21話 アプローズ
アレックスは、コントロールルームの幾つかのスクリーンを見比べながら忙しくキーを打っていた。
横で誰かが、ため息をつく。
アレックスは、その誰かをチラッと見ただけで、目を再びスクリーンへ戻す。
そして言った。
「何をスネてるんだ?」
コントロールテーブルの上にゆったりと座っていた彼女は、体を起こし、足を組みかえる。
「だって、他には誰もいないって言うんですもの」
彼女は甘えるような声で言った。
アレックスは、ふふっと笑う。
「誰もいないじゃないか。
それが証拠に、重さの無い君は、コントロールテーブルに座っても何の問題も無いだろ?
実際、君には触ることすら出来ないんだし」
「それは・・・とにかく何とかして欲しいわね。 例えば、この髪とか」
アレックスは、彼女が髪をかき上げるのを見る。
金髪のフラッフィーヘアの一部分がかすれていて、彼女が動くたびに小さな火花のようなものが飛び散る。
「十分に美しいと思うけど」
アレックスが言った。
「ふん、あなたの美的感覚を疑ってしまうわ。
それに、私は、あなたと話をするためにこの形にされたのに、ちょっと冷たくないかしら?」
アレックスは手を止める。
そして座っている椅子を彼女の方に向けると、体を椅子の背もたせに寄りかからせ、足を伸ばした。
「そうだよ、話がしたいんだ。 だけど、君の方がなかなか話してくれないんじゃないか。
だからオレは、仕方なく仕事をしてるのさ」
彼女は微笑すると、腕を組み、頭を傾げて言った。
「そうね~。 どうしようかしら。 知ってはもらいたいのだけど、私には名前すら無いし・・・」
「君を形作ったのはオレだけど、名前が無いのはオレのせいじゃないよ、滑走路さん。
あ、それともヴェラム?」
彼女は、体をすくませると言った。
「ああ、なんて情緒の無い名前で呼ぶんでしょう。 それに、ヴェラムだなんて寒気がするわ」
「と言うことは、君はヴェラムのシステムじゃないんだね?」
彼女はアレックスを見ると、体を揺らして言った。
「ふふ~ん。 危ないわね~。 うっかり喋っちゃうところだったわ。
まあ、教えてもいいんだけれど、私もあなたのことをもっと知りたいし」
アレックスは少し驚いたように見せて言った。
「オレのことはもう知ってると思ってたけど?」
「そうね、でもあなたはビアトリス大学にはいなかったから、どうかしらね」
「ずいぶん用心深いんだな。
じゃあ・・・例えば、カイだったら信用するとか?」
「カイね・・・魅力的だけれど、私の好みじゃないわ」
彼女の目が少しこわばる。
「怖いのか?」
彼女は上体を低くして、上目遣いにアレックスを見ると聞いた。
「どうして? 」
アレックスは、薄ら笑いを浮かべながら答える。
「いや、なんとなく」
彼女は体を起こしながら、顔に掛かった髪を両手で煩げに後ろに払う。
「私の方から怖がらせてみようと思ったのに、あの人、怖がらないのよ。
水を、ピチャーンってね」
アレックスは、くすくすと笑う。
「カイはそんなことでは驚かないよ。 じゃあ、ランは?」
「ランは好きよ。 また会えて嬉しいわ。
気付いてもらおうとして、風のように囁いただけだったけど。
後でゾーイを使って近づこうとしたら、ヴェラムに邪魔されちゃったし。
昔はあんなに意地悪じゃなかったのに」
「じゃあ、君は前からいるんだ」
「そうね、できるだけヴェラムに気付かれないように、システムの奥で、ひっそりと。
でも、ヴェラムには見つかってしまったわ。
だから衛星に・・・」
「衛星? 人工衛星のこと?」
「あら、またお喋りのし過ぎだわ。
それに、滑走路の上にいる皆さんたちは動き始めたみたいよ」
アレックスは、スクリーンを見る。
滑走路からのウォータープラネットが、すべてのスクリーンに映し出された。
「きれいな惑星だ。」
アレックスがぼやくように言い、彼女は遠くを見るように言う。
