7マジックミラーのない世界で
前回の続き
ティアは地面にしゃがみ、指で簡単な配置図を描いた。
「正面は無理、裏手じゃないと」
「そうか。時間はいつがいい?」
「夜明け前が、一番警戒が薄い」
ティアは覗き込みながら聞く。
「……できる?」
ユウトは少し考えた。
「やるしかない」
その夜は、それ以上動かなかった。
森の奥、風を防げる場所を探し、小さな焚火を起こす。
火は低く。
煙は出さないように。
二人は並んで座り、手を火にかざしていた。
「……寒いね」
ティアが言う。
「冬じゃないのに」
「湿気が多いからな」
ユウトは自分の上着を脱ぎ、ティアの肩にかけた。
「え……」
「風よけだよ」
短く言う。
ティアは、ぎゅっとそれを掴んだ。
焚火が、ぱち、と音を立てる。
森の闇は深い。
「逃げてよかったのかな」
ユウトは火を見つめたまま答える。
「少なくとも、考える時間は手に入ったでしょ」
ティアは、小さく笑った。
二人は、焚火の側で互いの体温で暖め合うように横になった。
地面は硬く、冷たい。
だが、火と二人の体温で、なんとか耐えられる。
ユウトは目を閉じながら、明日の動きを頭の中で組み立てていた。
(夜明け前)
(裏門)
(警備交代の隙)
胸元から、小さな寝息が聞こえる。
ティアは、寒さに耐えながらも、すぐに眠っていた。
ユウトは、焚火が消えないよう、手を伸ばし、最後に薪を足した。
(……絶対に、取り返す)
マジックミラー号を。
森の夜は、静かに更けていった。
二人は城を見下ろす小さな丘の上にいた。
夜明け前の冷気が、まだ森に残っている。
ユウトは腹ばいになり、低い枝の影から城を見下ろしていた。
「……静かだな」
城内は、いつも通り動いているように見える。
兵は巡回しているが、慌ただしさはない。
門も開閉を繰り返し、物資の出入りも止まっていない。
(脱走のこと、気づいてないのか……そんなわけないか。
気づいていても、重要度が低い扱いだな)
ユウトは視線をずらす。
城門の内側、城の中に広場がある。商人もいるようだ。
広場の一角。
「……あった」
ティアが息を呑む。
そこに、マジックミラー号があった。
厚手の布と木枠で梱包され、置かれている。
周囲に見張りはいない。
この世界では鏡のことは、どうやら理解されてない。
マジックミラー号の反射も、俺の魔法だと思っているのだろうか。
中から見た景色のことも、理解できないだろう。
「あれじゃあ、ただの珍しい荷物扱いだな」
ティアが不安そうに聞く。
「あそこまで……どうやって行くの?」
ユウトは、城門の様子を見る。
今も、荷車が一台、門を通過していった。
「――走る」
「え?」
「門を通る」
ティアは目を丸くする。
「ま、正面から!?」
「城門は?」
ユウトは短く答えた。
「俺に考えがある」
ティアは一瞬、戸惑い――
すぐに、真剣な顔になる。
「……分かった」
ユウトは最後に、広場の動線、兵の目線、荷の流れを頭に刻む。
ちょうど、荷車が一台、門へ差しかかる。
(勇者としてじゃない)
(侵入者としてもじゃない)
(……ただの荷物になればいい)
静かに立ち上がると、ティアの手を取った。
「……行くぞ」
「う、うん!」
二人は丘を駆け下りた。
朝の湿った草が足元で滑る。
だが、止まらない。
城門へ向かう一本道。
ユウトは荷車の後ろへ滑り込んで、ティアを引き上げる。
荷の影で息を整える。
木箱の隙間。息が切れて押し殺せない。胸を押さえる。
運搬係の視線は、荷車の前方に集中している。
門が軋み、開く。
――そのまま、城内へ。
「……入っ、た」
「静、かに」
そういうユウトの声は、息が切れてとぎれとぎれになる。
ティアを抱き寄せると、心臓の動悸はウサギのように速く飛び跳ねている。
広場に入ると、人の流れが増える。
ユウトはティアの腕を引いて、荷車を抜け出した。
急いでいる使用人の動きに紛れる。
視線を合わせない。
立ち止まらない。
