徳彦の努力
法田真紀子から宝貝の使用を厳しく禁じられた日向葵と速水徳彦は、法田法律事務所の一室で、デスクに向かい合っていた。
徳彦の瞳は静かに、しかし冷たく燃えていたが、葵は苛立ちを隠せない。
「チッ……こんなところで死んでたまるか、って気分だぜ。宝貝がなきゃ、俺たちは龍以外の一般の事件に対して、何の力も発揮できねぇだろ」
葵はポケットからけん玉を取り出すと、カチカチと音を立てて球を弾く。彼の特技であるけん玉は、本来、宝貝である天魔夜光剣を操るための集中力を高める補助具だったが、今はただの手持ち無沙汰を紛らわせる道具に成り下がっていた。
「問題はない、葵」徳彦は静かにデータパッドを操作しながら言った。「真紀子所長は合理的な判断を下した。我々は現在、補助だ。龍理絡みでなければ、我々は無力である。その事実を理解し、過剰な勢いを制御しなければ意味がない」
真紀子の施した制裁は、事務所内だけに留まらない。ふたりは小学生として学校生活を送らなければならない。昼休み、徳彦は英語の教科書を広げ、葵は理科の参考書に熱中していた。
「ノリの嫌いな国語の授業より、理科の方がよっぽど龍理の本質に近いだろ」葵が言い放つ。
「国語は不要だ。感情的な言語表現に合理性はない」徳彦は即座に切り返す。「それよりも葵、君の嫌いな体育は、体幹と平衡感覚を養う上で、けん玉の特技と龍理の制御に不可欠だ。筋肉は裏切らない、という真紀子所長の口癖を笑えないだろう」
徳彦の言葉は常に理路整然とし、葵の癇に障る。彼の尊敬するガンジーは非暴力主義者だが、彼自身の特技は相手を制する拳法であるという、どこか矛盾した構造が、徳彦の内面に静かな反発を生んでいた。
宝貝を没収された後の、ふたりのバウンティハンターとしての任務は、極めて地味なものになった。
その日の任務は未登録龍理デバイスの解体補助。
現場は古びた倉庫。真紀子が風龍の龍理を駆使し、解体作業を行う中、ふたりの任務は、解体時の微細なエネルギーの揺らぎを、特殊なセンサーで物理的に計測し、龍理の属性を解析することだった。これは、ふたりにとって、龍理の知識を深めるための、地道な訓練だった。
「チッ、ただのデータ取りだぜ。こんなの、AIにやらせりゃいいだろ」葵は、自身の応龍の龍理を使えば、瞬時にエネルギーの組成を分析できるのに、と苛立ちを覚える。
また別の日には、『逃走犯の動線予測』という任務が課せられた。これは、龍理テロとは無関係の、単なる一般の逃走犯を追う警官隊へのデータ提供だ。
逃走犯の身長、体重、走る速度、疲労度、そして彼が選ぶ最短距離と危険回避の傾向を、ドローンからの映像と地図情報から瞬時に分析する。
「逃走犯の動線は、提供されたデータに基づき、この裏路地へ収束するだろう」
徳彦はデータパッドの解析結果を提示した。彼の予測は、人間離れした計算能力によるものではなく、徹底した論理とデータ解析の結果として、驚くほど正確だった。しかし、その結果、警官隊が犯人を確保したとしても、ふたりに得られるのは、真紀子からの無感情な「良好だ」という一言だけだ。
彼らの迅速かつ合理的な動きは、依然として旧世代の警官隊には理解不能な「衝動的な勢い」を放っていたが、その衝動を龍ではない一般の事件にぶつける場は与えられない。葵が求めていた「こんなところで死んでたまるか!」という、命を賭けた決戦の場は、どこにもなかった。
ある夜、事務所の屋上。筋トレに励む真紀子の背中に、徳彦は問いかけた。
「法田所長。我々が宝貝なしで現場に立つ合理的な根拠は何だ。もし、夜野のような単独テロリストが再び現れれば、我々は補助の役割を超えて、対処する義務がある」
真紀子は、懸垂をしながら、冷たい視線だけを徳彦に送った。
「義務? 君が言う義務とは、宝貝という過剰な力に依存した、刹那的な正義感に過ぎない。君たちは、龍の使い手以外には無力だ。その宝貝も、組織の許可なく使用すれば、私的な衝動の道具でしかない。これが、宝貝を没収した理由だ」
彼女は静かに地面に降り立った。「夜野のテロが不発に終わったのは、君たちの勢いが、奴の計画を単純に攪乱したためだ。奴は今も、どこかで計画を再構築している。それは偶然の産物であり、君たちの力ではない。だが、その偶然の産物である私的な衝動を、君たちは組織の道具である宝貝を使って実行した」
真紀子は、徳彦の宝貝であるシュトゥルム・ウント・ドラングが封じられたブレスレットの収められたケースを指差した。
「補助とは、主役を輝かせるための土台だ。主役がいない今、君たちがやるべきことは、土台を強靭にすること。筋肉は裏切らない。君たちの肉体も、知性も、まだ脆い。宝貝は、君たちの未熟な判断を隠すための甘い麻薬だと私は言った。それを克服しなければ、君たちはいつまでも『補助』でしかない」
徳彦は、真紀子の言葉を反芻した。拳法、ガンジー、そして真紀子の言葉。彼の静かな怒りは、甘い麻薬を断ち切るための、冷たい決意へと昇華されつつあった。問題は、それを葵の過剰な衝動に、いかに理解させるか、ということだった。