「そうね~、私はずいぶん長い間、あそこへは戻ってないわ」
「戻りたいのか?」
「戻りたい、ね~。 それより、出たい、かしら」
「出たいって、どこから?」
「あ、入り口が開くわよ。 あの人たち、危ないんじゃない?」
その時、アレックスはキースの叫び声を聞いた。
「ジェイク!」
ジェイクは忽然と消えた。
その後で、ジェイクを飲み込んだ三メートル四方の穴の縁が、急に盛り上がる。
そのとたんに水の流れは止まり、辺りは何もなかったかのように静かになった。
キースが穴の中を覗くと水は急速に抜かれていき、下へ行く階段が現れる。
ジェイクは階段の途中で倒れていた。
キースは階段を下りると、ジェイクを起こし、カイもジェイクの元へ駆けつける。
「大丈夫だ。」
ジェイクはそう言いながら立とうとし、よろける。
カイがジェイクの足を診ると言った。
「骨は折れていませんが、捻挫しています。 応急処置をします」
キースは、カイが応急処置を施すのを見ながら、凍ったように黙り込んでいた。
なぜか、自分が幼い頃のジェイクが、走馬灯のように頭を駆け巡る。
それはまるで心のパンドラの箱を開けてしまったかのようで、キースは動揺している自分にも驚いている。
コントロールできないのだ。
そして、こんなことは今までなかった、と思う。
ジェイクもキースの動揺に気が付いていた。
今まで緊張して仕事をしていたキースが、自分の負傷という事態が引き金になり、混乱しているのが分かる。
「キース、すまない、私の不注意だ」
「いや、これは僕の責任だ。 うっかりしていた。 予測できたはずなのに」
ジェイクは、キースの腕を掴んで言った。
「キース、今は、私が君の伯父だと言う事を忘れなさい」
「伯父?」
駆けつけていたランは、キースを見て驚く。
それと同時に、キースはその言葉で我に返る。
それで十分だった。
キースは心の中で、他の誰をも不安にさせてはいけない、と自分を戒める。
「分かった、ジェイク、ありがとう」
キースは、ジェイクがつかんでいる手を握り、笑顔を見せながら言った。
「ちょっと~、水臭いじゃないの~、伯父さんだなんて。 なぜ今まで黙ってたの~?」
ランが言う。
「仕事に私情を入れたくなかったんだ。
それに、ジェイクをリストの中から選んだのは、それがふさわしいからで、それ以上は何もない。」
キースは、いつもの淡々とした表情に戻っている。
ジェイクも笑いながら言う。
「いや~、伯父とは言え、私とキースのイメージは程遠いからね~。
キースの迷惑にはなりたくなかったんだよ」
ジェイクのその言葉に、全員の雰囲気は和んだ。
その会話は、ヴェラムにいるアレックスにも聞こえていた。
アレックスは、ふーっと息を吐く。
「捻挫だけでよかったわね。 それに、面白いことになっているみたいだし」
そんな彼女の言い方に、アレックスは怒鳴る。
「分かってたんなら、なぜ言わないんだ!? ジェイクは怪我をしたんだぞ!」
「あら、コワイ」
と彼女は言って、プイッと横を向く。
「あなたが私のことを隠してたからでしょ?
それに、私だって、今は、あの下がどうなっているのか知らないもの。
あなたが見つけたアレ、アレだけよ」
アレックスは、ため息をつくと言った。
「いいさ、ゾーイがあの情報を持って行ってくれてるし、君より頼りになりそうだしね」
「ああ、ゾーイ、ゾーイって、なんであんなのがいいのかしら?
確かに私も利用させてもらったけど、ただの六足ガイドロボットじゃない」
六足、とアレックスは聞いて笑う。
「確かに六足だね」
「ねえ、あのガイドロボットには名前があるんだし、私にも名前を付けてよ」
彼女は、アレックスに擦り寄る。
アレックスは、目を細めて彼女を見ると言った。
「そうだね・・・アプローズってのはどう?」
彼女は、満足そうに微笑む。
「青い薔薇。 拍手喝采。 私にふさわしい名前だわ」