5王女様が来るなんて聞いてない
前回の続き
魔獣の攻撃は苛烈を極める。
ティアの声が震えた。
「ユウト様……あれ……本当にヤバいやつ……
だけど、でも……すごい……すごすぎる……」
怖がりながらも、
心のどこかで心躍るものを抑えきれない様子。
ユウトは呆れつつも、その横顔から目を離せなかった。
外では魔獣が再び跳び上がり、
アリシアと近衛兵たちは真正面から受け止める。
ブラッド・フォルグが、低く長く吠えた。
それは威嚇ではない。
力を溜める前兆だった。
次の瞬間――
魔獣は地面を蹴り、全身をひねるように突進した。
「まずい――!」
近衛兵のひとりが叫ぶより早く、衝撃が走る。
フォルグの肩と前脚が叩きつけられ、盾ごと兵士が吹き飛んだ。
「ぐっ――!」
続いて、弾かれた身体がアリシアの前へ転がり込む。
体勢を崩した一瞬。
フォルグの渾身の一撃が、横薙ぎに振るわれた。
ドンッ――!!
土と草が跳ね、二人分の影が同時に宙を舞う。
アリシアは受け身を取れず、地面へ叩きつけられた。
「殿下!!」
近衛兵の声が重なったが、フォルグは止まらない。
獣はゆっくりと歩み寄る。
赤黒い光を纏いながら。
その光景を――
マジックミラー号から、ユウトは見ていた。
(……やばい、やばいけど)
判断は一瞬だった。
隠れている方が安全。
出なければ、何も起きない。
「――それでも。女の子守れなきゃ、この業界やってらんないっしょ!」
ユウトは、我慢できなかった。
「危ない!」
「待ってろ」
短く言い残し、ユウトは車体を離れて走り出す。
近衛兵たちが気づく。
「誰だ!?」
「――一般人!? 戻れ!」
だがユウトは止まらない。
倒れたアリシアのもとへ駆け寄り、
フォルグの影が覆いかぶさる直前で――
彼女の腕を掴み、引きずるようにして抱え上げた。
「っ……!」
アリシアが息を詰め、驚いたように目を見開く。
「あなた……!」
次の瞬間。
フォルグが吠え、爪を振り下ろした。
間に合わない――
そう思った、その時。
ユウトの背後にあった
マジックミラー号の側面に、
巨大な獣の姿が映った。
赤く光る肩。
剥き出しの牙。
自分とまったく同じ姿。
フォルグの動きが、ぴたりと止まった。
「……?」
獣が、鏡を見る。
頭を傾け、一歩、後ずさる。
まるで――
突然、知らない相手と目が合ったかのように。
「……グ、ゥ……?」
低い唸り。
攻撃の意思が、完全に途切れる。
その隙を、近衛兵たちは逃さなかった。
「今だ!!」
側面から槍が突き出され、剣が振り下ろされる。
フォルグの脇腹に刃が食い込み、
獣が怒りの咆哮を上げる。
だが、もう遅い。
体勢を崩したまま、連撃が叩き込まれていく。
ユウトは、その様子を見ながら
アリシアを抱えたまま距離を取った。
彼女はまだ生きている。
呼吸もある。
「……助けに……来たのね……」
かすれた声。
ユウトは短く答えた。
「とどめ刺されそうだったんで」
その時――
ユウトの視線が、はっきりと定まった。
(……こいつ)
フォルグは、鏡を理解していない。
映っているのが自分自身だと分かっていない。
ただ、「そこに何かがいる」と思っているだけだ。
ユウトの中で、冷静な判断が形になる。
ユウトは、息を整えながら状況を切り取る。
ブラッド・フォルグは、横からの攻撃を受けて怒り狂っている。
だが――
その視線は、何度もマジックミラー号へ戻っていた。
自分と同じ姿。
同じ牙。
同じ赤い光。
それが、自分の外に存在していることに混乱している。
(……分かってない)
ユウトは確信した。
(あいつは、鏡という概念を知らない。
ただ――敵が増えたと思ってる)
近衛兵たちは必死に陣形を立て直しているが、
正面から押し切れる余裕はない。
アリシアは、ユウトの腕の中で目を開いた。
「何をしたの……?」
ユウトは彼女をそっと地面に下ろし、
盾になる位置に立ったまま答える。
「何もしてないよ」
アリシアが息を呑む。
「ただ……あいつが勝手に勘違いしただけ」
フォルグが吠え、再びマジックミラー号へ突進しかける。
だが――
直前で、止まる。
鏡に映ったもう一体の自分が、
