6車のドアが開けられそうになる
前回の続き
近衛兵たちの視線が、一斉に集中する。
「……?」
「……え?」
「……誰だ、この子……?」
アリシアの目が、ほんのわずかに細くなる。
だがそれより早く、近衛兵の一人が声を上げた。
「……待て」
低い声。
「この少女……見覚えがある」
ざわ、と空気が揺れる。
別の兵が思い出すように言った。
「城下で……食料庫の近くをうろついていた……」
「盗みを働いていた者だ。確か……小柄で、髪の色が……」
ティアの身体が、ぴたりと固まる。
抱きついたまま、ユウトの服をぎゅっと掴む。
「……ち、違うもん……」
「ちょっとだけ……ほんの、ちょっとだけ……」
ユウトは状況を理解しきれないまま、反射的に言った。
「この子、俺を助けようとしていました」
近衛兵たちがざわつく。
「……勇者が庇う?」
「……殿下?」
アリシアは、静かに立ち上がった。
ティアを、そしてユウトを見る。
その視線には、怒りも軽蔑もない。
ただ――すべてを把握し、整理する者の目だった。
「……なるほど」
小さく、しかし確かな声。
「勇者のそばにいる理由は……
まあ、後で聞きましょう」
ティアは、さらに強くユウトにしがみついた。
「……ほら……やっぱり……
ユウト様、離れられないでしょ……」
ユウトは、天を仰いだ。
(……今日の一日は、長いな)
だが、この瞬間から――
彼はもう、ただの人ではなくなっていた。
アリシアは一度だけ、場を見渡した。
倒れた魔獣。
動揺の残る近衛兵。
混乱の中心に立つユウトと、しがみつくティア。
そして、はっきりと告げた。
「――勇者殿」
声音は柔らかい。
だが、疑いの余地はなかった。
「城へ同行していただきます」
ユウトは反射的に聞き返す。
「……同行、ですか?」
「はい」
即答。
「これはお願いではありません」
近衛兵たちが一斉に一歩前へ出る。
囲むように、しかし丁寧に。
アリシアは穏やかに続けた。
「エストリア王国としての判断です。
拒否権は――ありません」
ユウトは小さく息を吐いた。
(あ、これ連行だ)
言葉遣いは丁寧。
態度も礼儀正しい。
だが、選択肢はない。
「……分かりました」
アリシアは、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
「ありがとうございます。
勇者殿をこのような形でお連れするのは、本意ではありませんが」
「でも車を、こいつをここに置いておくにはいかないんだけど」
近衛兵たちの後ろに大型の荷車が到着していた。
「運搬係」
「はっ」
素早くアリシアの前に一人の男が進み出る。
「あの勇者殿の私物を先に運んでくれ。
それと魔獣の遺骸を運ぶ荷車を、もう一台」
「御意」
「勇者殿」
アリシアは顔を近づける。
「ここであなたと会えるとは夢にも思っていなかった。
先に城で休んでいてください」
そういうと、アリシアは近衛兵に向き直る。
「出発するぞ」
アリシア一行が去った後、
マジックミラー号は厳重に皮とロープで梱包されていた。
そこに来たのは、この世界特有の大型牽引獣だった。
体高は馬より低いが、胴が異様に長い。
毛は短く、灰青色。
角はなく、目は横長で落ち着いている。
六本の太い脚を持ち、歩くたびに地面をしっとりと踏みしめる。
「……なんだ、あれ」
ティアが小声で説明する。
「グラウドだよ。荷運び専門の生き物。怖くないし、すごく力持ち」
グラウドに繋がれた荷車は、木製で、屋根もない。
「勇者殿と、その……同行者も、そちらへ」
ユウトは思わず聞き返した。
「え、そっち?」
「はい」
にこやかに。
「こちらは客人用ではありませんので」
後ろの荷車。
「どうぞ、こちらへ」
運搬係に促され、ユウトとティアは乗せられる。
「こりゃ荷台だな。完全に荷物扱いだ」
あとから来たティアは座るところもなく、壁につかまっている。
「ティア、こっちに来ていいよ。干し草が柔らかい、案外悪くないから」
「でも勇者様の座るところが狭くなってしまいますし……」
荷車が動き出す。荷車がゆれるとティアが倒れてくる。
「キャァ」
ユウトの体の上に落ちる。
