表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正しい龍(ロン)理の回し方──義務教育未修で始めるバウンティハンター──  作者: 成瀬丈二
旅立ちの季節

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/60

予兆

『許可する。過剰な力を、再び組織の道具として使え』

真紀子マキコ所長の声が、ふたりの耳にまだ残っていた。

宝貝パオペエの封印が解かれたブレスレットをはめ直し、日向葵ヒュウガアオイ速水徳彦ハヤミノリヒコは、夜の帳が降りた都心に立っていた。今夜の任務は、法田ノリタ法律事務所の『補助』であり、目立った行動は不要だという。テロリスト予備軍の掃討作戦後、ふたりの肉体と感覚を再構築するための、慣らし運転のようなものだった。

徳彦ノリヒコは、シュトゥルム・ウント・ドラングを封じたブレスレットを指で撫でながら言った。

「問題はない。やはり、宝貝パオペエがあると、行動の選択肢が格段に増える。天魔夜光剣てんまやこうけんの力とのリンクも良好だ。だが、宝貝パオペエに依存する前の体捌きの感覚もまた、俺の肉体に残っている」

アオイはポケットに手を突っ込み、その中で天魔夜光剣てんまやこうけんの柄を握りしめていた。握る衝動は、以前の単なる手持ち無沙汰を紛らわせる残滓ではなく、『こんなところで死んでたまるか!』という衝動を制御した先の、静かな自信に変わっていた。

「チッ、まあな。素手で天地槍てんちそうを叩き落とせるなら、けん・・なんてなくても集中できるってわけだぜ」

けん・・はもういらない、と口では言いながら、そのポケットの中には、お守りのように常に愛用していたけん・・も一緒に入っていた。

ふたりが、商業ビルが並ぶ大通りから一本入った裏路地を歩き始めた、その時だった。

『お邪魔しまーす!』

背後から、ひそやかな足音と、幼なじみである結城瑞希ユウキミズキの少しふざけた声が聞こえた。彼女は、ふたりを驚かせようと、気配を殺して接近しようとしたのだろう。

徳彦ノリヒコは立ち止まることなく、わずかに首を傾げながら冷静に言った。

「問題はない、瑞希ミズキ。残念ながら、君の動線は、既に解析済みだ」

アオイも肩越しに振り返ることなく、ため息をついた。

瑞希ミズキ、テロリスト予備軍より警戒が甘いぜ。それに、今日は任務中だ。帰って早く寝ろよ」

「えーっ、もう!アオちゃんもノリ君も、ぜんぜん面白くないんだから!」

瑞希ミズキはプクっと頬を膨らませて、ふたりの間に割って入ろうと駆け寄ってきた。

その瞬間、世界が切り替わった。

『待て、瑞希ミズキ

徳彦ノリヒコの声には、一瞬にして冷たい緊張が走っていた。

『止まれ、瑞希ミズキ!』

アオイもまた、ポケットから手を抜き、全身の筋肉を硬直させた。

瑞希ミズキがふたりのすぐ後ろ、わずか数歩の間合いに入った時、ふたりの小学生バウンティハンターの間に、ひとりの大柄な男が、あまりにも自然に、あまりにも当然のように立っていた。

ブリーチされた髪を短く刈り込み、筋骨隆々とした体躯。その男、夜野焔ヨルノホムラは、ふたりの警戒網を、大気の流れを乱すことなく、音も立てずにすり抜けてきた。その自然な存在感、殺意のない、純粋な『脅威』そのものの気配に、アオイ徳彦ノリヒコの感覚は一瞬でフリーズした。

「ああ、これは面白い。君たち、法田ノリタの新人さんかな。随分と、お早いお着きだね」

ホムラの口元が、わずかに笑みの形に歪んだ。彼の瞳には、七味唐辛子を好む男の、熱に溺れたような狂気が宿っている。

夜野焔ヨルノホムラ…!」

徳彦ノリヒコが初めて任務中に声を荒げた。

「あの夜野ヨルノの事件を起こしたテロリストの模倣犯か?」

「模倣?いや、違うね。あれは、俺が撒いた火種さ。さて、ここで君たちの『龍理の基礎ロンリのきそ』を試させてもらおうか」

ホムラはゆっくりと、まるで公園でラジオ体操でも始めるかのように、腕を上げた。

「爆発は――芸術だ」

次の瞬間、彼の体表からオレンジ色の炎が噴き出し、空気の層を焼きながら、ふたりと瑞希ミズキ目掛けて奔流となって押し寄せた。

炎龍えんりゅう……!』

アオイは反射的に瑞希ミズキを抱え込み、その小さな身体を自分の背中に庇った。熱風が皮膚を焼く。

徳彦ノリヒコは即座にシュトゥルム・ウント・ドラングを構え、そのブレスレットから氷龍ひょうりゅうの冷気を放出しようとした。炎を相殺する、当然の動き。だが、あまりにも巨大な、純粋な炎の奔流を前に、彼の身体は本能的な恐怖で身が竦んだ。反応が、一瞬停止した。

