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13境界へ

前回の続き


「……どこへ行くんですか」

ユウトが尋ねる。

「――お進みください」

答えになっていない。

「何をされるんだ」

沈黙。

「……殿下に会うんですか?」

兵は一瞬だけ視線を逸らし、それでも答えなかった。

二人はそのまま、城内を進まされる。

そして――マジックミラー号が停められていた。


「……乗れ、って?」

「はい」

兵は当然のように言う。

だが、次の瞬間。

「……いや、待て」

「どこに座らせるつもりだ?」

兵は後部スタジオに二人を案内した。

他の兵は別の指示を受けているようだった。

「前か? 後ろか?」

兵たちの間で、小さな口論が始まった。

「中は……どうなってる?」

「殿下は中と言っていたはずだが……」

話が噛み合っていない。

彼らはこの目的を知らされていないようだった。

(どういうことなんだ……)

「後ろのドアだろ普通」

「だが、ここに来た時……」

ユウトは冷静にその様子を見ていた。

(……把握してない)

兵たちは、マジックミラー号の“中”を理解していない。

誰も中に入って確認をしていないようだ。

恐れているのか、遠慮なのか。

「……おい、誰か聞いてこい」

「いや、時間が……」

「とにかく、乗せるしか……」

指示系統が、微妙に乱れている。

ティアが、ユウトの袖をそっと引いた。

「……ユウト様……」

不安を隠しきれない声。

ユウトは、小さく頷いた。

「大丈夫」

だが、その言葉に

自信があったわけじゃない。

兵たちの口論は、まだ続いている。

――どこへ行くのか。

――何をされるのか。

――なぜ、マジックミラー号なのか。

何一つ、はっきりしないまま。

朝の光の中で、奇妙な準備だけが、着々と進んでいた。


「……ここへ来たときは、二人ともここに座っていたよな」

兵のひとりが、確認するように言った。

有無を言わせない調子で、ユウトとティアは運転席へ押し込まれる。

二人並んで、前。

シートは柔らかいが、落ち着く暇はない。

「いいか」

兵が、低い声で言う。

「何も触るな」

「……触らなきゃ、どうやって――」

ユウトが言いかけたところで、兵は背を向けた。

説明する気はないらしい。

(どうするつもりなんだ……)

呆れかけた、その瞬間。

ぐらり。

車体が、わずかに傾いた。

「……?」

マジックミラー号が、するりと動き出す。

エンジン音は、ない。

代わりに――ガラガラ、ゴトン、と聞き覚えのある重い音。

「……この音……」

ユウトは眉をひそめる。

(台車……?)

そうだ。

あの巨大な獣に引かせていた、

城の荷運び用の台車。

車は、その上に固定されている。

「……おい、まさか……」

言い終わる前に、台車が坂へ入った。

重力に引かれ、車ごと、ゆっくりと加速する。

ティアが声を上げる。

外から、兵の怒号が飛ぶ。

「おい、これでいいのかよ」

「離れろ」

このまま行けば――確実に、壁に衝突する。

ユウトは反射的に、ハンドルへ手を伸ばした。

「ユウト様……!」

だが、その瞬間だった。

前方の壁。

ただの石壁だったはずの場所に――

歪みが生じる。

空気が、めくれる。

まるで鏡を指で押したように。

「……え」

壁が開いた。

扉だ。

奥は暗く、しかしどこか――見覚えがある。

「……これ……」

ユウトの喉が鳴る。

(来たときと……同じ……?)

台車は止まらない。

ブレーキもない。

車はそのまま――歪んだ壁の中へ滑り込んでいく。

衝撃はない。

ただ、身体が一瞬だけ冷たくなる。

「……帰れるの……?」

ティアの声が、かすれる。

ユウトは前を見据えたまま、小さく呟いた。

「……分からない」

だが少なくとも――城ではない。

その感覚だけは、はっきりしていた。

マジックミラー号は、再び境界へ足を踏み入れた。

その先が帰路なのか。

それとも――もっと遠い場所なのか。

まだ分からなかった。


視界が裏返る。

光でも闇でもない。

色の向きが、ひっくり返る感覚。

ユウトは反射的にハンドルを握りしめた。

だが、抵抗はない。

車体は滑るように、何かの内側を通過していく。

音が消えた。

台車のガラガラという音も、風の唸りも、すべてが遠ざかる。


境界に触れた、その瞬間だった。

――現実が、ひとつ、裏返る。

視界がふっと暗くなる。

落ちる感覚ではない。

引き込まれるわけでもない。

ただ――切り替わった。

ユウトは、椅子に座っていた。

病院の待合室。

どこにでもある、白くて無機質な空間。

長椅子。

雑誌ラック。

消毒液の匂い。

天井の蛍光灯が、低く唸っている。

(……あれ?)

壁の表示板に目をやる。

番号が、表示されている。

「042」

その下に、

「診察中」

しばらく見ているが――数字は変わらない。

五分。

十分。

(……進まないな)

周囲を見回す。

人は、ほとんどいない。

いるのは、うつむいた老人と、子供を抱いた母親だけ。

診察室のほうから、子供の泣き声が聞こえた。

ドアは閉じている。

中は見えない。

ただ泣き声だけが、はっきり響いてくる。

(……検査か……?)