ふんわりとした、女の子の体の感触に心がほどける。
「だ、大丈夫ですか」
「大丈夫、このままでいいよ。むしろ……」
「えっ」
「いや、何でもない」
グラウドは低く鳴き、ゆっくり、確実に進み始めた
「……なあ、ティア」
「なに?」
「この先、どうなるんだ?」
ティアは一瞬考え――
首を横に振った。
「分かんない。私、城にはあんまり近づかないし」
「……勇者って、どうなるんだ?」
「分かんない」
もう一度同じ答え。
教えてくれる代わり、好奇心が沸いたようだ。
ユウトを見つめる、ティアの目がきらきらし始める。
「ねえユウト様」
身を寄せてくる。
「さっき、どうしてあそこに立ったの?」
「え?」
「フォルグが止まったでしょ?フォルグに魔法をかけたの?」
「いや」
「じゃあ、なんで逃げなかったの?」
「……逃げると、もっと危なそうだっただろ?」
「へえ!」
食いつきがいい。
「じゃあさ、前の世界では何してたの?」
「撮影スタッフだよ」
「さつえい?」
まじまじとティアを見る。
この子の年齢も分からない、本当のことは……、
まだ言わないでおこう。
「映画とか」
「えいが!?」
一気に距離が詰まる。
「空想したものを、見えるようにするんだ」
「じゃあさ、空飛ぶやつとかも作れるの?」
「作らない」
「爆発は?」
「作らない」
「でも鏡は?」
「使うことも、あるよ」
ティアは満足そうに頷いた。
「やっぱり勇者だ」
ユウトは天を仰ぐ。
(……話が通じてない)
ふいに、前方の幌が開く。
荷車の上の二人に、運搬係の御者が静かに告げた。
「安心なさい、城に着くまでは、危害は加えないから」
――着くまでは?
ユウトは小さく呟いた。
「……どういうことだ」
ティアは、いつの間にかユウトの袖を掴んでいた。
小さな声。
「城に入ったら……、簡単には帰れないよ」
グラウドの足音が、規則正しく続く。
荷車は夜の森を抜けて進んでいく。
前方には、たいまつの列。
その先に、城壁の影がぼんやりと浮かび上がっていた。
「……でっけえ」
ユウトは思わず呟いた。
石造りの城は、想像していた中世ファンタジーの城よりも、ずっと質実剛健だった。
装飾は控えめで、代わりに厚みと高さがある。
攻められる前提で作られた城だと、一目で分かる。
「エストリア城」
ティアが小さく教える。
「私、遠くから見るのは好きだけど……中には、あんまり入りたくないな」
ユウトは、城壁とたいまつの配置を見比べる。
視線の流れ。
影の落ち方。
荷車の速度。
(……今なら)
「ティア」
小声で呼ぶ。
「なに?」
「合図したら、音立てずに降りるぞ」
ティアは一瞬、目を丸くし――
すぐに頷いた。
荷車が、岩場の脇を通る。
城壁の陰になる、ほんの数秒。
ユウトは荷台の縁を掴み、低く息を吐いた。
「――いくぞ」
二人は同時に身を滑らせた。
小石が岩肌に転がる音を、土が吸い込む。
ユウトはティアの腕を引き、岩陰まで走る。
岩陰のくぼみに身を押し込むと、息を殺す。
荷車は、そのまま進んでいく。
列の最後尾。たいまつの列が、遠ざかる。
足音。
話し声。
だが、追ってくる気配はない。
しばらくして、ユウトは小さく息を吐いた。
「……よし」
ティアが囁く。
「見つかってない?」
「今のところは」
ユウトはティアの手を引いて、岩のくぼみを抜け、
そのまま森の奥へ滑り込んだ。
木々が密集する場所を選んで、足跡が残らないよう、葉の上を踏んで進む。
しばらくして――
完全に、城の気配が消えた。
ユウトは立ち止まる。
「……問題は」
夜の森は冷たい。
風が、骨に染みる。
「マジックミラー号だ」
ユウトが来た道を振り返る。
ティアが小さく息を呑む。
「あ……」
「取り返さないと、俺は会社をクビだ」
あれを城に置いたままにするのは危険だ、何をされるか分からない。
「城に潜るしかないな」
ティアは地面にしゃがみ、指で簡単な配置図を描いた。
「正面は無理、裏手じゃないと」
「そうか。時間はいつがいい?」
「夜明け前が、一番警戒が薄い」
ティアは覗き込みながら聞く。
「……できる?」
ユウトは少し考えた。
「やるしかない」




