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11王女の取引

前回の続き


王女は深く息を吸い、そして、断言する。

「――いいわ」

怒りを押し殺すように。

「なら、強制はしない」

だが、その目は燃えている。

「ただし、逃げることも許さない」

「あなたが何者か、その答えが出るまで」

アリシア王女は、ふっと視線を伏せた。

そして、近衛兵のひとりを呼び寄せ、わずかに身を寄せて、耳打ちをする。

声は聞こえない。

だが、命令であることは明らかだった。

兵は短く頷き、すぐにユウトとティアのもとへ歩み寄る。

王女は踵を返して広間を出ていった。

取り残された空気が、冷たくなる。


二人は抵抗する間もなく、近衛兵に囲まれたまま城内を進まされた。

連れて行かれた先は、先ほどまで停められていた――

マジックミラー号のある場所だった。

暗い城の中、車体は静かに佇んでいる。

「……ユウト様……」

ティアの声が小さく揺れる。

だが、兵たちは躊躇なくドアを開けた。

「――中へ」

押し込まれるように、ユウトが先に入れられる。

次の瞬間、ティアを制止する声が響いた。

「そちらは待て」

「……え?」

ティアが振り返った瞬間、

ドアが閉じられた。

ガチャリ、と金属音。

ユウトだけが、マジックミラー号の中に取り残される。


スタジオ内の照明が、淡く点いていた。

白い壁。

機材の影。

見慣れたはずの空間。

だが――ここは、城の中にある。

「……?」

ユウトが周囲を見回した、そのとき。

「……この部屋は、一体?」

背後から、声がした。

振り向くと、そこにアリシア王女が立っていた。

いつの間に入ったのか。

いや――最初から、ここにいたのだ。

ユウトは息を呑む。

「……どうなってる」

王女は、ゆっくりと室内を見渡す。

壁に触れ、天井を見上げ、床を踏みしめる。

「外からは……見えていないのね」

確信するように呟いた。

「扉は閉じたまま。

 兵の気配も、声も……遮断されている」

王女は、静かにユウトを見た。

その目には、怒りよりも――苛立ちと、焦りが混じっている。

「やはり、あなたは隠している」

一歩、距離を詰める。

「どうして、本当のことを言わないの?」

ユウトは一歩下がろうとして、背後の壁に当たった。

逃げ場はない。

アリシアは、さらに近づく。

「これは魔道具?それとも、あなた自身の力?」

声は低く、抑えられている。

「ここは城の中のはずなのに、城ではない」

王女は興味深そうにあたりを見回している。

「閉じられているのに、外が見える」

王女は、ユウトの胸元すれすれまで顔を近づけた。

「ねえ、ユウト」

名を呼ぶ声が、やけに静かだ。

「あなたは何者なの?」

問いは柔らかい。

だが、逃げ道は完全に塞がれていた。

アリシア王女の声が、はっきりと冷えた。

「……答えなさい」

顔が近い。

息がかかる距離。

さきほどまでの理性は消えていた。

王女ではなく、支配する者の目だ。

「ここは城の中」

「なのに、この部屋は城じゃない」

「あなたは閉じた空間を、自由にしている」

さらに一歩、踏み込む。

ユウトの背中が、完全に壁についた。

「――答えないなら、外の女から話を聞くわ」

その言葉に、ユウトの目が揺れた。

「……ティアは関係ない」

「関係あるわ」

即答だった。

「あなたが黙る理由が、彼女なら」

「彼女を使えばいい」

声音に、ためらいはない。

「城の規則では、不審な異界の協力者は――処分対象よ」

沈黙。

数秒。

ユウトは、深く息を吸った。

「……分かりました」

王女の目が、わずかに細くなる。

「話します」

「俺は……この世界の人間じゃない」

アリシアは動かない。

だが、耳は完全にこちらを向いている。

「元の世界では、これは魔法の道具でも、力でもない」

ユウトは、視線を外さず続けた。

「撮影用の車です」

「中が見えないようにするための、ただの仕組み」

「魔法じゃない。

 信仰も、契約も、選ばれた理由もない」

言葉を選ばず、正直に。

「俺は勇者じゃない」

「誰かを救うために来たわけでもない」

「帰りたいだけです」

静寂。

王女は、しばらく何も言わなかった。

やがて――小さく、息を吐いた。

「……なるほど」

その声は、妙に落ち着いていた。

「つまり」

王女は一歩引き、ゆっくりとユウトを見下ろす。

