11話 ヴェラム
すべての作業は順調に進み、ヴェラムでの仕事最終日となった。
ニキは、この数日間、ジェイクの助手として充実しながら仕事をしている。
アレックスには退屈な仕事と言われていたけれど、技術の高いジェイクから学ぶことは多く、退屈どころか楽しくて気分は最高だ。
そうして、オールドタウン近くの最終チェックを一人で任されていたニキの所に、アレックスが通りかかった。
丁度、アレックスが言ったことを考えていたニキには、その偶然でさえ嬉しく思える。
それに、毎日、朝食と夕食時には全員と顔を合わせているのに、アレックスに会うのは久しぶりのような気もした。
「アレックス、ゾーイは?」
「ああ、今、図書館で見付けたファイルのダウンロード中だ」
「えっ? もう帰るのに? ゾーイを連れて行くの?」
「まさか、ゾーイはヴェラムのモノだよ。
欲しい情報をコピーして取り出すんだ」
「そんな面白いものが見つかったの?」
「う~ん・・・面白いのかどうなのか・・・
今のところ、正体不明・・・かな。
かなり古いモノらしいんだけど、とにかく持って帰って調べてみようと思ってさ」
「アレックスは歴史が好きだものね。
そう言えば、ヴェラムの名前が興味深いって言ってたわよね。
ヴェラムって、薄い紙のことでしょう?
『水』の惑星の宇宙ステーションの名前が、水に溶ける『紙」だから興味深いの?」
「ああ、そういう見方もあるね。
でも、ちょっと違うんだ。
元々、ヴェラムは、高級な皮紙のことを言うんだ。
古代の重要な書物や記録を残すのに使われていて、巻物として残っていたりする。
そう言えば、この宇宙ステーションの形もそれに似てるね。
ここにその名前が付いているってことは、何か意味があるのかなって思ったんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。
それで、その意味が、見つけたモノの中に入っているの?」
「まあ、そうだといいんだけど。
オールドタウンの図書館は古いから、他にも面白いものが色々あったよ。
もちろん、連邦中央図書館でも見れると思うけど、ここで許可を取る必要もなく簡単に見れたのは嬉しかったね。
その中に、この、まるで、ばらばらのパズルのようになって解析できないモノがあったんだ」
「どうして解析できないの?」
「それが分かれば苦労はしないよ。
ある程度までリビルドして、何かの設計図らしいとこまでは分かったんだけど、もう時間がないしね。
だから、丸ごとダウンロードして持っていくんだ。
オレの個人用のスキャナーでは読み取れないからゾーイにやらせてる。
ところが、ダウンロードするのにもえらく時間が掛かるんだ。
そうだ、ニキ、君も気が付いたかな。
ここにあるものは、もしかしたら外へは持ち出せないんじゃないかなって」
「えっ? どういうこと? 水以外、何を持ち出す必要があるの?」
「そこなんだよ。
ここから持ち出せるものは水だけなんだ。
オールドタウンで買うものと言えば、飲食、ゲームで遊ぶ、映画を見るくらいで、持ち出せるものは何もない。
その売買すべては、クレジットで行われるから、ここには現金すらないんだ」
「でもそれは、無人の宇宙ステーションだからで、盗まれないための安全策なんじゃないの?
お店なんかの出口で探知機があったりするのと同じじゃない?」
「それはオレも考えた。
それでも、なんか変なんだ。
それ以上の意味があるようにも思える。
まあ、これは、オレの勘だけれどね」
「な~んだ、勘なの~?」
ニキはあきれたように言う。
アレックスは、まじめな顔をして答える。
「勘は侮れないんだよ。
とにかく、オレは、シャトル機を点検してた時も不思議に思ってたんだ。
二機は完成していたけれど、三機目は中途半端だった。
新品のシャトル機を解体するなんておかしいし、部品の多くもそこにはなかった。
で、三機目は、特別に作り変えられている最中だったのかもしれないって。
シャトル機の目的は、往復するか、あちこちへ行って元へ戻ってくることにあるよね。
だから、ウォータープラネットだけを往復するにしても、わざわざ改装する必要はないんだ。
シャトル機で行ける範囲内には、他に何もないし。
まあ、ここは、人間じゃなくてシステムに従って運営されているからね。
だから単に、それに添って改装されちゃったのかもしれない。
もしかしたら、ここの物すべては、システムによって、ヴェラムとあの惑星だけでしか使えないように作り変えられている。
つまり、ここから持ち出せないようにされてるんじゃないのかな」
「何のために?」
「それも分かれば苦労はない。
あのファイルが、それに関係しているのかもしれないし、もしそうだとしたら面白いと思ってね。
で、ゾーイに細工して、なんとかファイルを持ち出せそうなんだ」
「え~っ? それって大丈夫なの? キースに怒られない?」
「何でここにキースが出て来るんだよ」
「あ、いや、アレックスって、キースとあまり仲が良くないんじゃないのかな、と」
「そんなことないよ。
調べてもいいって言われているし」
ニキはまずかったなと思うと同時に、口をとがらせているアレックスをおかしく思う。
「ところで、ゾーイって、アレックスの恋人の名前なんですってね?」
ニキは、目をキラキラさせながら言った。
「さてはランがばらしたな」
「そりゃあ、気になるのは当然でしょ?
ばれたくないのなら、他の名前にすればよかったのに」
アレックスは開き直って言った。
「あ~あ、失敗した!」
「どんな人なの?」
「どんなって・・・普通だよ」
「普通って?」
「普通は普通さ」
「ふ~ん、彼女、待っているんですって?」
「さあね、休暇で帰ったら、もう結婚していたりしてね」
「だったら困るわね」
「困らないよ! オレには関係ないもの。
もう、ボーイフレンドの一人や二人はいるんじゃないの?
今頃はいい女になってるだろうしさ」
「何だ、待ってたのは、アレックスの方なんだ。」
「そんなこと無いよ!」
あわてるアレックスに、ニキは笑う。
ニキは、アレックスがムキになるのを見るのは初めてだった。
そして、彼女のことを好きなんだなと思う。
入社して半年、会社組織の中で緊張することは多かったけれど、こうして年上をからかうのは初めてだ。
それは、アレックスだったからかもしれない。
そして、ゾーイという女性の存在に、ちょっとがっかりもしていた。