故人
最初に感じたのは、衝撃だった。
次に、音。
骨が軋むような、
岩が割れるような、そんな音。
「……」
聞こえる。
呼吸音。
心音。
ーーー生きている音。
暗闇の中で、意識だけが浮かび上がってくる。
重い。
体が、異様に重い。
ゆっくりと、瞼を開いた。
視界に入ったのは、切り立った岩肌と、砂と、積み重なる無数の"不要物"。
魔獣の死骸。
砕けた装備。
血の乾いた痕。
(……ここは)
言葉にしようとして、何も出てこない。
喉が震えるだけで、声にならない。
――思い出せない。
自分が誰なのか。
なぜここにいるのか。
未知に押し潰されながらも、不思議と恐怖はなかった。
ただ、ここにいてはいけない。
その感覚だけが、頭の奥から響いて来る。
軋んだ体を起こすと、痛みが遅れてやってきた。
それでも、立てた。
(……動く)
指も、脚も、思った通りに動く。
一歩、踏み出した瞬間。
ーーべちゃ
ーーべちゃ
周囲に湿った音が反響する。
後ろを振り返ると、いた。
低く、濁った、無機質な唸り声。
爬虫類の下半身。
昆虫の上半身。
それらが継ぎ接ぎされた様な異形。
過度に恵みが増幅した事により、獣が変異した異常存在、
魔獣。
体の半分が潰れ、それでも動いている。
赤く濁った目が、まっすぐこちらを捉える。
「……」
直ぐにでも逃げ出すーーー
はずだった。
咄嗟に、足が止まった。
恐怖で足がすくんだのか
それともーーー
魔獣が、吠える。
次の瞬間、巨体が突進してきた。
気付いた頃には、視界が反転していた。
体が、岩に叩きつけられる。
「……っ」
熱と痛みが、体中を駆け巡る。
視界が、滲み、揺れる。
(……死ぬ?)
その問に答えたのは、崩れ落ちた体だけだった。
「どう…して?…」
そんな疑問が自然と口から零れ落ちる。
最後に目に映ったのは、上から見下ろす人影だった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ぱち、と火が爆ぜる音で目が覚めた。
周りを見渡してみると、夜の闇に紛れて、谷の輪郭が見える。
体を起こそうとするーーーが動かない。
全身に鈍い痛みが響く。
「…っは…」
体が熱い。
息も絶え絶えになる。
「あっ…動かない方がいいですよ、かなり酷い怪我ですからね」
声が聞こえた方を見てみると、焚き火を挟んだ所に人がいた。
黒い髪。
青い目。
そして頭部には、尖った獣の耳。
ピクリと動いていることからして、偽物ではなさそうだ。
(魔人…)
「一応、応急処置はしてありますが、無理するとまずいですよ」
視線を落とすと、身体に掛けられた布の下には、確かに処置した跡があった。
ーーー助けてくれた?
わざわざあんな場所に行ってまで?
「…あなた…は誰?…なぜ…私を助…けた?」
途切れ途切れながらも言葉を出す。
獣の耳がピンと張った。
「えと、名前はエルスで、見てわかる通り魔人です。立場は…うーん…」
少し考えて、首を傾げる。
「まぁ、通りすがりの旅人…みたいなのでしょか…」
(…旅人?)
身なりは整っている。
たが、それ以上にーーー
「"なぜ助けたか"でしたっけ。」
エルスは焚き火を見つめながら言った。
「困ってたら助ける。当たり前の事ですよ。…"谷"にいたなら尚更」
……不自然。
善意にしては、迷いが無い。
だが、悪意は感じない。
「そういや…まだ何も言ってなか…たね。」
「…?」
少し、間を置いて。
「お礼、だよ。ありがとう。助けてくれ…て」
エルスは目を見開いた。
数秒の沈黙。
エルスが、沈黙を破る。
「当然ですよ、ヘスティア様」
真っ直ぐ過ぎる視線が、返って異様に感じた。