『この、ままでは……!』

炎の熱量が、すべてを焼き尽くそうとした、その時だった。

突如、ふたりの間に、路地の石畳を引き剥がし、ビル風ではない、圧倒的な風の壁が生まれた。それは螺旋状に天を衝き、炎龍えんりゅうの奔流を巻き込みながら、真っ赤に輝く『龍巻たつまき』へと姿を変えた。ただの竜巻たつまきではない、龍理ロンリの渦、龍巻たつまきだ。

そして、その龍巻たつまきの中心から、静かな威圧感を放つ声が響いた。

「うちの新人に手を出さないでもらおうか」

青いメッシュの入った長い黒髪を風になびかせ、法田真紀子ノリタマキコ所長が、全身から風龍ふうりゅうの力を顕現させていた。

法田ノリタ真紀子マキコ、現れたか!いいだろう。その筋肉が、どこまで保つか試させてもらう!」

ホムラは獰猛な笑みを浮かべ、炎龍えんりゅうの出力を更に引き上げた。

真紀子マキコは、右足を踏み込み、路地の石畳にひびを入れた。彼女の体幹は微動だにせず、全身の筋肉が、巨大な風の渦を回転させるための『軸』と化していた。

「(まだだ。この場所で、彼奴あいつのすべてを受け止め、拡散させる。一歩も、引けない)」

彼女の体捌きは、テニスボールほどのエネルギーの塊を、手のひらで無限に受け流し続ける熟練の柔術家を思わせた。風龍ふうりゅうの渦が熱風を弾くたび、路地全体に、金属が擦れるような高周波の摩擦音と、焼けたアスファルトの焦げ臭さが充満した。

アオイは、瑞希ミズキを背に庇いながら、肌が焼けるような熱に耐えていた。彼の意識は、真紀子マキコの背中と、ホムラの炎の奔流との『間合い』に集中していた。この熱量を、彼女の細身の身体が、いかに制御しているのか。その、純粋な肉体の技術と衝動の制御に、彼は目を奪われた。

一方、徳彦ノリヒコは、いまだにブレスレットに触れることができない。純粋な恐怖は去ったが、その後に残ったのは、自身の体捌きが、目の前の脅威に対して『無力である』と全身が叫ぶ感覚だった。彼の拳は、氷龍ひょうりゅうの冷気を放つ寸前で、わずかに震えを止められない。この微細な振動が、力の制御を妨げていた。

「(この震えを、止めろ……!恐怖という衝動を、筋肉で、制圧しろ!)」

ホムラの炎は、熱量の奔流というより、オレンジ色に燃え盛る『液体の津波』のようだった。それが、真紀子マキコ風龍ふうりゅうの螺旋に巻き込まれ、巨大な赤い竜巻たつまきを形成する。竜巻たつまきは天を衝き、周囲のビルの窓ガラスを震わせた。

真紀子マキコの顔には、汗が一筋流れ落ちていた。彼女の風龍ふうりゅうは、ただ炎を押し返すだけでなく、炎の塊を『割り、散らし、威力を減衰させる』という、極めて緻密な体捌きの応用だった。しかし、彼女の視線は、炎の先にあるビルの窓ガラスに向けられていた。

「チッ、場所が悪い。ここでは、全力は出せない」

真紀子マキコは、一般人を巻き込まないよう、力の出力を限界まで抑制した。その一瞬の躊躇が、勝敗を分けた。ホムラ炎龍えんりゅうが、抑制された風龍ふうりゅうの防壁を突き破り、真紀子マキコの細マッチョな腹部を直撃した。

『ぐっ……!』

真紀子マキコはコンクリートの壁に叩きつけられ、口元から血を流した。しかし、彼女は倒れない。

所長しょちょう……!」アオイが叫んだ。

ホムラは、満足そうに腕を組み、真紀子マキコを一瞥した。

「上出来だ。君の『龍理の基礎ロンリのきそ』は素晴らしい。だが、時間切れだ。また遊んでやろう、W世代ダブルジェネレーションの若者たちよ」

炎は瞬時に霧散し、ホムラの姿は闇の中に消えた。彼は、真紀子マキコにとどめを刺すこともなく、ただ去っていった。

アオイ瑞希ミズキを地面に座らせ、荒い息を吐きながら真紀子マキコに駆け寄った。徳彦ノリヒコは、まだ震える拳を握りしめ、自分自身の恐怖による硬直を恥じていた。

真紀子マキコは壁にもたれながら、かすれた声で言った。

「問題ない。……筋肉は、裏切らない。だが、君たちの基礎きそは、まだ、本物の炎には耐えられないようだ」

彼女の青いメッシュが、炎の残滓のように夜の空気に揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