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8まだ、何も聞いてない

前回の続き


「……あ」

ティアが思わず声を漏らす。

外の様子が、そのまま見えていた。

広場の石畳、たいまつ、行き交う兵の姿がはっきりと見える。

「……こんなにはっきりと、城の中を見たの初めて」

ユウトは、車内を見回す。

いつもの明るさ。

いつもの空間。

だが今は――

城のど真ん中だ。


「次は……」

ここから出て逃げるか。

ギリギリまで居座るか。

それとも――動かすか。

その思考を遮るように、外の動きが変わった。

数人分の足音。

隊列を組むほどではないが、明らかに戻ってきた動き。

近衛兵だ。

鎧の反射。

歩幅。

視線の配り方。

近衛兵たちがマジックミラー号を囲んだ。

ティアがしがみついて小さく震えている。

(……殿下はいない)

アリシアの姿は、どこにもない。

「……ここか」

「運ぶ前に、もう一度確認しておくように言われた」

「中は見なくていいのか?」

「触るな。殿下の指示だ」

ティアの肩が、目に見えて強張った。

「……来る……」

「大丈夫」

ユウトは小声で言い、車内の棚に手を伸ばす。

指先に触れたのは、くしゃっとした紙の感触。

取り出したのは、板チョコ。

「これ食べな」

ティアの瞳が不思議そうにユウトを見つめる。

「それ食べられるの?」

「音は立てるなよ」

二人は、端を小さく割り、分け合った。

外では、近衛兵が車体の周りを回っている。

鎧越しの視線が、こちらを見ていないのが分かる。

「……甘い」

ティアが、ほとんど口の中だけで言う。

「集中しろ」

「してる……」

そう言いながらも、ティアの呼吸は少し落ち着いた。

ユウトは、チョコの包装紙を畳みながら、

頭の中で装備を洗い出す。

(電源……ある)

(ライト……ある)

(工具……最低限)

「喉が渇くね。ハーブはあるんだけど、この勇者様のおうちは、お湯は沸かせる?」

「おうち?」

そうか、ティアはまだマジックミラー号が走るのを見たことがないんだ。

「お湯?」

「ああ」

(……カセットコンロ)

災害対策用に積んでいた。

煙を出さずに、何時間か使える。

近衛兵たちは、異常なしと判断し始めている。

だが――

いつかは動かされる。

「……ティア」

「なに?」

「これ、動かされる前に――中でできることがある」

ティアは、チョコを噛みながら頷いた。

「……よく分かんないけど」

小さく、でも真剣に。

「ユウト様が言うなら」

外で、近衛兵の一人が言った。

「明日の昼までには移すらしい」

「どこへ?」

「分からん。だが、城の外ではないな」

足音が、少しずつ離れていく。


日が落ちるころ、広場の空気が変わった。

人の数が減り、たいまつの火が一定の間隔で灯される。

「……衛兵たちが動いた」

ユウトは外を見て言った。

昼間、覆いと縄が外された。

今はマジックミラー号からはっきりと見える。

「……今だな」

ユウトは、静かに外へ出た。

夜の城内は、昼とは別の顔をしている。

音が少なく、影が濃い。

喉の渇きに気づいたのは、歩き始めてすぐだった。

(……水、要るな)

