何も解決しちゃいない
薄暗い地下牢。その最下層にとある女が収監されている。ファラオセトの親衛隊、四獣剣の東の青龍。名前は晴明と言うらしい。有馬隼みたいな名前だ。
「久しぶりです、青龍さん」
水滴がポタポタと落ちてくる牢屋。そしてその中央に座る女。腕がキラキラとした鱗でできている事を見るに獣人だろう。しかし目つきでわかってしまう。この人は踏み躙られた人だ。
「あぁセト様を殺してファラオになったんだってね」
「はい。僕はセトを殺してファラオになりました」
「……セト様は君と同じで、唯一この腕を綺麗だって言ってくれた人だった。こんな汚された私の腕をね」
言ってくれた人だった。つくづく思う、シュンは傷ついた女の子、特に獣人に対して無自覚に劇薬みたいな言葉を言ってくる。実際私もスビアもそんな感じだし。だからだろう、彼の右に立っているスビアは耳を絞って彼の前に立っていた。
「安心しなよ、私は子供は嫌いだ。188以下は友達でしかない」
188……私の身長の20cm上でシュンの15cm上。感覚的に言うと丁度セトとかお父様と同じくらいだ。
「いや貴方はそう言ってるけど多分シュン君……うん、なんでもない。話を乱しちゃったね。ごめんなさい」
「いや、分かるよ。お嬢さんの気持ちはね。この坊やは多分育つよ。少なくとも、このアキラにはそう見えてる」
青龍ことハルノアキラさん、どうやらちょっとした予言の力があるんだとか。たまに天啓が降ってきて、未来が分かるんだとか。最初聞いた時、私も神官が神を盾にして政治的な発言するみたいな、そう言う話でしょとは思ったんだけど、どうやら違うみたい。彼女の天啓は本当なんだとか。
「そうですか、僕とて身長が伸びるのは嬉しいです。威厳が違いますから。で、本題はここから」
「ファラオとして提案しよう。私はアトランティスの所在を知りたい。その為ならば予言とやらに頼るのもやぶさかではないんだ。だから恩赦もするし、予言に必要な物をこちらで用意する。これを条件にどうかアトランティスの所在を特定して欲しい」
アトランティスとのいざこざを解決する。その方法は極めて単純である。まずアトランティスの所在を特定し、こちらの持つ壊滅的な兵器で脅す。
「坊やはまだ坊やね。セト様ならば、ファラオが命ずるとその一言で済ませてたよ」
「僕はファラオだけれどセトじゃない」
「いいえ、坊やは絶対セト様のような人になる。だって貴方は私の腕を綺麗と言ってくれたから」
「根拠はなんです?ハルノアキラの予言ですか?」
「女の勘だよ、坊や」
「……嫌ですね、女の勘。僕は嫌いです、鋭いですから、女性の皆さんは」
心の底から出た悪意ある彼の声。シュンは基本的に怒らないし人に対して悪意を向けない。それが自己の希薄さからくるものか、それとも彼自身が人に対して悪意を向けると言うことを強く嫌悪しているからなのかはわからない。それでも、今この場で何も悪いことをしてないハルノアキラという人に対して悪意を向けると言うことはそれほどまでに彼の心に余裕がないって証拠なんだろう。
普段のストレスからくるものなのか、あるいは、セトと同じになると言われた事が心底嫌だったのか。
「すいません、また後日伺います。その時までにはこちらで色々と調整しておきますので、そちらも何か条件だとか、予言に際して必要なものがあればご報告下さい」
まるで捨て台詞だ。もう一年になるからわかるけど、シュンはこう言う時本当に自分を嫌いになってる。
私たちは地下牢を出て、中庭に向かう。これから執務室でお仕事って感じだ。
「ねぇ、シュン君。さっきの……」
「は?」
ドスの効いた声、スビアも私はちょっとビクってなる。獣人の方が彼よりも肉体的な面では強いとは言え、結局私たちは女だ。だから男の人の低くてドスの効いた、威嚇する様な声は怖い。
「あ、ごめん。ごめんね。ちょっと考え事してた」
彼は自罰的な人だ。だから心の中で自分を貶してたんだろう。それでいきなりスビアが話しかけたもんだから、自分に向いていた怒りがスビアに向いてしまったのかもしれない。
ただ、もちろん彼とてそれを自覚しているだろうからああやって本当に申し訳なさそうな顔をしてる。
