であい
小さな村をいくつか過ぎ、高い山々が聳え立つ山脈に近づいてきた。
「ここが…。」
「見えてきましたね。魔物がいなければ、景色も美しいものですが…」
初夏ということもあり、青々としてより涼しく感じる。この先に、氷の要塞と呼ばれるマリトルト領名物の伯爵領館があるのだ。
道中、ライザーからは伯爵が現在魔物討伐で不在だと聞いている。
意外にも少し話すようになったライザーは、少し口角を上げて話すこともするようになった。王都から出て仕事をするのは久々のようで、キョロキョロと色んな物を眺めてはを珍しそうにしていた。
ロイドはファーのついた赤いマントをただし、窓から景色を一瞥する。
「魔物か…。私自身、経験が少ないからすぐに役に立てるとは思っていないが…ライザーは戦闘経験はあるのか?」
「私は陛下の護衛も兼ねた側使いですので。多少は戦闘経験があります。」
(意外も意外、だ…)
側近ではなく側使いなんて冗談も、普段の彼からは考えられないほど真顔だった。一緒に笑い合えるほど仲良くなれてはいないため、ロイドは困惑しながら「そうか」と笑っておいた。
ロイドは火魔法と光魔法が得意で、学園でも魔法の扱いは群を抜いていた。
経験は少なくとも、戦力になると思っている。もちろん、魔物を倒すだけが今回の目的ではないため、ロイドは考えていた。
(マリトルトに着いたら、一番初めに何をすべきか)
マリトルト領主であるドルトン伯爵は遠征で、おそらくまだ会えない。伯爵夫人は死別しているため、おそらく子息が相手をするのだろう。
父上が知っていた北部の不穏な動きという情報を、誰がどこまで共有しているのか分からない。
領主が戻るまでは、街の視察をメインで情報を収集するのがいいだろう。
あんなに急いで走らせていた馬車もここまでくるとゆっくり、のんびり進んでいた。
ーーーーーーーーーー
遠くから見えた要塞の屋敷…いや、本当に要塞と呼んだほうがいい建物は、悠々とした山々の麓にドンと構えてあった。
「かなりでかいな。城の作りとよく似ているが、ほぼ砦じゃないか。」
「本来であれば本邸のある中央区に滞在するはずでしたが…今からでも本邸へ滞在できるよう手配いたしましょうか。」
「文句を言ったのではないよ。こんな機会じゃなきゃゆっくり見られないかもしれない。数日は案内を受けて視察に専念しよう。」
門の前で馬車が止まり、パタパタと使用人や騎士らが忙しくする音を聞きながら、ロイドは姿勢を正した。
ここに来るまで、窓からはポツポツと家が見え、ここに人が住んでいることも確認できた。
ギイイと、重い門が開く音がして馬車がまた動き始める。
(ここは文字通り、魔物から人里を守る防波堤、要塞なんだな。)
壁は城の城壁よりもずっと分厚く、場所によっては人が壁の上に立ち、見張りや攻撃を行うことも想定されているのだろう。外側の壁は落ちなかったのだろう汚れや傷がたくさんつけられていて、年季が入っている。
「……ロイドさま。到着いたしました。」
「ああ、行こう。皆にも5日ほどはゆっくり休むよう伝えてくれ。」
戸が開くと、冷たい空気が流れ込んでくる。外に出ると、小柄な令嬢が1人出迎えてくれている。金髪が珍しいのか、王族の相手に緊張しているのか、少し固まっている。
(緊張している、というより…目を丸くしているというか…)
「…っあ、王太子殿下、遠方はるばる、マリトルト領へようこそお越しくださいました。父、ドルトン・マリトルト伯爵が不在のため、わたくし、長女であるメアリーが出迎えをさせていただきます。父、ならびに兄が魔物討伐の任に奔走しておりまして、領主不在のご無礼をお許しください。」
令嬢がハッと思い出したかのように一礼し、スラスラと挨拶をする。
にっこり笑った彼女、メアリーは貴族令嬢のそれそのもので、所作がとても美しかった。
深い茶色のストレートロングヘアーは、艶やかで手入れが抜かりない。北部特有の色素の薄い茶の瞳。暖かさそうな水色のマントには、北部の民族衣装を思わせる特殊な模様のラインが入っており、それがまた彼女に似合っている。
対応の仕方を見る限り、おそらく、魔物討伐をしている父兄の傍で屋敷のことを任されているのは彼女なのだろう。堂々とした対応に思わずロイドもかしこまる。
「出迎え感謝します、メアリー伯爵令嬢。王命とはいえ急な滞在になりますが、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、半年間よろしくお願いいたします。不慣れなことやご不便もあるかと思いますので、何かあれば私か、執事のセバスにお願いいたします。まずは休む前に、応接間と殿下のお部屋を案内いたしますね。こちらへどうぞ。」
にこやかに、そしてスムーズに案内をうける。
ライザーと2名の護衛騎士は一緒についてきて、不便がないようにとつけられたメイド達数名は荷物の移動を始めた。
王都からここまで2週間、中々の長旅からようやく解放される、ロイドはそう思いながらメアリーの後ろについていく。
「…ぁぁああ」
「ん?」
「ぎゃぁあああああああ!!!!!!!」
遠くから、女性の叫び声がして、ロイド達は立ち止まった。
声のした方向をみてみると、綺麗な敷地の一角で、女性が巨大な花に喰われていた。蔓で簀巻きにされて、髪の毛を食虫植物に齧られて顔までベトベトになっている女性が必死にこちらに叫んでいる。
「ええぇえおねえええさまあああああ、ごめん!!!!!ってえええええええ、ごめんってっばああああああ!!!!!!助けてえええええ」
「っああの、あれは一体…」
「あれは、妹ですわ。」
「い、妹?」
「行きましょうか。」
にこやかに、そしてスムーズに案内を続けようとするメアリー。全然妹の方を見ない。
有無を言わさない固い笑顔に、ロイド達はヒェっと固まる。
「…でも、あの、助けてって言ってますが…」
勇気を出してロイドがメアリーに伝えると、メアリーは考えるように真顔になったあと、ようやく妹の方へ顔を向けた。
「重ね重ねのご無礼をお許しください、殿下。歓迎の挨拶を予定していたのは私の他に、妹もいたのです。それを、すっぽかした挙句、御前で恥を晒すなどと…」
メアリーがゆっくりと謝罪を述べている間も、メアリーの妹はギリギリと締め付けられ「ぐえぇ」などと声を出している。
「…あ、あぁ。分かりましたので、一度離したあとにお話を…」
「…そうでしょうか。なんとまぁ慈悲深くお優しい。」
そう言ってようやく、彼女が魔法を解いた。終始笑顔は崩さず、柔らかい口調のメアリーだが、瞳は冷たく妹を捉えていた。
蔓をかき分けてベトベトの妹がこちらへ来ようとしたが、ベシャ!っと転んだので、思わずロイド一行は近づいて声をかけた。




