15話 レクシー
キースは、マグレブカーでC3セクションに入ると、作業用カートを運転し、フィルターゾーンへ向かった。
フィルターゾーンでは、天井を埋め尽くす大きなパイプの中の水が、傾斜した壁のように並ぶパイプに別れ、下の方へと流れていく。
流れる水はうなり、響く。
キースは、ジェイクのものと思われるカートを見つけると、その横に駐車した。
ジェイクの姿はない。
キースはカートを降り、ミニ・コムでジェイクを呼び出そうと左手を上げる。
その時、ふと、何かがキースの右手に触れた。
見てみるが、そこには何もない。
辺りを見ても、隠れられそうな場所はない。
突然、キースは、その何かが自分に向かって突進して来るのを感じた。
反射的に、両腕で抱きとめる。
次の瞬間、それは消えた。
いや、初めから何もなかったのかもしれない。
その感触が、あまりにも現実のものなので、呆然とする。
「キース、どうしたんだ?」
後ろから、ジェイクに声をかけられ、はっとする。
「いや、レクシーが・・・」
と、キースは言いかける。
「レクシー? 彼女がここにいるはずないじゃないか」
ジェイクの言葉通り、キースは、なぜ自分がそう言ったのか分からない。
そして、自分は確かにそれを抱きとめたはずだと、そのままの姿勢でいる。
それを見たジェイクは、冗談交じりに言った。
「どっちにしても、背筋を伸ばしなさい。
そんな、悩ましいポーズは頂けないね」
キースは、返す言葉もなく姿勢を正す。
「君が感じたのは、ホログラムだ」
ジェイクが言った。
「ホログラム? 無人のヴェラムには無いはずだ」
ジェイクはキースに、スキャナーのスクリーンを見せる。
「ほら、残留パーティクルがあるだろ?
かなり弱いもんだから、形がはっきりしないんだ。
数日前から、他にも変わった現象が、ヴェラムのあちこちに現れているらしい。
まあ、システムに支障をきたすほどじゃないから気付かなかったんだな。
原因はともかく、キース、ついにその時が来たよ」
「えっ? と言うと・・・」
「ウォータープラネットへ降りる」
その頃、アレックスとランは、ゾーイにほどこした細工を元に戻す作業をしていた。
「こんな込み入ったこと、良くやったわね」
ランはあきれながら言った。
「ああ、かなり古いやり方だよ。
でなけりゃ、ダウンロード出来なかったんだ。
ヴェラムのシステムは新しいから、セキュリティーに引っかからなくて助かったよ」
「てか、これはちょっとやばいんじゃない?」
「どうして? 法律に違反してないよ、考古学者が良く使う手なんだ。
最も、百年以下の情報を得るのには許可がいるけどね」
「そうなの、参考になるわね、覚えとくわ」
アレックスはサポートに回り、しばらくランの作業を見続ける。
そしてランが言った。
「で、ニキのことはもういいの?」
「いいって・・・どうしようもないだろ? 彼女はもう社会人なんだし」
「そうね、あなたにはゾーイがいるしね」
「そ~だね~、このゾーイも元に戻しちゃったら寂しくなるしね~」
アレックスは冗談交じりに言った。
「あなた、いい加減にゾーイをなんとかしなさいね。
自分は好きな事しといて、彼女はいつまでも待っててくれる、なんて思わない方がいいわよ。
女は見切りを付けたら最後、それで終わりよ」
「えっ、そうなの?」
「当然じゃない、うかうかしていると、あなたは遠い過去の人でしかなくなるわよ」
「過去の人ね~」
アレックスは、まじめに受け取ろうとしない。
それを見てランが言う。
「昔の誰かが言ってたけど、『三十歳以下は人間じゃない』ってね」
「どういう意味だよ、聞いたことないぜ?」
「意味はそのまんまよ、私だって三十過ぎてから分かったんだから。
まあ、あなたはまだ少しあるし、後悔しないよう精々頑張りなさいね」
