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ウォータープラネット  作者: Naoko
15/56

15話 レクシー

 キースは、マグレブカーでC3セクションに入ると、作業用カートを運転し、フィルターゾーンへ向かった。

フィルターゾーンでは、天井を埋め尽くす大きなパイプの中の水が、傾斜した壁のように並ぶパイプに別れ、下の方へと流れていく。

流れる水はうなり、響く。

キースは、ジェイクのものと思われるカートを見つけると、その横に駐車した。

ジェイクの姿はない。

キースはカートを降り、ミニ・コムでジェイクを呼び出そうと左手を上げる。


 その時、ふと、何かがキースの右手に触れた。

見てみるが、そこには何もない。

辺りを見ても、隠れられそうな場所はない。


 突然、キースは、その何かが自分に向かって突進して来るのを感じた。

反射的に、両腕で抱きとめる。

次の瞬間、それは消えた。

いや、初めから何もなかったのかもしれない。

その感触が、あまりにも現実のものなので、呆然とする。


 「キース、どうしたんだ?」

後ろから、ジェイクに声をかけられ、はっとする。

「いや、レクシーが・・・」

と、キースは言いかける。


 「レクシー? 彼女がここにいるはずないじゃないか」

ジェイクの言葉通り、キースは、なぜ自分がそう言ったのか分からない。

そして、自分は確かにそれを抱きとめたはずだと、そのままの姿勢でいる。

それを見たジェイクは、冗談交じりに言った。

「どっちにしても、背筋を伸ばしなさい。

そんな、悩ましいポーズは頂けないね」

キースは、返す言葉もなく姿勢を正す。


 「君が感じたのは、ホログラムだ」

ジェイクが言った。

「ホログラム? 無人のヴェラムには無いはずだ」

ジェイクはキースに、スキャナーのスクリーンを見せる。

「ほら、残留パーティクルがあるだろ?