「あなたは、無自覚なのね」

ユウトは眉をひそめる。

「……何が、ですか」

「あなたは、自分の力を道具だと思っている」

アリシアは、確信を込めて言った。

「だが、それは違う」

彼女は壁に手をつき、

周囲を見回す。

「この空間」

「反射」

「境界の切り替え」

一つずつ、噛みしめるように。

「これは技術じゃない」

「あなた自身が、境界を選んでいる」

ユウトは首を振る。

「違います。俺は――」

「いいえ」

遮られた。

「あなたは無意識にやっているだけ」

王女の目が、光る。

「生まれた世界が違う」

「だから、反射を自然に扱える」

一歩、また近づく。

「異界の知識」

「異界の理屈」

「それを現実として扱える存在」

「それを、この世界では――」

王女は、はっきり言った。

「勇者と呼ぶのよ」

ユウトは、言葉を失った。

「あなたが秘密にしているのは、力じゃない」

王女の声が、低くなる。

「自分が何者かを、認めていないこと」

一拍。

「……だから、私には嘘をついたように聞こえた」

怒りが、再び滲む。

「あなたは正直だった」

「だが、核心から逃げた」

アリシアは、背を向ける。

「外の女は、まだ無事よ」

「今のところは」

振り返らずに言った。

「だが、あなたが何者かを受け入れない限り」

「彼女も、あなたも――安全ではない」

扉のほうへ歩きながら、最後に告げる。

「考えなさい、ユウト」

「あなたは逃げているだけなのか」

「それとも――」

一瞬だけ、振り返る。

「選ばれてしまったのか」

ドアが閉まる音が、静かに響いた。


「……だが、あなたが何者かを受け入れない限り」

アリシア王女は、背を向けたまま言った。

「女も、あなたも――安全ではない」

そう言い残して、立ち去るはずだった足が止まる。

一瞬の沈黙。

そして――王女は、ゆっくりと振り返った。

その頬が、わずかに赤い。

怒りの名残ではない。

別の熱だ。

ユウトがそれに気づいた瞬間、彼女は何も言わず、距離を詰めた。

「……殿下?」

声が上ずる。

アリシアは答えない。

代わりに、ユウトの手を取った。

強く握るのではない。

指と指のあいだを、なぞるように。

ぞくりとするほど、ゆっくり。

「……何を」

ユウトが言いかけたところで、

王女は顔を伏せた。

耳まで赤い。

「これ……」

低く、かすれた声。

「この世界では、意味を持つ接触なの」

ユウトの思考が一瞬止まる。

「ま、待ってください……」

周囲を見回す。

「兵たちに……気づかれるぞ」

アリシアは、唇の端をわずかに上げた。

「ええ」

肯定だった。

「だからこそよ」

彼女は、ユウトの指を離さない。

「あなたも……

 同じことを、あの娘に気づかれたくないでしょう?」

ティアの顔が、脳裏をよぎる。

ユウトの喉が鳴った。

「……それは……」

言い終わる前に、

王女はユウトの手を引き寄せる。

顔が近い。

近すぎる。

ユウトの指先が、一瞬だけ、体温を感じた。

長くはない。

確かめるような、短い動き。

だが、それで十分だった。

「――っ」

ユウトが息を詰める。

アリシアはすぐに離れた。

何事もなかったかのように、

背を向ける。

「勘違いしないで」

声は、もう王女のものに戻っている。

「私は、あなたを脅しているわけじゃない」

一拍。

「……欲しいだけ」

振り返らずに続ける。

「力も」

「判断も」

「あなた自身も」

扉に手をかけ、

最後に、低く言った。

「だから、逃げないで」

ドアが閉まる。

静寂。

ユウトは、しばらくその場から動けなかった。

握られた指の感覚が、消えない。

(……まずい)

それは、捕まったからではない。

心の距離を、勝手に詰められたからだ。

扉は、まだ開いたままだった。

マジックミラー号の外には、近衛兵たちの気配がある。

足音。鎧の擦れる音。

こちらを警戒しながらも、中が見えていないという事実に頼っている空気。

それでも――アリシア王女は、ためらわなかった。

彼女はユウトの手を、はっきりと握った。

指を絡めるわけでもない。

だが、逃げられない強さ。

「……殿下」

ユウトは小声で言う。

「外に……兵が……」

「知っているわ」

平然とした返事だった。

「でも、見えていない」

「この中で何が起きているかは」


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