか分からないよ。
初めから言えば、すんなりと来たかもしれない。
確かに、ここに来るなんて決まっていなかったから、はっきり言えなかったのはある。
会社側も可能性があるとだけしか言わなかったし。
まあ、それだけじゃないんだけどね。
とにかく、メンバーの数をぎりぎりにまで少なくして、ニキをここへ来させるようにはしたのは事実だ。
僕には彼女に強制する権限はないから、もし、いやだと言われれば、それっきりなんだ」
「なぜニキなのか、ニキは理由を知る権利があるわよ」
キースはランを正面に見る。
「君は、その理由を知っているのか?」
その時、エレベーターは減速し、止まるとドアが開いた。
急に、違う空気が入ってくる。 ひんやりしているが重くは無い。
大きな柱が重なるように見える。
上からのライトは無く、柱の根元に、所々に小さなランプがついているだけだ。
キースは、スキャナーで確かめながらエレベーターを出た。
辺りは、太い柱が林のように立っていて、かなり広い。
滑走路にあたる天井は高く、青く透けている。
水面では風が吹き始めたのか、上からの光が、ゆらゆらと揺れながら降りてくる。
その光は、白い柱の林に模様を作り、下にいくほど周りの薄暗さにブレンドしていく。
青く、幻想的な空間だ。
「海の底にでもいるようね」
ランが言った。
キースはスキャナーを閉じる。
「ヴェラムとはいくらか違っているようだ。
かすかに機械の低い音がしているだけで、ロボットは近くにはいないし、動いているものもない。
安全確認はできたから、エレベーターを上に戻そう」
ドアが閉まると、エレベーターは上にいる三人を迎えに行った。
「とにかく、この位置を把握しよう。 ゾーイ、何かわかるか?」
ゾーイは、エレベーターの横の案内スクリーンの前に立つ。
「アクセスしてみます」
しばらくしてスクリーンが明るくなった。
「長い間アクセスしていなかったにしては使えるみたいね。 この付近しか案内しないけれど。」
ランが感心するように言うと、キースも続ける。
「管制センターが近くにあるな・・・そこへ行こう」
その時、エレベーターのドアが開き、全員がそろった。
キースは、ちらっとニキを見る。
ニキは何も聞かず、何も言わない。 ただ黙っている。
管制センターのドアも、ニキの声でロックは解除された。
中は広く、百六十年以上も昔のものでも、管制センターらしく整然としている。
計器も古い型なのに、ほこりはなく、ちり一つ落ちていない。
まるで時を止め、誰かが来るのを待っていたかのようだ。
ジェイクとランは、コントロールテーブルの前に座った。
「使えそうよ」
ランが言うと、ニキも手伝うため近くに座る。
キースとカイは、管制センターの内部を調べようと辺りを見て回ることにした。
突然、ゾーイがはしゃぐように言う。
「私の持っているデータと一致しました! 施設全体図を映像で出せます!」
全員は、部屋の中央の空間に映し出された3D映像を見る。
平らな滑走路の下は、巨大な工場を逆さまにしたような形をしていた。
そして、端の方に緑色に点滅している小さな点がある。
「驚いたわね。 アレックスが見つけた設計図は、やっぱりこの施設のものだったのね。
私たちは、この緑の所にいるようね。 中央はどうなっているのかしら?」
ランが調整しようとするが、それ以上はぼやけてはっきりしない。
「大雑把にしか分からないわ。
古い設計図だし、今とは違っているかもしれないから、もっと新しい情報が欲しいわね」
ジェイクも観察しながら言う。
「それにしても柱が多いな。 柱がこの階の全体を囲んでいるような感じだ。
なぜ天井がこんなに高いのだろう。 この下は工場のようだけれど、はっきりしないし」
キースが皆を見て言う。
「先ず、初めの問題から解決しよう。
ゾーイ、この施設の故障を捜してくれ」
ゾーイは答える。
「質問の意味は不明です」
キースは言い換える。
「では、ヴェラムの信号RESS-1011を特定できるか?」
「質問の意味は不明です」
ゾーイは繰り返した。
「壊れたんじゃないの?」
ランの問いに、ゾーイは振り向くと答える。
「修理の必要はありません」
「だとさ。」
ジェイクは、やれやれとでも言う様にランを見て言った。
ゾーイは続ける。
「この施設は、故障を直す依頼をしていません。
RESS-1011も存在しません。
質問を解読できないので、別の質問をお願いします」
全員はお互いを見る。
「じゃあ、何で私たちはここにいるの?」
ランが言った。