かなり弱いもんだから、形がはっきりしないんだ。

数日前から、他にも変わった現象が、ヴェラムのあちこちに現れているらしい。

まあ、システムに支障をきたすほどじゃないから気付かなかったんだな。

原因はともかく、キース、ついにその時が来たよ」

「えっ? と言うと・・・」

「ウォータープラネットへ降りる」



 その頃、アレックスとランは、ゾーイにほどこした細工を元に戻す作業をしていた。

「こんな込み入ったこと、良くやったわね」

ランはあきれながら言った。

「ああ、かなり古いやり方だよ。

でなけりゃ、ダウンロード出来なかったんだ。

ヴェラムのシステムは新しいから、セキュリティーに引っかからなくて助かったよ」

「てか、これはちょっとやばいんじゃない?」

「どうして? 法律に違反してないよ、考古学者が良く使う手なんだ。

最も、百年以下の情報を得るのには許可がいるけどね」

「そうなの、参考になるわね、覚えとくわ」


 アレックスはサポートに回り、しばらくランの作業を見続ける。

そしてランが言った。

「で、ニキのことはもういいの?」

「いいって・・・どうしようもないだろ? 彼女はもう社会人なんだし」

「そうね、あなたにはゾーイがいるしね」

「そ~だね~、このゾーイも元に戻しちゃったら寂しくなるしね~」

アレックスは冗談交じりに言った。


 「あなた、いい加減にゾーイをなんとかしなさいね。

自分は好きな事しといて、彼女はいつまでも待っててくれる、なんて思わない方がいいわよ。

女は見切りを付けたら最後、それで終わりよ」

「えっ、そうなの?」

「当然じゃない、うかうかしていると、あなたは遠い過去の人でしかなくなるわよ」

「過去の人ね~」

アレックスは、まじめに受け取ろうとしない。


 それを見てランが言う。

「昔の誰かが言ってたけど、『三十歳以下は人間じゃない』ってね」

「どういう意味だよ、聞いたことないぜ?」

「意味はそのまんまよ、私だって三十過ぎてから分かったんだから。

まあ、あなたはまだ少しあるし、後悔しないよう精々頑張りなさいね」

その言葉にアレックスは目を泳がせた。


 しばらくして、今度はアレックスが切り出す。

「ところで、ビアトリス大学って古い大学だよね。

確か、宇宙植民地時代が終わる前からあったと思うけど」

「私が卒業した時、百五十年は経ってたから、今は百六十年以上ね」

「そのころ、ヴェラムはすでに作動してたから、大学設立時からの関係かな」

「うん、そうね・・・関係があるんでしょう」

「で、なんでオレだけよそ者なんだ?」

「さあ、ビアトリス大学には操縦コースがないからじゃない?」

「あ、そうか、分かりきった答えだな」


 「アレックスは、連邦国空軍士官学校で操縦を学んだの?」

「そう、学費が安いのが一番の理由だよ。

民間の学校で操縦ライセンスを取るのは、えらく金が掛かるんだ」

「でしょうね~、で、なんで士官にならなかったの?」

「このオレがなれるとでも思うの~?」

「愚問だったわ、頭は良さそうだけど協調性に欠けるもんね」

「きつい言い方だね~、まあ、当たりなだけにしょうがない」

「自分を知ることは成長した証拠よ。」

「はいはい、さようでございます。

とにかく、操縦ライセンスは早々と取れたんだけど、他の科目で落第しそうだったから一般コースに変わったんだ。

軍にも入れない落ちこぼれコース、とも言われていた。

オレは、どうも、あの、命令に意味を考えず従うってのが苦手だったんだ」

「命令に反応するよう訓練するのが軍隊だしね。

もちろん、軍隊でなくても、意味を考えずに従う人はいるけど」


「そうだね~、だから一般コースでも問題児だった。

とにかく、教授側としても、学生たちに意見を出させて授業を発展させたいだろうしね。

それで、オレのせいで、授業が全く別の方へ行ったりするんだ。

わざとやってるんじゃないんだけどね。

面白いと思ってくれる教授や学生もいたけど、嫌われもした。

今、思うと愚かだったとしか言いようがないけど」


 「うちの会社に拾われて良かったわね」

「ああ、あせったよ、あわてて整備士の資格も取って、なんとか就職にこぎつけました。

おかげで、マルチな人間にもなれました。

それに、元々、軍人になる気はなかったし。

操縦を学びたかったのは、子供の時から古い宇宙船に憧れてたからなんだ。

で、自分でも運転してみたくて、安くライセンスを取れる方法はないかと調べてたら、士官学校に入ってた」


 「それって、不純な動機じゃない?」

「ああ、入ってすぐ、若気の至りだと後悔したね。

入学を推薦してくれた人への恩もあったし、一応はがんばってみたけど、無理でした。

オレのせいで、教授陣が二つに割れて大変だったらしいよ」

「その光景、手に取るように分かるわ」

「ん? まあ、とにかく、いいカウンセラーにもめぐり合えて、追い出されなかっただけでもましだったね。

就職活動も親身になってくれたし、この会社にも推薦状を出してもらえた」

「そう言うところは認めるわ、あなたって世話したくなるタイプだもの」

「え~っ? オレって世話されてんの? 苛められてるんじゃ~?」

「ぶつわよ」

「ほら~」

と言って二人は笑った。


 「とにかく、ニキがビアトリス大学だったなんて驚いたね」

「どうして?」

「あの大学の娘たちって、成績は良さそうだけど世間知らずのお嬢タイプか、ランみたいに私は出来るってタイプのどっちかじゃない。

ニキは、どっちでもない普通の子だよ」

「そうね、そんなとこは可愛いわね」

ランは、『いかにも私と違って!』と言う風に答えた。

それを無視してアレックスは続ける。


 「そう言えば、ニキは可愛らしく、ウォータープラネットのおとぎ話~、みたいなこと言ってたね~」

ランは手を止めると、アレックスを見て言った。

「なに、それ?」

「えっ?」

アレックスもランを見た。

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