17話 もう一つの仕事(その2) ゾーイの秘密
ニキは内心、パニックに陥っていた。
自分はインターンだったとは言え、この会社に就職して半年、まだ新入社員だ。
だからこんな事態になっても、自分はヴェラムに残るのだと思っていた。
それにアレックスが心配することも気になる。
例え、アレックスに影響されなかったとしても、他のメンバーと違い、ニキには心の準備が出来ていない。
その時、ニキは、どこからか甘い香りがするのを感じた。
それは次第に強くなり、自分の感覚を麻痺させていくような気がする。
こんな匂いを嗅いだことはないし、匂いを放つようなものすらこの部屋にあるとは思えない。
皆はそれを感じないのか、そのことについて何も言わない。
自分だけが嗅いでいるのかもしれない。
その安らかさと不思議な懐かしさを感じさせる香りは、自分をどこか遠くの世界へと誘っているかのようだ。
するとニキは、緊張していた自分を置き去りにして、遠くから自分を見ているかのようにぼーっとする。
ジェイクは、そんなニキに気が付いたらしい。
「ニキ、何かを感じてるんだね?」
ニキは、どう説明していいのか分からず、目を潤ませ、ただジェイクを見つめる。
その光景ですら、まるで映画のスクリーンを見ているかのようだ。
カイは携帯用医療スキャナーをニキの頭に当て、脳を診ると言った。
「脳波が何かに誘導されています」
ジェイクは、そんなニキの顔をしっかりと見て緊張させないように優しく言う。
「それはゾーイのせいなんだよ」
「ゾーイが!?」
アレックスが驚く。
カイが、スキャナーをゾーイに向けた。
「そのようですね、ゾーイからパルスウエーブが出ています。
なぜ、ニキにだけ影響しているのかは分かりませんが」
細工途中のゾーイは、しゃべれないらしく、カシャッと音を立てながら小さく動いた。
それは、あたかも、『私からですか?』とでも言うようだ。
「そうじゃないかと思ったんだ」
ジェイクが言った。
「アレックス、君がゾーイに細工しただろう? それでゾーイに変化が起きたらしいね。
その変化が媒体となって、ヴェラムのあちこちで不思議な現象が起きている。
それはゾーイが変化してから、特に強くなっているようだから、以前からあったのかもしれない」
ランも思い出したように言う。
「そう言えば、私も風のようなものを感じたわ」
カイも続けて言った。
「僕も、水の滴る音を聞きました」
それに対し、アレックスは疑心暗鬼だ。
「え~っ? でも、オレはゾーイといつも一緒だったけど、何も感じなかったぜ?」
ジェイクは表情を和らげて説明する。
「ニキも初めてのようだし、キースも私も今日が初めてだったんだ。
もし理由があるのだとしたら、ゾーイに一番近い君だったから気付かなかったのかもしれないね。」
「理由なんてあるのか?」
「まだはっきりしないんだが、滑走路の件と関係があるらしい。
私が見たホログラムは、滑走路から来るサインと関係していたからね。
他の理由を上げるとしたら、それは、君以外の人間があそこへ降りるのを知っているのかもしれない。
キースは、そのように準備していたんだよね」
ジェイクは、そう言ってキースを見る。
キースは、ほっとしたように笑みを浮かべる。
こうして、ジェイクの穏やかな話しぶりは、チームをまとめ次の仕事へと向かわせる。
ニキも、『ああ、だからこの人の下で仕事をしたいと思うのだ』と気持ちを和ませていく。
そして、他のメンバーも、この不思議な現象を経験しているんだと知り安心する。
すると、すーっと力が抜けていくのを感じ、緊張が解け、いつもの自分に戻った。
「あ、そうだ」
そこでアレックスが思い出したように言った。
「じゃあ、ゾーイを連れて行くといい」
皆がアレックスを見る。
「ゾーイを細工して、ダウンロードしたモノがあるんだけど、何かの役に立つかもしれない。
古い地図か設計図だと思う」
「設計図? 惑星の滑走路の設計図ならあるけど」
キースが聞く。
「それがはっきりしないんだ。 とてつもなく大きな何からしくて全体図が出せないけど、ここのモノじゃない。
滑走路に下りれば、それが何なのか分かるかもしれない。
実際には、もう存在していないかもしれないけれど、ただ・・・」
とアレックスは、間を置く。
「隠れん坊みたいなんだ」
「隠れん坊~!?」
全員は、口をそろえて声を上げた。
「この非常時に何を言っているんだ!?」
キースはあきれて言った。
「い、いや・・・何と表現していいのか分からないけれど、何かが隠れていそうな感じなんだ」
アレックスも、思わず自分の口から出た言葉に収拾がつかない風だ。
そこへランが口を挟んだ。
「それだったら、あなたが言っていたように、『宝探し』とでも言ってくれた方が、興味をそそられるのに」
「宝なら、隠し主は隠したままにしておきたいだろ?
これは何だか、隠れているんだけれど見つけて欲しいって感じなんだ」
「それは嬉しい話だな」
ジェイクが言った。
「私たちを好意的に迎えてくれるってことになるからね」
ランは、反対にあきれて言う。
「なによアレックス、さっきは『やばいかも』って言っておいて」
「う~ん・・・そうなんだよね~」
アレックスは、腕を組んで考え込む。
「そこらへんが矛盾してるんだけれど、びみょーだね、なんだか複雑なんだ。
上手く言えないけど」
そのアレックスの答えに、キースとカイはお互いを見る。
考え込むアレックスの肩を叩いてジェイクが言った。
「とにかく、取って食おうって話でもなさそうだ。
ゾーイを連れて行こう。 私の情報も入れれば作業の助けにもなるしね。
ありがとな、アレックス」
その言葉にアレックスの顔もほころぶ、そして思い出したように言った。
「あれっ? てことは、またゾーイを細工しなくっちゃ」
「そうね、まだ途中だったからいいけど」
ランも苦笑いしながら言う。
「じゃあ、ランとアレックスはゾーイの調整をしてくれ。
カイは救急医療キットの準備、そして、」
とキースは言って、ニキの方を振り向くと顔を近づける。
「ニキ、大丈夫か?」
キースの真剣な眼差しに、ニキはどぎまぎしながら答える。
「は、はい・・・」
「じゃあ、すまないが、ジェイクの手伝いをして、予定の仕事を終えるのを助けてくれ。」
そう言って、キースは向き直る。
「では、明朝0700時、宇宙ステーションを出発する。
今夜は、各自、自分の持ち物を確認、準備したら、十分な睡眠を取ってくれ。
それから念のため、明日は、上着の下に防護スーツを着用しておくように。
以上だ」
最後にキースが締めくくった。