私は彼のそう言うところが好きなんだろうな。頼り甲斐のある強い人で、それで優しくて。でもたまにちょっとだけ怖くて危うい。等身大の
「あぁ、ダメだな。少しここで休んでから仕事しよう。最近は本当に、疲れてるから」
その後少々休憩を取った後、仕事を済ませる。彼の仕事は詳しくはよくわからない。ただ私としては、彼のファラオの仕事は事後承認をする仕事だったと感じる。家宰さんや神官とかの政治家たちが決めた法案にファラオの名を持ってして承認する。承認し責任を受け持つ。
可哀想な仕事だと思うよ。だってシュンはハンコを押したりサインをするという意味を分かってやってるんだ。もし、彼がその意味を分からず適当に承認していたら、あるいはスビアの様に割り切れる性格の人だったらどんなに楽だっただろうな。
だって、誰かが死ぬかもしれない事の責任を引き受けるってのは、辛いだろう。何より彼はこの前人を、セトを殺したばかりだし。
「よし、今日はこの辺でいいかな」
夜の9時半、彼の仕事は終わる。その後風呂に入ったり簡単な夜食を済ませたりして床に入る。
彼の部屋は勿論豪華な部屋だ。金の装飾に赤色の絨毯、そして天蓋付きの広いベッド。
「シュン、寝ないの?」
夜11時。スビアはもう寝てる。彼は薄い蝋燭の明かりを頼りに小難しい本を読んでいた。
「少し目が冴えてて。でももう寝るよ」
シュンはベットの真ん中に寝る。だって彼は左側が見えないし使えないから、左に私がいなければならないのだから。スビアはきっと、それを分かってるから右に寝るんだろうな、いつも。彼女は心の底から彼が好きだから。
「私もそうする」
私たちの寝巻きはなんというか、生地の薄いミニスカートで、少しセクシーだと思う。これは私たちが望んだ訳ではなく、家宰とか神官とかの政治家たちがその様な服を用意する様にとしているらしい。彼らからしてみればさっさと私たちを抱いて男児を産んで欲しいなという話なんだろう。
まるで家畜だ。でも、だとしてもいっそ私たちを抱いて、彼らに敗北してくれた方がシュンの為にはなるのかもしれない、そう思うよ。
「おやすみ、アイシス」
シュンは心臓を下にしないと寝れない。だからいつも、私とシュンは向き合って寝てしまう。だから彼の様子がよくわかるんだ。
一時間目を瞑って、十分後に目を開く。それで仰向けになって、また横向きになって目を瞑ったり開いたりする。はっきり言って寝れてない。
「シュン?どうしたの?」
2時半、くらいだろうか。シュンが横向きになって私を見つめてる。
「見つめられても困るんだけれど……」
彼は何も言わない。ただ私を見ている。いや、眼帯の奥の空洞と残った右目が私に向いているだけで、これはきっと、私を見ていない。
彼の口元と鼻の下に指を当ててみる。息をしてない。
「シュン、ねぇシュン」
揺らしても反応がない。
「仕方ない……」
パチン!私の手のひらが彼の頬に当たる。それと同時に彼は手を頬に当てて目を見開いた。
「……ん、ん。あれ夜じゃん」
ビンタの音のせいかも知れない。スビアを起こしてしまった。
「あ、また息してなかったんだね。うん、大丈夫だよ、シュン君」
彼女は慣れた手付きで自分の胸にシュンの頭を押し付けて後頭部を撫でた。こういう時ばかりは、彼女の少し大きな胸が羨ましくなる。私だって慰めてあげたいと思っているから。
「ごめん、ごめん」
また彼は謝る。あぁ、本当に駄目だ、私。こうやって傷ついている彼を見ているとセトが正しかったように思えてくる。スビアもシュンも生きたがってるって分かってるのに、こんな苦しんでるのならいっそという気持ちになってしまう。
なんでこうなるんだ。セトを倒してファラオになって、創作の中みたいなハッピーエンド、そんな夢物語で良かったじゃないか。
「シュン君、貴方は何も悪くないよ。貴方が私に言ってくれたみたいに」
こんな、ずっと大人たちの道具になる人生。シュンが壊れたらどうするんだろう、彼らは新しい道具を用意するのかな。そんなの、あまりに可哀想だよ、救われない、こんなんじゃ。
第1章これにて完です。多分第二章の方が面白いです