ユウトは、広場の端にある井戸へ目を向ける。

人影はない。

あるのは、古い石の縁と、桶。

ロープを掴み、ゆっくりと下ろす。

水音が、夜に溶ける。

桶を引き上げ、容器に移す。

――そのとき。

背後で、小さな足音がした。

「……!」

ユウトが振り返ると、そこにティアが立っていた。

「……なにしてる」

声を潜めて言う。

ティアは、少し震えた声で答えた。

「……ついてきちゃった」

「……なんで」

ティアは、ぎゅっと両手を握りしめる。

「置いて行かれるかと思って……」

一瞬、言葉に詰まり――

続けた。

「帰ってこないかと思った……」

月明かりに、目が潤んでいるのが分かる。

ユウトは、ため息をひとつついた。

「……置いて行くつもりなんてなかったよ」

そう言って、水の入った容器を持ち上げる。

「ただの水汲みだ」

ティアは、それでも動かない。

「でもユウト様、急にいなくなるから……」

ユウトは少し考え、低い声で言った。

「悪かった」

それだけ。

ティアは、小さく頷いた。

「……うん」

「行くよ」

ユウトはティアの手を引いて、並んでマジックミラー号へ戻る。

城門の方角を、ユウトは一度だけ見た。

松明がたかれ、門番もいる。

さすがに厳重に警備されている。

「……さすがに、車で通るわけにいかないな」

ティアが言う。

「うん。門、閉まってるし」

戻ると、車内は静かだった。

マジックミラー号のドアを閉じる。

外の冷気がふっと遮断された。

「……寒かった」

ティアが肩をすくめる。

「体、冷えてるでしょ」

「まあな」

ユウトは水の容器を置き、収納を探る。

小さな片手鍋を見つける。

「何か、食べるものある?」

「うん」

ティアは、小さな布袋を取り出した。

中から出てきたのは、乾燥させた葉と、細い茎。

色は淡い緑。

ほのかに、甘くて青い匂いがする。

「それ、なに?」

「ハーブ。城下で集めたの」

「そんなのが採れるんだ」

「……ほんとは、勝手に採っちゃいけないやつだけど」

ユウトは、コップを二つ用意する。

鍋に水を入れ、カセットコンロに火を点ける。

小さな炎が揺れ、水が温まり始めた。

「これはね」

ティアは、葉を一枚ずつほぐしながら説明する。

「体を温めるし、疲れも取れるから」

「薬みたいな?」

「ううん。薬より、ずっとやさしいんだよ」

湯気が立ち上る。

ティアは、タイミングを見てハーブを入れた。

「……今」

葉が湯の中で開き、色がじわっと滲む。

車内に、柔らかい香りが広がった。

森の匂いと、少しだけ甘い花の香り。

「……いい匂いだな」

「でしょ」

ティアは、小さく胸を張る。

しばらくして、二人分のカップに注ぐ。

「熱いよ」

ユウトは、慎重に口をつけた。

「……うまい」

素直な感想だった。

舌に触れた瞬間、ほのかな甘み。

後から、すっとした清涼感が抜ける。

飲み込むと、胸の奥が温かくなる。

「……なんか、元気出る」

ティアは満足そうに頷いた。

「このハーブね、夜越し草って言うの」

「夜?」

「夜に摘むと、効き目が一番いいの」

ティアは、少しだけ声を落とす。

「……本当は、城の管理地にしか生えてない」

ユウトが、カップを持ったまま止まる。

「……それ、まずくないか」

「だから、内緒」

ティアは、悪戯っぽく笑った。

「でもね、

 このお茶飲める人、

 あんまりいないんだよ」

もう一口飲む。

体の芯まで、じんわりと温かい。

寒さで固まっていた思考が、少しずつほぐれていく。

「……確かに、これは貴重だな」

「でしょ?」

ティアは、カップを大事そうに両手で包む。

「ユウト様が飲むなら、もったいなくない」

その言葉が、車内に静かに落ちた。

カップを置き、ユウトはふと、外を見た。

「……あ」

そこには、星空があった。

マジックミラー号の壁は、いつの間にか夜空を映している。

黒ではない。

深い群青。

無数の星が、滲むことなく浮かんでいる。

「……ここから、空が見えるんだね」

「ああ」

ティアが、隣に来る。

「外に出なくてもいいんだ」

二人は、しばらく言葉を失った。

「お城の中にいるはずなのに、まるで森の真ん中にいるみたい」

星が、ゆっくりと流れる。

雲の薄い影。

遠くで、たいまつの光が揺れるのも、かすかに分かる。

「ん?あの星、見たことない」

ユウトが言う。

「この並びも」

指で、空の星をなぞる。

ティアは、コップを持って寄り添ってくる。

「きれい」

ハーブティーの温かさが、まだ体に残っている。

冷たい夜空と、暖かな車内。

その対比が、不思議と落ち着く。

「……外にいるより、ここにいる方が、空が近いな」

ユウトが言うと、ティアは小さく笑った。

星を見上げたまま、ユウトは、ほんの出来心だった。

静かで、近くて、言葉が要らない距離。

――気づいたときには、顔を寄せていた。

軽く、触れるだけ。

一瞬。

「……?」

ティアは、瞬きをして、ユウトを見た。

驚いていない。

怒ってもいない。

ただ、不思議そうだった。


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