「……右」
ティアを導く。
二人は布と木枠に覆われた、
大きな塊の前へ辿り着いた。
マジックミラー号。
地面から縄で仮止めされ、ここから運ぶ気配はない。
覆われた車の形をなぞって、入り口を探す。
「!!ユウト、人」
ティアが指さした先に巡回の見張りが現れる。
植え込みに身をひそめると、見張りは足早に去っていった。
(交代か。だとしたら――早くしないと、また誰か来る)
ユウトは、覆われた車体に手を伸ばした。
ざらついた感触、縄は細いがしっかりと固く締められている。
(……どこだ)
指先で、車体の輪郭をなぞる。
窓じゃない。
――ドアを見つけた。
「……あ」
ティアが、小さな声で言った。
「……ここ、開けられるよ」
わずかに重なっている場所。
ユウトは頷き、縄を緩めた。
きし、と音が出そうになり、二人とも動きを止める。
静寂。
隣りの広場から聞こえてくる雑音に、その音は飲み込まれた。
「……今だ」
ティアを先に車内に滑り込ませる。
続いて、自分も中へ。
ユウトは、内側からそっと覆いを直して、静かにドアを閉めた。
二人はしばらく、言葉を発せずにいた。
「……入れた……」
ティアが、思わず息を吐いた。
包まれているので、外が見えない。マジックミラー号の中は暗闇だ。
外の足音がよく聞こえる。
声が通り過ぎていく。
近づいてくる足音が二つ。
「……大丈夫、だよね……」
「……いや」
ユウトは、小さく答えた。
そのとき。
――足音が、止まった。
二人の呼吸が同時に止まる。
「……?」
外から、ごそ、と触る音。
低い男の声がする。
「……緩んでいるじゃないか」
ユウトは、緊張して歯を食いしばる。
だが、マジックミラー号の覆いは開かれることはなかった。むしろ――
「まったく……誰だ、こんな雑なままにしたのは」
ユウトたちが侵入した時に緩めた所が、元の位置に戻された。
ぎゅ、と締まる縄の音から感触をおぼえる。
外の声が続く。
「交代前に、ちゃんと確認しろよ」
「分かってますよ」
足音は遠ざかり、完全に去っていった。
静寂。数秒、数十秒……。
ユウトは、ようやく肩の力を抜いた。
「……危なかった」
ティアは、その場に座り込み、小さく笑った。
「……ねえ」
「ん?」
「心臓、まだドキンドキンしてる?」
「ああ、まだしてるよ」
二人は、笑顔になった。
マジックミラー号は、中に入れば隠れ場所になる。
ユウトは、薄暗い車内を見回す。
このまま隠れ続けられない。
(……次は)
車ごと逃げるか。
それとも他の作戦か――。
城はまだ、侵入には気づいていない。
だが、長くは持たない。
おそらくあのアリシアたちが戻ってくる頃には、緊張感を高めるだろう。
ユウトたちがいなくなったことに対しても、どう反応するか。
「ところで……あのまま城に入っていたらどうなっていたんだ。ティア、知っていることを教え――」
ティアはマジックミラー号の、柔らかいマットにくるまれて眠りについていた。
無理もない、ユウトも昨夜の寒い森では満足に眠れていなかった。ティアの側で腰を下ろした。
「勇者様、好き……」
うわごとを言いながら、ティアが眠っている。
毛布とバスローブをティアにかけてやる。肩に指先が触れると、ティアはくすぐったいように、体を揺らせた。肩は冷たくなっていた。
本来ならエンジンをかけてエアコンをつけてやりたいのだが。
ふと場内の兵たちによって、マジックミラー号の覆いが、開けられた。
二人は目を覚ます。時間の感覚はない。
それほど経ってはいないはずだ。2時間か。
いつも通り、柔らかく均一な明かりが満ちた。
「……あ」
ティアが思わず声を漏らす。
外の様子が、そのまま見えていた。
広場の石畳、たいまつ、行き交う兵の姿がはっきりと見える。
「……こんなにはっきりと、城の中を見たの初めて」
ユウトは、車内を見回す。
いつもの明るさ。
いつもの空間。
だが今は――
城のど真ん中だ。




