13話 気になる二人
ヴェラムを去る前の日、アレックスは、ゾーイを元に戻す作業をしていた。
そして、作業をしながら、よく働いてくれたゾーイとの別れを寂しく感じる。
今更ながら、付けた名前のせいで、ロボットに感情移入してしまうのではと思ったりする。
ゾーイは、また普通のガイドロボットに戻らねばならない。
ゾーイはヴェラムのものなのだ。
アレックスは、必要な部品を取りに自分のクォーターへ向かった。
その途中で、ふと、ニキとカイが話をしているのを見かける。
メンバー同士が話をするくらい普通のことだが、この二人の雰囲気は普通のようには見えなかった。
無口で硬かったカイの表情が、なぜか柔らかい。
ニキも、楽しそうに会話をしている。
とは言うものの、アレックスは彼らに近づくことなく、自分のクォーターへ行く。
そして部品を取り、ドアを出た所でニキに会った。
「あら、また出かけるの? もうすぐ夕食時よ」
ニキが言った。
「ああ、ゾーイを元に戻してるんだ」
そう答えながら、アレックスは、ニキの手に見慣れない広報誌があるのに気付く。
「その広報誌、大学の?」
「ああ、これ?」
ニキは、それをアレックスに見せる。
「ビアトリス大学の医学生たちが、患者さんのために試験的に作ってるものなんですって。
カイは、あの大学の先生で、学生たちの指導もしているみたい。
私と同じ大学だったからビックリしたわ。
広報誌の感想を聞きたいって言うから、帰るまでの間に読もうと思って借りてきたの」
ニキは、流れるように止め処もなく話し続ける。
「私、偶然に、カイがこの広報誌を持っているのを見かけたの。
それで、思い切って話しかけて、私もビアトリス大学を卒業したばかりですって言ったら、色々な話をしてくれたのよ」
アレックスは、その『偶然』に、うさんくさいものを感じる。
むろん、そんなことをニキに言うつもりはなく、そのまま話を聞く。
「私、ずーっと同じ大学に通ってたなんて、信じられない。
大学は広かったし、医学部も大きくて、機械工学科とは離れているから、会うこともなかったのよね。
まあ、私、体は丈夫だから、健康診断以外に病院の方へ行くこともなかったし」
ああだこうだと嬉しそうに話すニキに、アレックスは言った。
「そうだね、さっき君たちが話してるのを見かけたよ。
カイも嬉しそうに話してて、雰囲気が、なんだか別人みたいだったね」
「そうなのよ。
取っ付きにくい人かな、と思ってたけど、全然違うの。
人は見かけで判断しちゃいけないって言うけど、本当ね」
「う~ん、まあ、それは、時と場合にもよるけど・・・」
「ん? どういうこと?」
「いや、何でもないよ。
そうか、ニキは、ビアトリス大学へ行ってたんだ。
お嬢だね。
あの学校はレベルも高いし、学費もかなりするからね」
そのアレックスの言い方に、ニキは恥ずかしそうに笑った。
「ビアトリス大学はそうだけど、私は違ってたのよ。
レベルが高いってのは前から知っていたのに、入ってみて驚いて、失敗しちゃったかなっと思ったくらい。
単位が取れないかもってホントに不安で、猛勉強して、やっと取れたのよ。
学費も、スカラシップでなんとか払えたし」
「えっ? ビアトリス大学のスカラシップってすごいじゃない」
「う~ん、そうなんだけど、母の遠縁が何とかで、特別に出して貰えることになったらしいの。
でなければ、とても無理だった。
今の会社も、フレッシュマンの時からインターンをさせてもらえて、お手当ても出て助かったわ。
だから、学生時代は、勉強とインターンの仕事で終わったわね。
でも、この会社で働かせてもらえた経験があったから卒業論文も無事に出せて、卒業できたと思ってる。
おまけに、そのまま就職もさせてもらえたしね。
ほんと言うとね、私は、ここにいるメンバーの皆は、すごいな~と思っているのよ。
私にはレベルが高すぎるもの。
学ぶことも多いけど、なんだか憧れの世界にいるって感じで夢を見てるみたい。
あ、でもカイには、そんなこと言ってないけどね」
「えっ、それって、カイを好きになっちゃった、ってこと?」
とアレックスは言って、すかさず『しまった!』と後悔する。
そんなアレックスの気持ちとは裏腹に、ニキはキャッキャと笑う。
「まさか! カイはお医者さんだし、大学の先生よ? 私からしたら雲の上の人じゃない。
ああ、でも憧れるわね~。
出身は帝国の方なんですって。
だからかしら、品がいいし。
まあ、あの大学は帝国からの留学生も多かったけれど・・・」
と、嬉しそうに話続けるニキを見ながら、アレックスは複雑な心境だった。
それはもちろん、ニキを妹のように思っているからで、あのカイの全く違った雰囲気に戸惑っていたのだ。
とは言うものの、ニキが言うように、カイは雲の上の人なのかもしれない。
医学界でも有名なビアトリス大学の医師で、若いのにすでに生徒を指導する先生でもあるらしい。
おそらく、相当、優秀なのに違いない。
いくら同じ大学でも、やっと卒業した畑違いのメカニカル・エンジニアの小娘に興味を抱くはずは無い。
いや、メカニカル・エンジニアが悪いというのではない。
品の良さを匂わせる帝国出身の優秀な医師と、世間に出たばかりの連邦国側の庶民の女の子と言う差である。
ニキは、学生時代、遊ぶ暇もなく勉強に追われていたらしいから、世間ずれしていない分、学生の雰囲気も残っている。
カイはきっと、そんなニキを、生徒の一人のように接しているだけなのだろう。
と、アレックスは思い直し、ニキと分かれると、ゾーイの細工のために宇宙ステーションへ戻った。
その頃、ジェイクは一人で仕事をし、夕食時になっても点検整備システムを閉じる作業を続けていた。
この日の作業が進まないのは、ジェイクがゆっくりと仕事をしているからだった。
これで最後だと思うと、切ない思いがこみ上げてくる。
たった三度、しかも数日でしかないのに、ずいぶん長くこの仕事をしてきたようにも思える。
突然、ジェイクの前を、何かが、左から右へ通り過ぎていく。
それは形がなく、ふわふわと浮かび、透けていて、その中を通る光が屈折している。
ジェイクは、その浮かんでいるものを目で追い、行く先を見る。
すると、端の方で、赤く点滅する小さなランプに気が付いた。
そして、独り言を言う。
「終に、おいでなすったか・・・」