まったく同じタイミングで牙を剥いたからだ。
フォルグは後退る。
混乱。
怒り。
そして、躊躇。
ユウトは一歩、前に出た。
「……よし」
低く、誰にも聞こえない声で。
近衛兵の一人が気づき、息を詰める。
「まさか……あの人間、囮になる気か……?」
ユウトは、マジックミラー号の前に立った。
フォルグの視線が、ユウト → 鏡 → ユウト → 鏡
と、行き来する。
フォルグには、まるで自分と同じ体格の化け物が、
その人間を守っているかのように映る。
フォルグは混乱し、頭を振り回した。
「……今だ」
ユウトが、はっきりと声に出した。
その一言で、近衛兵たちが理解する。
「左右から行け!!」
フォルグに槍が突き立てられる。
赤黒い光が大きく揺らぎ、魔獣の動きが鈍る。
フォルグは怒り狂い、最後の力を振り絞って――
再び、マジックミラー号へ向かって吠えた。
だが、そこに映るのは変わらない。
逃げない存在。
睨み返す存在。
理解できない存在。
「……グ……ォ……」
フォルグの脚が、わずかに震えた。
アリシアは、その光景を見つめながら
小さく呟いた。
「……これが……反射の勇者……」
近衛兵の隊長格が、渾身の一撃を放った。
刃が、フォルグの喉元へ深く突き立つ。
魔獣の咆哮が、途中で途切れ――
巨体が、音を立てて崩れ落ちた。
静寂。
赤黒い光が、霧のように消えていく。
ユウトは、ようやく大きく息を吐いた。
「……終わったか」
その背後で、アリシアがゆっくり立ち上がる。
ドレスの裾を払って、ユウトを見つめた。
その目には――
恐れでも、感謝だけでもない。
確信があった。
アリシアがゆっくり立ち上がる。
ドレスの裾を払って、ユウトを見つめた。
その目には――
恐れでも、感謝だけでもない。
確信があった。
「……あなた」
静かな声だった。
戦いの余韻を切り裂くように、澄んでいる。
「反射の勇者様……」
ユウトは一瞬、言葉を失い――
次の瞬間、眉をひそめた。
「……は?」
そして、真顔で聞き返す。
「反社?なんで俺が」
「間違いない。あなたこそが反射の勇者」
ユウトは頭を抱えた。
「いやいやいや、ちょっと待ってください。
俺、ただの撮影スタッフで――」
「何の撮影とは、何の撮影ですか」
「いや、だからその、この車見てもらえれば有名かなって」
アリシア、マジックミラー号に映る自分の姿を見る。
「美しい、これが伝説の反射魔法なのか」
「あの、俺仕事帰りなんで、帰っていいですか」
「どこに帰る」
「あっ」
崩れた魔獣の遺骸を見る。ここは一体どこなんだ。
アリシアは続ける。
「境を越え」
アリシアが言葉を重ねる。
「武器を持たず」
一歩、距離を詰める。
「魔獣を惑わせ」
さらに一歩。
「兵を生かし、私を救いました」
ユウトは言い返そうとするが、言葉が出ない。
アリシアは、そこで止まった。
そして――
静かに、膝を折った。
「……!」
近衛兵たちが息を呑む。
アリシアは、深く頭を垂れる。
「エストリア王国第一王女、アリシア・ルミナス・エストリア」
床に触れぬほどの、完璧な所作。
「反射の勇者殿。あなたに、この身をもって従います」
「いやいやいやいや!!」
ユウトが思わず声を張り上げる。
「やめてください!なんで急にそんな――」
だが、もう遅かった。
「殿下に続け!!」
近衛兵の隊長が叫び、一斉に膝が落ちる。
金属音が連なり、森に響く。
「我ら金百合近衛兵団、反射の勇者に忠誠を!」
ユウトは完全に混乱していた。
「ちょ、ちょっと待って……話が飛びすぎて……」
そのとき――
「ユウト様――!!」
明るい声。
マジックミラー号のドアが開き、ティアが飛び出してきた。
「無事でよかったぁぁ!!」
次の瞬間、彼女は勢いよくユウトに抱きついた。
「っ!?」
腕に、腰に、全体重が乗る。
「ほんとに……ほんとに……死んじゃうかと思ったんだから……!」
近衛兵たちの視線が、一斉に集中する。
「……?」
「……え?」
「……誰だ、この子……?」
アリシアの目が、ほんのわずかに細くなる。
だがそれより早く、近衛兵の一人が声を上げた。
「……待て」
低い声。
「この少女……見覚えがある」




