使者
オルト大砂漠の端の端、地図にもまともに記されない境界域で、それは発見された。
砂嵐が去った直後だった。
殲滅組合の調査班が、砂に半ば埋もれた“何か”を見つけたのは。
最初は魔獣の死骸だと思われた。
だが近づいた瞬間、その認識は崩れ去る。
「……魔、人か?」
白い髪。一糸も纏わぬ姿。
色素が薄い身体はどこか病弱めいた印象を受ける。
しかし、額には深紅の角が二本、背には漆黒の翼。
それが特に異質な物として目に映る。
皆が判断を決めかねている中、殲滅者の一人が舌をなめずるように言った。
「今回の調査…長かった割にまともな拾いモン無かっただろ?コイツにゃあ悪いが角のひとつやふたつ…いや、肉ごと切り分けて掻っ払ってもいいんじゃねぇか?丁度、保存庫も有り余ってるからさぁ」
その言葉を合図に、殲滅者達は揃いも揃って武器を構える。
そりゃあそうだ
やっちまえ
そんな是非の声が口々に聞こえてくる。
先ほどの提案者は前に出ると、大振りの剣を取り出すと、大きく振りかぶった。
「よし‼︎まず一発目ェ‼︎」
彼女の頭蓋に振り下ろされたその刃は、無慚な血飛沫を上げるーーーかに思えた。
「なっ⁉︎」
その刃は彼女に触れた瞬間、金属音の様な甲高い音と共に、呆気なく弾き返された。
「嘘だろ…こんな無防備な姿で無傷?なんつぅ恵みの高さだ…」
刺突。
殴打。
斬撃。
他の者も次々に攻撃を繰り出すが、彼女に傷つ一つ付けることすら叶わない。
そんな中で、荷物運び担当をしていた殲滅者の一人が後方に座り込んでいる人物に駆け寄った。
「エゼードさん、どうしますか?あれ、他の奴らは八つ当たりか何なのか、馬鹿みたいに攻撃し続けてますけど、時間と体力の無駄になるだけです。ここは一発、なんか言っちゃって下さいよ。」
「…そうだな」
エゼードは立ち上がって殲滅者達へと歩み、声を上げた
「おい‼︎ お前ら。もう手を引け」
「は?」
「そいつは俺が保護する。」
殲滅者達のどよめきが広がる。
「な、何言ってんすかエゼードさん。"管理"とか"確保"とかならまだしも"保護"?コイツの身体に欲情でもしたんですか?こんな奴、そこまでする価値、無いでしょ」
当然、異論は出る。
(俺だって分かんねぇよ…)
(コイツは見捨てられない。そんな考えが頭の奥から湧いてくんだ…)
(何処かで見たことある様な大切な誰か。そんな感じがコイツからはする。)
「じゃあそういうことで…よっと」
「撤退だ。帰るぞ。」
エゼードは彼女を抱き抱えると、直ぐに走り去っていった。
「ちょ、エゼードさん‼︎」
その後を殲滅者達が急いで追いかける。
今回の調査はこれで終わった。
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彼女を連れ帰った数週間後、未だに目を覚さないでいた。
死んではいない事は明白だ。
浅いながらも呼吸はしており、耳をすませば心音も聞こえる。だが、ずっと眠ったままだ。
個人的に調べた所によると、彼女が持つ異常な強度の恵みが彼女本人の物では無く、外的要因の物という事だけ分かった。
コイツはもう目覚め無いのか、それともふとしたきっかけで目を覚ますのか
任務中ですら、そんな思いに耽っていたエゼードに殲滅組合の上層部から通達が入る。
『貴様が保護している、203番の魔人。そいつはもういらん。いつもの"谷"にでも捨てておけ。殆ど死体の様な奴に保存庫を割く理由など、何処にも無い。』
(仕方ない……か)
上層部の命は絶対。そこに私情を挟む余地など無く、逆らったらどうなるか分からない。
エゼードは渋々、彼女を抱えて"谷"へと向かった。
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オルト大砂漠の中央部、そこにある殲滅組合愛用の"谷"。
そこは利用価値が無いものが廃棄される場所。
出来損ないの魔獣の死骸。
不良品の武具。
そしてーー不要なモノ。
砂中に捨てると、魔獣が引き寄せられる恐れがあるため、こうした場に捨てられている。
エゼードは"谷"の縁に立つ。
「胸糞悪りぃが仕方ない事だ」
「恨むなよ」
彼女を掴む手が離されると白い身体が、深い深い谷底へと堕ちていった。
後に響くのは砂漠の乾いた風音だけだった。