胸の奥が、わずかにざわつく。

視線を逸らそうとして、壁のポスターが目に入った。

健康診断の啓発ポスター。

「年に一度のチェックを」

笑顔の、若い女性タレント。

妙に魅力的で、妙に現実感がない。

時計を見る。

だが、針は動いていない。

時間が、止まっている。

理由もなく、息が詰まる。

(……ずっと、待たされてるな)

それなのに。

なぜか――自分の番が来てほしくない。

呼ばれたら、立ち上がらなければならない。

診察室のドアを開けて、中に入らなければならない。

(……いやだな)

理由は、分からない。

怖いわけでもない。

痛い検査があるわけでもない。

ただ――このまま待っていたい。

呼ばれなければ、何も決まらないから。

「……なんだ、この感じ……」

自分の声がやけに遠い。

そのとき。

ぱっと、世界が開けた。

音もなく、待合室が消える。

椅子も、表示板も、泣き声も。

次の瞬間――「とん」柔らかい衝撃。

マジックミラー号が、

地面に降りた。

「……」

風が、頬を打った。

草の匂い。

冷たい空気。

風が、草を揺らしている。

現実は、はっきりと、動いていた。

ユウトは、マジックミラー号の運転席にいた。

ハンドルを握っている。

隣には、ティア。

境界の向こう側に来た。

胸の奥に、残る感覚。

呼ばれなかった安堵と、呼ばれない不安。

ユウトは、息を吐いた。

(……戻れなかった、ってことか)

そして同時に、気づいてしまう。

――あの幻は、過去じゃない。

自分に起こったことではないはずだ。

マジックミラー号は、また境界を越えた。

ユウトは、前を見据えた。

もう、待合室には戻らない。

少なくとも――今は。

ユウトは、しばらく動けなかった。

エンジンはかかっていない。

振動もない。

だが、確かに止まっている。

恐る恐る、顔を上げる。

フロントガラスの向こう。

城の壁は、ない。

代わりに広がっているのは、

低い草と、白っぽい土。

遠くに、なだらかな丘。

空は――薄い青。

(……外……?)

ティアが、隣で息を吸い込む。

「……風……」

確かに、風が入ってくる。

城の中の、閉じた空気ではない。

ユウトはドアに手をかけ、ゆっくりと開けた。

きい、と小さな音。

外へ出る。

足の裏に伝わる感触は、

土だ。

固すぎず、柔らかすぎない。

振り返る。

マジックミラー号は、そこに普通に停まっていた。

浮いてもいない。

傾いてもいない。

「……帰れた……?」

ティアの声は、期待と不安が混ざっている。

ユウトは、首を振った。

「いや……」

周囲を見回す。

電線もない。

舗装路もない。

建物もない。

だが、異世界の城とも違う。

「……違う場所だ」

言葉にすると、そうなる。

そのとき。

背後で、「ぴし」と小さな音がした。

ユウトが振り返る。

――壁。

いや、さっきまで扉だったはずの場所。

そこに何もない。

草原が続いているだけ。

「……閉じた……?」

ティアが小さく言う。

ユウトはミラーを見る。

映っているのは、今いる場所の空と草。

城はない。

歪みもない。

(……一方通行か……)

息を吐く。

「少なくとも……追っては来られないな」

ティアは、その言葉に

ようやく肩の力を抜いた。

「……よかった……」

そして小さく、でも確かに笑った。

「……ユウト様と、一緒なら……」

その言葉の続きは、言わない。

ユウトは、空を見上げる。

(帰れたわけじゃない)

(でも……戻れもしない)

城でもなく、元の世界でもない。

第三の場所。

ここがどこなのか。

なぜここなのか。

分からない。

だが――今度は、追われていない。

静かな草原に、二人と一台だけ。

ユウトは、ゆっくりと息を吸った。

「……さて」

小さく、言う。

「次は……どっちだ」

マジックミラー号のミラーに、風に揺れる草が映っていた。

その反射は、まだ何も語らない。

だが、道は確かに続いている。


風が、一定の向きで吹いている。

ユウトは、何となく違和感を覚えた。

草が揺れている。

だが、揺れ方が揃いすぎている。

波のように、端から端へ。

まるで――境目をなぞるように。

「……ティア」

小さく声をかける。

「この辺り……変じゃないか」

ティアは地面にしゃがみ込み、土を指先で触った。

「……ここ……」

眉をひそめる。

「草が、生え替わってます」

「生え替わってる?」

「はい。こっちは柔らかい……でも、あっちは……」

数歩先を指す。

そこだけ、色がわずかに違う。

草が短く、密度が薄い。

ユウトが近づくと、足裏の感触が変わった。

(……同じ地面なのに)

土の温度が、違う。

さらに一歩進もうとした瞬間――視界が、ぶれた。

ほんの一瞬。

ピントが合わないような感覚。

「……っ」

思わず足を止める。

それ以上進めないわけじゃない。

だが、進むと何かが変わる、そんな直感がはっきりとあった。

ティアが、息を呑む。

「……ここ……」

声が、低くなる。

「境界……です」

ユウトは、ゆっくり振り返る。

マジックミラー号は、ちょうどその線のこちら側に停まっている。

境界を越えていない。

だが、限りなく近い。

「城も、森も……」

「全部、あの向こう……」

ティアは、空を見上げた。

「あっちは……内側」

「ここは……外縁……」

言葉を選ぶように続ける。

「世界が……切り替わる前の場所です」

ユウトは、息を吐いた。

(……だから、追ってこられない)

城の兵も、王女も。

無意識に、越えない場所。

そのとき――ユウトは、背中に

ぞわりとした感覚を覚えた。

「……来る」

ティアも、同時に顔を上げる。

「……はい……」

遠く。

丘の向こう。


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