その言葉にアレックスは目を泳がせた。
しばらくして、今度はアレックスが切り出す。
「ところで、ビアトリス大学って古い大学だよね。
確か、宇宙植民地時代が終わる前からあったと思うけど」
「私が卒業した時、百五十年は経ってたから、今は百六十年以上ね」
「そのころ、ヴェラムはすでに作動してたから、大学設立時からの関係かな」
「うん、そうね・・・関係があるんでしょう」
「で、なんでオレだけよそ者なんだ?」
「さあ、ビアトリス大学には操縦コースがないからじゃない?」
「あ、そうか、分かりきった答えだな」
「アレックスは、連邦国空軍士官学校で操縦を学んだの?」
「そう、学費が安いのが一番の理由だよ。
民間の学校で操縦ライセンスを取るのは、えらく金が掛かるんだ」
「でしょうね~、で、なんで士官にならなかったの?」
「このオレがなれるとでも思うの~?」
「愚問だったわ、頭は良さそうだけど協調性に欠けるもんね」
「きつい言い方だね~、まあ、当たりなだけにしょうがない」
「自分を知ることは成長した証拠よ。」
「はいはい、さようでございます。
とにかく、操縦ライセンスは早々と取れたんだけど、他の科目で落第しそうだったから一般コースに変わったんだ。
軍にも入れない落ちこぼれコース、とも言われていた。
オレは、どうも、あの、命令に意味を考えず従うってのが苦手だったんだ」
「命令に反応するよう訓練するのが軍隊だしね。
もちろん、軍隊でなくても、意味を考えずに従う人はいるけど」
「そうだね~、だから一般コースでも問題児だった。
とにかく、教授側としても、学生たちに意見を出させて授業を発展させたいだろうしね。
それで、オレのせいで、授業が全く別の方へ行ったりするんだ。
わざとやってるんじゃないんだけどね。
面白いと思ってくれる教授や学生もいたけど、嫌われもした。
今、思うと愚かだったとしか言いようがないけど」
「うちの会社に拾われて良かったわね」
「ああ、あせったよ、あわてて整備士の資格も取って、なんとか就職にこぎつけました。
おかげで、マルチな人間にもなれました。
それに、元々、軍人になる気はなかったし。
操縦を学びたかったのは、子供の時から古い宇宙船に憧れてたからなんだ。
で、自分でも運転してみたくて、安くライセンスを取れる方法はないかと調べてたら、士官学校に入ってた」
「それって、不純な動機じゃない?」
「ああ、入ってすぐ、若気の至りだと後悔したね。
入学を推薦してくれた人への恩もあったし、一応はがんばってみたけど、無理でした。
オレのせいで、教授陣が二つに割れて大変だったらしいよ」
「その光景、手に取るように分かるわ」
「ん? まあ、とにかく、いいカウンセラーにもめぐり合えて、追い出されなかっただけでもましだったね。
就職活動も親身になってくれたし、この会社にも推薦状を出してもらえた」
「そう言うところは認めるわ、あなたって世話したくなるタイプだもの」
「え~っ? オレって世話されてんの? 苛められてるんじゃ~?」
「ぶつわよ」
「ほら~」
と言って二人は笑った。
「とにかく、ニキがビアトリス大学だったなんて驚いたね」
「どうして?」
「あの大学の娘たちって、成績は良さそうだけど世間知らずのお嬢タイプか、ランみたいに私は出来るってタイプのどっちかじゃない。
ニキは、どっちでもない普通の子だよ」
「そうね、そんなとこは可愛いわね」
ランは、『いかにも私と違って!』と言う風に答えた。
それを無視してアレックスは続ける。
「そう言えば、ニキは可愛らしく、ウォータープラネットのおとぎ話~、みたいなこと言ってたね~」
ランは手を止めると、アレックスを見て言った。
「なに、それ?」
「えっ?」
アレックスもランを見た。




